(87)行商人との出会い③

~ジャック目線~



 暇だった。

 とにかく、暇だった。


 騎士にも、見習い騎士にも休みの日は普通にある。

 でも、俺がよく一緒にいる騎士は休みじゃなかった。


 だから、すごく暇だった。


 遊ぶ?

 勉強……は嫌だな。


 あ、そうだ。

 確か、今日は商人街が開いている日だ。


 最近サーヤがあんまり元気がなかったし、どうせならサーヤも誘おう。

 確か、サーヤは善意で助けた相手が敵の仲間だったらしいし、それで落ち込んでいるんだと思う。



 でも、この大陸じゃよくある。

 優しい奴は、悪い奴に利用されやすい。

 だから、俺達みたいな騎士がそれを防いで優しい奴らを守るんだ。


 だから、サーヤは気にしなくてもいいと思う。

 悪いのは、サーヤの優しさを利用した奴らなんだし。


 そう思いながら、団長の部屋に向かう。

 サーヤの部屋は、いろいろあってまだ用意されていない。


 というよりは、サーヤの身長上普通の家具を使うわけにはいかないって言うのが本当の理由なんだけどね。

 サーヤ、ちっちゃいし。


 そう思って、ドアをノックしたけど留守だったみたい。

 どこに行ったのかなって思っていれば、団長に会った。



「あれ、団長」

「ああ、ジャックか」



 どこか疲れた表情を射している団長に、疑問を持ってしまい聞く。



「どうしたんですか、団長?」

「ああ…………ちょっと面倒なことになってな。確か、お前は今日は休日だったよな?」

「そうっすよ」

「そうか…………それなら、小遣いをやるからサーヤを連れて商人街に行ってくれないか?」

「いいですけど…………どうしたんですか?」



 団長にお小遣いと思わしき袋を渡されながらそう言われ、焦りながらも聞いてみればげっそりとしていた。


 別に、サーヤを商人街に連れて行くのは問題ない。


 だって、元からそのつもりでサーヤを探していたし。

 でも、団長の表情からサーヤを遊びに行かせるのが目的とは思えない。


 いったい、何があったんだろうか?



「…………面倒な奴が来る」

「面倒な奴?」

「…………レオン様だ」

「…………あー」



 団長の言葉を聞いて、思わず納得してしまった。


 レオン・ライオルフ様。

 この獣人の国の王子で、ライオンの獣人。

 悪い獣人ではないんだけど、たぶんサーヤみたいなタイプにとっては苦手な部類に当たるだろうタイプだ。


 それに、たぶんレオン様もサーヤのことは興味を持つと思う。

 サーヤって、今まで騎士団で保護してきた子供の中で一番年下で、一番精神面は大人だから。

 たぶん、あの精神と体のちぐはぐな部分に興味を持つと思う。


 あの人は、悪い人ではないんだ。

 俺みたいな、気づかずに犯罪に加担していたクソガキのことも特に気にせずにあったら声をかけてくれる。

 団長やラーグさんみたいな、【混血】のことも悪く言わない。


 ただ、なんて言えばいいのだろう?

 パーソナルスペースが狭いと言うのか。

 なんとなく、距離が近いのだ。

 いや、距離が近いのはある程度信頼関係がある相手だけらしい。


 そして、団長に対しては本当の家族と同じぐらいの距離感で関わる。

 だから、団長本人は疲れるらしい。



「…………お疲れ様です」

「ああ。とにかく、俺達の方でなんとか早く帰らせるから時間稼ぎを頼む。あいつの場合は、下手したらサーヤの教育にも悪い」

「いや、王子様相手ですよね?」



 団長の相手を王子とは思っていないような言い分に思わずそう言ってしまえば、目が笑っていない笑顔を貰った。


 わかりました、黙ります。



 その後、団長からサーヤがいる場所を聞き厨房の前に立てば、ドアの隙間からとても甘い匂いが漂ってくる。

 たぶん、この匂いはチョコの匂いだろう。


 声をかければサーヤからの返事がして中に入れば、台に乗ったサーヤと彼女の隣にラーグさんが立っていた。


 …………珍しい。

 そう思った。


 とりあえず、何をしているのかと聞けばチョコを作っているようだった。



「すごく小さい……食べていい?」

「いいですよ」

「わあ、ありがとう!」

「…………自分で食え」

「……」



 小さなチョコを持ったサーヤを見て口を開けて待っていれば、ラーグさんに頭をはたかれて口の中にチョコを突っ込まれた。


 え、酷くね?

 可愛い妹分に、あーんってされたい兄貴分の気持ちがこの人にはわからないのか?


 そう思って文句を言おうとジッと見ていると、ラーグさんもチョコを食べて驚いている。



「…………食べやすいな」

「ほんと!これなら、任務の時もこっそり食べれる!」

「…………親父に言いつけるぞ」

「それはやめて」



 口の中に入っているチョコを飲み込んでうれしくなって飛び跳ねながらそう言うと、ラーグさんに睨まれてそう言われてしまった。


 え、ジョゼフ先生はやめて。

 この前も、お菓子の食べ過ぎで二時間正座で説教されたんだもん。

 あの後、足がしびれたせいで他の騎士に笑われたし。


 虫歯なんてならないように、ちゃんと歯磨きするから…………もうジョゼフ先生のお説教は聞きたくない。


 そう思っていると、団長からの頼みを思い出した。

 確か、王子が来る前にサーヤをここから離すんだっけ?



「そういえば、サーヤはこれから暇?」

「私は、騎士と一緒ではない場合の行動は止められています」



 そう聞けば、サーヤは何か考え込んだ後にそう言った。


 あ、そう言えばサーヤはそう言われていた。

 でも、どうしよう?

 俺は見習い騎士だし、他に今日が休日の騎士なんていたのかな?



「……………………なら、俺が行こう」

「え!?」

「…………なんだ」

「いや、ラーグさんが厨房から出るのってかなり珍しいから…………」



 困っていれば、ラーグさんにそう言われて思わず驚いてしまった。


 いや、だってあんたほとんどこの厨房から出ないじゃん。

 しかも出たとしても、買い出しだけだし。


 それどころか、同じ騎士団内でもジョゼフ先生ぐらいしかまともに話そうとしないじゃん。



「…………さっさと行くぞ」

「はい!」



 そう思いながらラーグさんを見ていると、ラーグさんから視線で外を見ろと言われた。


 厨房の窓の方をチラリと見れば、遠くから大きな声が聞こえてくる。

 声からして、王子のおつきのあの苦労人の獣人だろう。


 まあ、サーヤの聴覚では気付いていないんだろうけど。

 たぶん、ラーグさんは俺がサーヤをここから連れ出す理由に気づいたんだろう。



 嬉しくなって大きな声で返事をすれば、サーヤに気づかれないようにラーグさんからにらまれた。

 ラーグさん、怖いよ。



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