(72)誘拐事件のその後③

~紗彩目線~



「ありがとな、サーヤ」

「ほんと、サーヤがいなきゃ俺たち今頃ここにいなかったよ」



 安心したように笑う彼らに、私はいろいろな意味で泣きそうになってしまった。




 シヴァさんたちが戻ってきて、私は少しの間近くの街に留まることになった。

 理由は聞かせてもらえなかったけど、彼らの様子からしてなんとなく理解してしまった。


 彼らの服に染み付く、鉄臭くて生臭い匂い。

 あれは、血の匂いだ。

 でも、怪我をしている様子もなかった。


 たぶん、血の匂いが染みつくくらい長時間いたのかもしれないけど、そうじゃない。

 あの血の匂いも最初は駐屯の騎士たちのものかと思ったけど、実際には違った。

 誘拐犯の人がいないところを見ると、もしかして…………。


 とにかく、彼らが何も言わないということは聞かない方がいいということだった。

 空気や他人の表情を読むのは、得意分野だ。



 意識不明だった駐屯の騎士たちは、近くの街で治療されて意識が戻った。

 彼らが目を覚ました時は、大人なのに泣いてしまった。


 自分で実感するよりも、私は不安だったようだった。

 ジョゼフさんは、泣いている私を怒ることも呆れることもせず静かに私の頭を撫でていた。


 それから、しばらくの間は恥ずかしながら自分でも何を口走っていたのかはわからなかった。

 ただ犯罪者に対する恐怖、見慣れた騎士たちの傷ついた姿を見てかなり精神的にきていたことだけはなんとなくわかった。



 騎士たちには、なぜか感謝されてしまった。


 私は、魔法も使えなかった。

 ジョゼフさんのように彼らを治療することもできなかった。


 ただ、ネットで得た知識を実践しただけだったのに。



「それが、どんだけすごいことなのか自覚していないのかよ」

「え?」



 私がそう言えば、犬耳の騎士は呆れたように言った。


 彼の方を見れば、壁に寄りかかっていた。

 大丈夫なのかと聞けば、治癒魔法で傷口は直したから平気らしい。


 とはいっても、やっぱり出血していたからしばらくの間は安静にしていなければいけないらしいけど。



 そんな彼の言葉に不思議に思っていると、犬耳の騎士は私の頭を撫でた。



「どんな時も、弱い奴は自分のことを真っ先に考える。どうすれば生き残るか、とかな。ほとんどの場合が、恐怖に支配されて自滅する。でも、お前は違っただろ?冷静に動いて、俺達の怪我を止血した。止血してくれたおかげで俺たちは助かったんだ」



 確かに不安だったけれど、あの時はあの犬耳の男の子がいたから冷静になれた。


 大人なんだから、彼は私が守らないと。

 そんな思いで、なんとか冷静さを保てていた。


 彼がいなければ、私は犬耳の騎士が言うように冷静さを保てていなかった。



「ああ、逆にサーヤは自身の行動を誇っていいぐらいだぞ。犯罪者に反抗する行動は良くないが、冷静に動いたことと知識を有効活用したことは褒められる。だいたい、緊張状態になるとど忘れするからな」



 犬耳の騎士の隣のベッドで寝ていた猫耳の騎士の声が聞こえてくる。


 …………単純だけど、なんとなく私の行動が認められたような気がした。

 会社でもずっと喪失していた何かが、彼らの言葉で満たされていく。


 心の中にあった穴が、少し修復されたような気持ちだった。



「ありがとうございます」



 自分でも思う。

 今のは、泣きそうな声だった。


 泣きそうになっているのを耐えていると、いつの間にかいなくなっていたジョゼフさんに話しかけられた。



「サーヤ君、今いいかい?」

「ジョゼフさん?」



 彼を見れば、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。



「今回のことで、少し聞きたいことがあってね。本部に戻ったら、一緒に来てくれないかい」

「大丈夫です」



 もしかしたら、事情聴取的なものなのかもしれない。



「……すまないね。恐怖を蒸し返すようなことだけど、今回の件はあまりにも不足している情報が多すぎてね。君たちも、すまないけど話を聞かせてもらうことになる」

「いえ……」

「まあ、今回の件はかなりレアなケースだからな。大丈夫ですよ、ジョゼフ先生」



 私と犬耳の騎士が返事をすれば、ジョゼフさんは申し訳なさそうに頭を下げた。


 まあ、確かにそうだろう。

 ほとんどの騎士は、犯罪者集団の捕縛にでていた。


 本部での状態を知れるのは、駐屯のメンバーと私だけ。

 でも、駐屯のメンバーは全員意識を失っていた。


 ということは、必然的に私も話すことになるだろう。



 とはいっても、私も逃げることに必死でいまいち自信ないんだけどな。





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