(71)誘拐事件のその後②

~アルカード(アル)目線~



 団長たちと別れた後、私とセレスは足音を立てないようにしながら素早く進んでいます。

 進めば進むほど、血の匂いは濃くなっていきます。


 血の匂いで獣としての本能が騒がしくなりますが、なんとか気合いで抑え込みます。

 こういう時、獣人で生まれたことが嫌になります。


 はあ……、本当に憂鬱ですね。

 この血の匂いにも。

 これから待ち構えているであろう現状にも。



「それにしても……この濃い血の匂いは厄介な状況しか浮かび上がりませんね」



 これだけ濃い匂いですし、よほど複数の者が出血しているのでしょう。


 何より、これだけ濃いのです。

 もし一人の場合は、その者はもう生きていないでしょうね。


 そう考えていると、後ろで周囲を警戒していたセレスがため息を吐きました。

 セレス……ため息を吐きたい気持ちはわかりますが、ため息を吐くと幸せが逃げるという噂がありますよ。



「いやな予感しかしないわよね……何が楽しくて仲間の死んだ姿なんて見なきゃいけないのよ」

「まだそうと決まったわけではありませんが…………覚悟はしておいた方がいいでしょうね」



 【仲間の死】私たち、騎士団では常に覚悟しなければいけないことです。


 騎士団は犯罪を防いだり犯罪者を捕らえたりする分、犯罪者やその関係者から恨まれやすいです。

 まあ、完全に逆恨みなんですけどね。

 大切な家族を奪われたと言いますが、それならば犯罪をしないでほしいのですよね。

 私たち騎士団も、見回りや暴走した魔物の対処などで忙しいのですから。


 何より罪人ならまだしも、犯罪では何の罪もない一般人が巻き込まれ大切な物を失います。

 そして奪われたことで復讐に走る一般人もいるので…………ああ、嫌なことを思い出してしまいましたね。

 

 罪人は、はっきり言ってどうでもいいです。

 個人的には、魔物の餌になってほしいくらいです。


 思わず眉間にしわを寄せながら、近くの部屋の中を確認していきます。

 とは言っても、血の匂いのせいで嗅覚が全く役に立ちませんから他の五感をフル活用してですが。



「いないですね」

「手っ取り早く、もう血の臭いを追って行きましょうよ」

「あまりよくはありませんよ。もしかしたら、この近くに潜伏している可能性もありますし」



 私がそう呟けば、セレスが苛立ったように顔をしかめながら言う。


 まあ、気持ちはわかります。

 これだけ濃い血の匂いの中で本能を抑えながら、嗅覚が役に立たないというマイナスを抱えて犯罪者と仲間の捜索。

 しかも、後者に至っては無事である可能性が非常に低い状況ですし。


 仲間のためであれば努力できますが、犯罪者だと本当にやる気が失せます。

 それに本能って、一度むき出しになりそうになると鎮めるのが面倒なんですよね。

 一度獣としての姿にならないといけませんし。


 …………そういえば団長が以前言っていましたね。

 サーヤが、獣の姿を見て喜んだと。


 あれの何が、そんなにいいのでしょうか?

 身体能力は格段に上がりますが、体が大きくなる分小回りがしにくくなります。


 ですから、一部を獣の状態に変える【半獣化】の方が使い勝手が良いのですよね。


 そう思いながら、【会議室】の前までやってきました。



「ここが一番キツイわね」

「はぁ……覚悟はできていますよね?」

「ええ」



 よりによって、ここなんですか。

 よりによって、会議するこの部屋なのですか。

 どれだけ、恨みをためているのですか。


 セレスと二人でため息をつき、非常に嫌々ながらも扉を開ければその瞬間今までにないほど濃い血の匂いがムアッと鼻についた。







「なっ!?」

「これは……」



 次に飛び込んできたのは、赤色でした。


 赤、赤、赤、赤、赤。

 部屋中が真っ赤でした。

 白かったはずの壁も天井も、すべてが赤色に染まっていました。



「はは……そりゃあこれだけ真っ赤ならあんなに血の匂いがするはずよね」



 セレスは、隣でポツリと呟きました。

 いえ、もうそうとしか言えないのでしょう。


 だって、そうでしょう。

 元の色がわからなくなるまで、部屋の中は真っ赤に染まっていました。


 今までも、凄惨な現場は見てきました。

 幼子にいろいろな意味で襲い掛かる変態も見ました。

 ただ声がうるさかったという理由で、子供を殺した犯罪者も見ました。


 それでも、この現場は今までの中で一番ショックが大きかったです。

 どんなに胸糞悪い事件でも、これに勝るものはなかったのです。


 そう思ってしまうほど、この部屋は凄惨でした。

 恐る恐る部屋の中を見回すと、部屋の奥の方に何かが転がっていることに気づきました。


 ええ、何かです。

 だって、『それ』は明らかに人型のようであるべきものがなかったからです。


 気分悪く感じながらも『それ』に近づけば、服装を見て少々安心してしまいました。



「これは……騎士団の軍服ではありませんね」

「駐屯のメンバーではないってことね」



 『それ』は、騎士団員であれば来ている軍服を着ていませんでした。

 色は変わっていますが、形状からして違うと判断できました。

 …………顔では、もう判断できませんから。


 そしてあるものを見つけたことで、とあることに気づいてしまいました。









「…………セレス、団長を呼んできてください」

「は?まだ、C級の奴が見つかっていないわよ」



 ええ、そうですね。

 見つかっていませんね。


 でも、もう探さなくてもいいんです。


 だって__



「もう、探さなくていいですよ」

「まさか……」








 『彼』は____





「ええ。この塊が、C級です」



 もう…………何も話すことのできない『これ』に成り下がってしまったのですから。

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