(74)誘拐事件のその後⑤
~シヴァ目線~
表立ってはわかりにくいものの、意気消沈としながら部屋を出ていくサーヤに俺は何も言えなかった。
それは俺だけでなく、アル達もだった。
「……何とも言えませんね」
「…………サーヤ、悪くない」
「ええ、そうよ。悪いのは、利用した奴らなのに」
アルは、ため息を吐いた後そう呟いた。
そんなアルの言葉に、ノーヴァとセレスもまた言う。
確かに、サーヤは悪くはない。
サーヤの行動を、敵が利用した。
だが、彼女の性格からして「利用した奴らが悪くて、自分は悪くない」なんて言って立ち直れるはずがない。
ここ二週間、彼女を見てきて思ったのは、サーヤは知識があるにもかかわらず自己肯定感が低い。
自分の行動に自信がないというよりは、自分がここにいる意味を問うている感じだ。
なぜそうなったのかは、なんとなくわかる。
彼女のようなタイプの子供は、今までに何度も見たことがあるからだ。
周囲から虐げられ否定されて育った子供は、自己肯定感が低く自身を軽く見がちだ。
そういうタイプの子供は、この騎士団に来た子供の中にもいる。
通常そういう子供は、騎士団での生活を通して少しずつ正常な思考に戻していくんだが…………今回の件はサーヤにとってはマイナスな方になりそうだな。
「はあ……とにかく、彼女はしばらくの間護衛をつけておかなければいけませんね」
「…………監視?」
「違います」
アルの言葉に、ノーヴァがジロリと睨みながらつぶやいた。
そんなノーヴァに、すぐさまアルの鋭い言葉が飛んで行った。
「いいですか。まず、偽セレスの狙いはまったくわかりません」
「…………ジョゼフ」
アルの言葉に、俺はジョゼフの方を見た。
ジョゼフには死亡時刻を調べてもらった後、ついでに死亡原因も調べてもらっていた。
ジョゼフいわく、長年の経験からもしかしたら頭部の破壊が死亡原因ではないかもしれないらしかったからだ。
「調べたところ、死亡理由は出血多量によるショック死だよ。最終的に頭を潰されていたけど、魔法で調べてみれば頭を潰される前からショック死で死んでいたようだね。深い傷をいくつもつけてショック死に追い込み、その後に潰したということだ」
ジョゼフが出した結果に、その場はシーンと静まり返ってしまった。
殺した後に、頭部の破壊。
あまりにも、悪趣味すぎるな。
何よりいくら犯罪者とはいえ、他者の死をなんだと思っているんだ?
「わざわざ殺した後に頭を潰したって事?…………悪趣味ね」
「傷をつけた部分もだけどね…………これは私の勘なんだけど、殺意と言うよりは狂気を感じるよ」
「狂気?」
「あえて言うのなら、人を傷つけるのが楽しいという感じかな?」
苦々しく表情をゆがめるセレスに、ジョゼフがそう付け足す。
まっとうな思考を持たない犯罪者__S級か。
だが、それでも納得できる部分はある。
C級のあの犯罪者では、駐屯のやつらを倒すことはできない。
だが、C級以外にもいたとなれば話は別だ。
「…………サーヤが見逃されたのはそいつの気まぐれ?」
「そうなりますね」
「はあ……本当に意味がわからないわ」
「好んで他者を傷つける者の気持ちを理解したら、いろいろな意味で終わりますよ」
ノーヴァの呟きにアルが答えれば、セレスが疲れたようにそう言い、アルはそんなセレスを慰めるように言った。
まあ、確か理解なんてできないし理解するつもりもないが。
理解してしまった瞬間、俺達はそいつらと同レベルに堕ちることになるからな。
だが偽セレスの正体がS級なのであれば、あのC級の犯罪者はうまく利用されてしまったのかもしれないな。
サーヤの話では、C級は黒い犬耳の少年を追ってきたらしい。
S級が駐屯の奴らの意識を刈り取った後、犬耳の少年の手によってうまく誘導されてC級が本部内に侵入した。
そして偽セレス一行がなんらかの目的を果たしたか、その遂行のためか口封じのためにC級を殺した……と考えるのが自然だな。
だが、それならなぜサーヤを殺さなかった?
