(73)誘拐事件のその後④
~紗彩目線~
夜になり夕食を食べた後、私はジョゼフさんに抱き上げられて一緒に【第一執務室】と言う部屋に向かっていた。
というか、【第一執務室】って何だろう?
執務室って、第二もあるの?
「第一執務室って言いますけど、第二もあるんですか?」
「そうだね。第一は、シヴァ君とアル君が使っている執務室だよ。そして第二が、セレス君とノーヴァ君が使っているんだ」
ジョゼフさんの説明では、第一と第二は建物の正反対にあって、特殊なルートを使わなければかなりの時間がかかるらしい。
ちなみに、その特殊なルートって言うのは基本シヴァさん・アルさん・セレスさん・ノーヴァさん・ジョゼフさんの五人しか知らないらしい。
まあ確かに考えたくないけど、騎士団の中にスパイがいた場合はそうしたほうがバレることはないだろうね。
そういえば、なんで【会議室】じゃないんだろう?
二週間ここにいて、会議ってだいたい【会議室】で行っていたからあの部屋でやるのかと思ったんだけど。
「会議室は、使わないんですか?」
「あー……ちょっと、今は使えない状態でね。直さなきゃいけないところもあるから、今は使えないように封鎖しているんだよ」
「なるほど」
今回の件で、誘拐犯が暴れるか何かして備品や部屋の壁とかを壊してしまったのだろうか。
どこか苦々しげなジョゼフさんの声音を聞いて、私はそう判断してそのままジョゼフさんに執務室まで連れて行かれた。
「それではお願いしますね、サーヤ」
「はい」
【第一執務室】についた私は、すでにいたシヴァさんたちに歓迎されながら部屋の中でお茶を飲んでいた。
ちなみに、出されたお茶は緑茶のような少し苦みのあるお茶だった。
…………こういうのを見ると、本当に先に来ていた日本人の人たちに感謝の気持ちしかない。
私、紅茶って苦手だったし。
そう思っていると、アルさんに話しかけられお茶をテーブルの上に置いた。
とりあえず、私は一通りのことを話した。
シヴァさんが本部を出た後から、シヴァさんたちと合流するまでの事を。
「そういえば、どうしてサーヤは偽物のアタシに違和感を持ったの?」
話し終わって、お茶を飲んでホッと一息をついているとセレスさんに言われた。
「えっと、セレスさんの私の呼び方です。偽物のセレスさんは、私のことを『サーヤちゃん』と呼んでいました。でもセレスさんが私をそう呼んでいたのはここに来たばかりの頃で、最近は呼び捨てだったのでおかしいなと思ったんです」
私の言葉を聞いて、みんな首をかしげている。
セレスさんは考えこみながら、う~んと唸っている。
「でもアタシがサーヤの呼び方を変えたのって、団長がサーヤを連れてきた日よね?」
「ええ、サーヤとセレスが川に落ちてずぶ濡れになった時からでしょう?」
あの、できればあの出来事は掘り起こさないでほしいのですが。
そう思っていれば、私の顔を見たセレスさんがアルさんの腕を引っ張った。
「それは忘れてちょうだい。でもその呼び方で呼んだってことは、アタシとサーヤの会話を聞いていなければ無理よね?」
…………たしかに、そうだ。
ちゃん付けの呼び方は、私がここに来た頃の呼び方。
まだ、あの時は町の人ともかかわりはなかった。
ということは、私のこの呼び方を知っているのは騎士団でも少数派しかいないはず。
「今回の偽物は騎士団の中にいると言いたいのですか?」
「別に、そう言いたいわけじゃないわよ!でも、その可能性が高いでしょ?それ以外で、サーヤの前の呼び方を知っている存在なんて」
私の嫌な考えを、どうやらアルさんも思ったらしい。
でも、セレスさんは慌てて否定していたけど否定しきれていない気がする。
…………あれ、でも本当に騎士団員だけなの?
たしか、あの日は…………。
「あ」
「どうしたのですか?」
ああ、そうだ。
セレスさんと合流する前、私に変なことを聞いてきた人がいた。
確か、名前はロイドさんだったはず。
私は、思い出したことをすべて話した。
「ロイド…………ですか」
「サーヤよりも少し身長が高いということは、サーヤと歳が近いってことよね?そんな子が、私の偽物になんてなれるの?」
アルさんが難しそうに考えこめば、セレスさんが首をかしげながら言う。
その言葉に、セレスさんの隣に座っているノーヴァさんもうなずいた。
確かに、セレスさんとロイドでは身長差がかなりある。
いくら魔法でも、あの違いまで完全にカバーできる魔法なんてあるのだろうか?
「獣人には無理でしょうが、吸血鬼……リザードマン…………いえ、どちらにしても不可能だと思いますよ」
「吸血鬼に……リザードマン…………?」
アルさんの言葉に疑問に思って聞いてみれば、近くにあった絵本でとても分かりやすく説明してくれた。
吸血鬼って言うのは、元の世界の小説にもあったように日本の牙がある比較的に人に近い血を吸う怪物だ。
この世界では、魔族と言う種族に分類されるらしい。
その吸血鬼の能力と言うのが、【自身の年齢を操作して見た目を変えることができる】と言う能力らしい。
ちなみに、映画の中であったように蝙蝠や狼に変身することも可能らしい。
そして、次にリザードマン。
とりあえず、見て思ってしまった。
なんなんだろう、この生き物。
絵本の中の絵は、簡単に言えばトカゲやカメレオンが人間のように二足歩行している感じだ。
目は、カメレオンというよりはトカゲや蛇みたいな感じ。
足は五本指だけど手は四本指で、舌はかなり長い。
吸血鬼や獣人の人型のような人間に近いというわけではなく、トカゲの人間バージョンという感じだろう。
ちなみに、種族は竜人と間違われやすいが魔族らしい。
どうやら、膝のような部分が直角に折れている足で強く蹴り上げることで、獣人にも引けを取らないジャンプ力や脚力があるらしい。
だから、身体能力は魔族の中では珍しく高いらしい。
…………爬虫類が苦手な人には、かなりショッキングな見た目だろうね。
いや、でも恐竜と言えばまだかわいい?
