(88)行商人との出会い④

~ラーグ目線~



「おや、ジャックさんじゃないですか」

「あ、ハイドさん!」



 その声を聞いた瞬間、その男から漂ってくる匂いに思わず眉を顰めた。


 花っぽい匂いだが、たぶん香水なんだろう。

 神人族の女が使っていたらしいが、獣人族の中ではほとんど使われることはない。

 獣人族は、嗅覚が鋭いからな。


 花の甘い匂いに眉を顰めながら、ジャックと話す男の姿を見る。

 種族的には、魔族か?

 …………香水のせいで匂いでは、どういう種族なのかはわからないな。


 そう思いながら、男を観察する。


 隙のない動き。

 笑みを浮かべているが、全く内心を悟らせない。


 …………副団長と同類か。

 あの人も、基本笑顔を浮かべて相手に自分の考えを悟らせないようにしている。


 …………面倒だな。

 チビは近くにいるが、ジャックは全く警戒せずに話している。


 そう思っていると、男がこちらを見た。



「おや、こちらは?」

「あ、こっちはラーグさんで、この子はサーヤだよ」



 ゾクリ。


 一瞬だったが、確かに感じた。

 注意深く見れば、チビもそれに気づいたのかかすかに表情を動かしている。



「おや、そうですか。どうも、ハイドと言います。商人街は、初めてですか?」

「はい」

「そうですか。それなら、いろいろなものを見てください。店によって、売っているものが違うので面白いですよ」



 にこやかに言う男に、チビはどこか硬い声音で答える。

 完全に警戒しています、と言った感じの声音だな。


 それだけわかりやすいんじゃバレバレだが、幸い男もそれに気づいたのかジャックと話している。


 匂いに多少は慣れたが、やはり匂いでは種族はわからないか。


 なんでこんなに警戒するのかはわからないが、なんとなく俺の勘がこいつは警戒しなければいけないと言っているような気がする。

 俺の勘は、昔からかなりの高確率で当たる。


 少なくとも、この男には何か他の商人どもとは違うものがあるのかもしれない。


 とりあえず、いつでもチビを守れるようにチビを抱き上げている腕に力をこめる。


 その間、ジャックは男と暢気に話していた。



「また、話聞かせてくれよ!ハイドさんの話、聞いててすごく面白いんだ!」



 …………ジャックの言葉で、なんとなく理解できた。


 あいつは、成人はしてねぇが見習いとはいえ騎士だ。

 ある程度の警戒心はあるはず。


 だがなんでそれがねぇのかと思えば、好奇心の強いあいつが警戒心を解くまでその好奇心をつついていたのか。

 こいつ、馬鹿ではないが一度警戒心を解くとすぐに懐くからな。


 とりあえず、あまり深く関わらせないようにするために声をかける。



「…………ジャック、相手は仕事中だ。邪魔するな」

「えー、でも」

「ふふ、大丈夫ですよ。今日は、お客さんは少ないですから」



 ムッとしてブツブツ言うジャックに、笑いながら言う男。


 客が少ねぇのか、それともわざと少なくなるようにこの場所を取っているのか。

 この場所は商人街の奥の方にあるせいか、あまり客が気にくく商人たちからは不評だ。


 わざわざ、こんな場所を取っているのは他に場所がなかったからか、それとも客がたくさん来られては困るからか。


 それにこの男、俺達がこの店の前に来てからやって来た。

 昼前でもないのに、店を離れていた。


 ということは、何か理由があって偶然俺たちがやって来た時に戻ってきたか、俺達が来るのを待って偶然を装って戻ってきたように見せたか。

 後者においてはあり得ねぇと思いたいが、俺の勘が警戒しろと言っている以上そっちの可能性も高い。


 どっちにしても、全く信用できる男じゃねぇ。



「どうしたんですか、ラーグさん」



 そう考えていると、チビが声をかけてきた。

 チビの方を見れば、チビは俺のことをジッと見ていた。


 チビに言うか?

 だが、まだれっきとした証拠がない以上どうこうは言えねぇ。


 だが、このままチビがジャックのように警戒せずに近づいて何かあった場合は困る。



「…………違和感がある。あいつには、あまり近づくな」



 こう言っておくか。


 チビは、年齢に似合わず頭が良い。

 なら、俺がこういえば理由は聞かないが警戒心を捨てずに行動するはずだ。



「…………わかりました」



 どこか硬い声音に、俺は改めて男の方を見る。





 敵かその他かはわからないが、何かある。



 今の俺には、そうとしか言えなかった。

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