奴らにとってはC級を殺す事には何のためらいもなさそうで、逆にそれを楽しんでいるところが見られた。
ならば、幼く小さなサーヤに対してもそれが向けられる可能性だってあったはずだ。
逆に小動物を思わせるからこそ、加虐心をそそられるだろう。
C級はありで、サーヤはダメな理由があるのか?
そう考えていると、アルが言った言葉に違和感を感じた。
「少なくとも今わかっているのは、偽セレスとロイドという少年、そして黒い犬耳の少年の三名の間には何らかの関係性があるということですよね?」
「…………」
「どうしました、団長?」
「…………いや」
サーヤの口から聞かされた、「ロイド』という謎の少年。
この名前を聞いた時から、なぜかずっと引っかかっていた。
どこかで聞いたことがある気がする。
だが、それがいつどこで聞いたのかがわからない。
思い出そうと考えていると、セレスの言葉が聞こえた。
「ロイドって少年、いったい何が狙いでサーヤに近づいたのかしら?」
「…………たしかに」
ロイドがサーヤに聞いたのは、サーヤが憎しみを抱いているか否か。
まるで、サーヤが騎士団本部に来るに至った背景をくわしく知っているような口ぶりだった。
サーヤが、ロイドに説明したのは森の中にいて優しい人に保護されたということだけ。
いくらセレスと一緒にいるところを見かけたからと言って、サーヤが虐待の被害者であるとは考えつかないはずだ。
セレスは線が細くて持ち前の明るさから、子供からも人気が高い。
休日には、近くの町の子供と遊ぶこともある。
一緒にいたとしても、一緒に遊んでいると解釈するはずだ。
それに__
「憎しみ……ですか。ロイドと言う少年は、何を思って彼女に対してそのような質問をしたのでしょうか?」
「確かに、サーヤの目線からすれば理不尽だし憎いはずよね?」
サーヤがどういう経緯でここに来たのか、どういう背景があったのか。
それを知っていたのなら、なぜサーヤの心の傷を思い出させるような質問をしたんだ?
周りから否定され、虐げられるのがどれだけ苦しく恐ろしいことなのか。
そいつは、わかっているのか?
サーヤと眠るようになってからは見ることはなくなったが、それ以前はたまに過去の夢を見る。
俺を獣だと嘲笑った彼奴らの笑い声が。
過去のほの暗い記憶を思い出していると、アルがふふっと笑ったのが聞こえた。
「『それなら、その人たちが私を捨てたことを後悔するように私が行動すればいいんです』…………ですか。本当に、サーヤは予想の斜め上の回答をしますよね」
アルが言ったのは、サーヤの言葉だった。
それを聞いた時は犯罪でも犯すのかと止めようとしたが、実際には違った。
捨てられたから憎んで犯罪を犯すなんて馬鹿げてる。
そんなことすれば、私は捕まって私の人生は終わり。
そう、サーヤは言った。
憎しみにとらわれず、冷静に自分の立場を考えた上での復讐方法。
驚いたが、確かに考えてみればそうだった。
アルからも聞いたが、サーヤはハーフのことを性別と同じだと言い切った。
すべての種族がそうというわけではないが、一部からは蔑みや嫌な欲を向けられがちなハーフに対して。
アルが何を思って俺に報告してきたのはなんとなく想像がつき苛立ちを感じたが、それでもそれに対する気持ちよりもサーヤの考え方に対する驚きの方が勝ってしまった。
「確かに…………まあ、そのおかげでアタシは前よりも深く考えなくて済んだんだけどね」
セレスの言葉を聞いて、そう言えばセレスもサーヤの言葉に影響を受けていたなと思い出した。
「…………サーヤの価値観は、俺達や他の奴らにはあまりない価値観だ。だからこそ、彼女の視点は俺たちにとっても新たな情報を与えてくれる。そこが、あいつの凄いところだ」
サーヤは、自信を持っていい。
サーヤの視点は、価値観は俺達の視点では得ることができない情報を与えてくれる。
それがどれだけすごいことか、どれだけ価値観で苦しむ者たちを救えるか。
サーヤが幼いからこそ、それが偽善からの言葉ではなく純粋な言葉に聞こえる。
騎士団長としての義務感と過去の自分を見ているようなという不純な理由でサーヤを保護したが、サーヤの言葉を聞いているとそんな自分すらも許されているように感じてしまう。
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