まあ、爬虫類は平気だから大丈夫だけど。
カメレオンは、あのギョロッとした目が苦手だけど。
歩いているところの場面もあるけど、学生の頃にネットで検索した水面を歩くトカゲの写真にそっくりである。
ちなみに、身長は基本私の何倍もあるらしい。
…………ほんと、爬虫類が苦手じゃなくて良かった。
爬虫類が苦手だったら、明らかに何かでそうな肝試しよりも恐怖体験だろう。
この時ほど、私を爬虫類に慣らさせてくれた友人に感謝したことはない。
苦手な人も多そうだけど、私としてはあのツルッとした鱗が好きだ。
モフモフとは、また別の魅力がある。
能力については同じなのかと思ったけれど、そうではないらしい。
それに変身面ではチートだとも思ったけど、マイナスな面があるらしい。
吸血鬼は身長や年齢を操作できるけど、自分の見た目は自分以外では変えることができないらしい。
まあ、完全に若返りとかそっち系の能力だね。
リザードマンの方は見た目を他人に似せることはできるけど、身長や年齢を変えることはできないし、変身した姿をしっかりと覚えていないと変身することはできないから暗記力も必要らしい。
まあ簡単に言えば大人は大人や大型な生物にしか変身できないし、子供は子供や小型の生物にしか変身できない。
やっぱり、小説の世界みたいにチートなんてものは存在しないんだね。
まあこんな世界じゃあ、チートな存在なんていたら悪目立ちして脅威扱いされそう。
あれ?
でもそうなると、『ロイドさん=偽セレスさん説』はちょっと無理がある。
ロイドさんがリザードマンだったとしても、彼とセレスさんじゃあ明らかに身長が無理だ。
だけど吸血鬼かと言えば、ロイドさんとセレスさんじゃあ全く見た目が違う。
「だとすると、そのロイドが偽物のセレスとつながっていると考えた方がまだ可能性はあるな」
そう考えていると、シヴァさんも同じことを考えたのかそう言った。
「あと、もう一つ聞きたいことが。サーヤが出会ったという少年についてです」
「え、あの子がどうかしたのですか?」
「本当に、【黒色の犬耳の少年】でしたか?見間違えではなく?」
「はい。【黒色の犬耳の男の子】ですよ」
アルさんの言葉に驚きながらもそう言えば、アルさんは表情をゆがめた。
何かおかしなことを言ってしまったのかと周りを見れば、シヴァさんたちも同じいうな表情を浮かべている。
「そうですか…………その少年が使った【隠し通路】は埋めて他の場所に変える必要がありますね」
「そうだな」
「え!?どうしてですか?」
アルさんとシヴァさんの言葉に、私は思わず驚きの声を出してしまった。
だって、いきなりそんなことを言われば驚いてしまう。
「その少年を必死に守ったサーヤに言いにくいのですが、その少年はロイドや偽セレスの仲間である可能性が高いです」
「…………え?」
アルさんが申し訳なさげに眉を下げて言った言葉に、私は思考が止まってしまった。
彼が、偽セレスさんやロイドの仲間?
いったい、どういうことなのだろう?
「誘拐犯の元から逃げ出したのは、【白色の猫耳の少女】です」
「あと言いにくいのだけれど、あの犯罪者共が誘拐を行った街には【黒色の犬耳の少年】なんて獣人はいないのよ」
申し訳なさそうに言うアルさんとセレスさんの言葉を聞いて、いよいよ自分がかなりヤバいことをしてしまった自覚が出てきた。
あの男の子が仲間なのなら、私は騎士団の敵である可能性の人物に隠し通路を一つ教えてしまったんだ。
しかも、隠し通路の中でもっとも町に近くて隠れるための障害物が多い通路を。
私の勝手な行動で、情報を相手側に漏らしてしまったんだ。
「すみません…………勝手な行動をして、大切な隠し通路の存在まで明かしてしまって」
「いい…………確かに今回は悪い結果になってしまったが、お前は自分なりにできることをやろうとしたんだろ?それだけでも、騎士団のメンバーとしては高得点だ」
頭をあげる私に、シヴァさんは優しげな声でそう言って私の斜め右に座っているにもかかわらず私の頭を撫でた。
「ですが、サーヤ。しばらくの間は、できる限り私達や他の騎士から離れないでください。今現在この騎士団にいるのは全員、幼少期からの者や前団長と共に戦っていた古株の者です。見張りと言うわけではありませんが、またその少年がサーヤを利用しようと近づいてくる可能性だってあります。気を付けてください」
「はい……」
アルさんの言葉にはうそはない。本当に心配している声音だったから。
でも、だからこそ申し訳なくなってしまった。
私の勝手な行動で、彼らの仕事を増やしてしまった。
私の【大人は子供を守るもの】という勝手な考えで、彼らの足を引っ張ってしまった。
…………難しいものだ。
迷惑をかけたくないのに。
ただ、自分なりにこうあるべきだと思ったのに。
…………私って、本当にここにいていいのだろうか?
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