(68)vs誘拐犯⑦

~紗彩目線~



 しばらく走っていると、見慣れた後ろ姿が見えた。


 モフモフとした尻尾。

 ガッシリとした広い背中。

 ピンッと立っている狼の耳。



「シヴァさん!」

「なっ、サーヤ!?」



 大きな声で呼べば、彼は振り向き驚いた表情を浮かべた。



「サーヤ、なぜおまえがここにいるんだ?」

「え、だってシヴァさんもあそこに誘拐犯がいることを知っていたからここに来たのでは?」

「は?」



 驚きで目を見開いたシヴァさんの反応に、私は思わず足を止めて首をかしげてしまった。


 いや、「は?」ではない気がするんだけど。

 だって、誘拐犯が侵入したって知らなきゃここに来る意味がないだろうし。


 でも、彼の反応的にどうやら知らなかったようだ。

 それなら、いったいどういうことなんだろう?

 セレスさんも、誘拐犯の事は知っていたからてっきりシヴァさんも知っていると思っていたんだけど。


 お互いが訳が分からず首をかしげていると、シヴァさんの後ろからアルさんが走ってきた。

 アルさんが私がここにいることを驚いているところを見ると、どうやら彼も私がここに来ることを予想していなかったようだ。


 アルさんが何かを察したのか、私とシヴァさんの顔を見た後にしゃがみ込んで私と目を合わせた。



「とりあえず、いったん落ち着きましょうか。どうやら、私達とサーヤの間で情報の行き違いがあるようですね。サーヤは、どうしてそう思ったのですか?」



 アルさんに聞かれて、私は今までに起こった出来事を話した。


 シヴァさんたちが本部を出た後、しばらくして本部の中でブザーが鳴った事。


 犬耳の騎士にカバンを持たされて隠れさせられた後、黒色の犬耳の男の子と出会ったこと。


 男の子が泣いてしまったことで、侵入した誘拐犯に見つかり追いかけられたこと。


 カバンの中に入っていた道具をいろいろと使い逃げたこと。


 地図を見つけたことで街の場所がわかり、障害物が多い隠し通路を使って男の子を逃がしたこと。


 その後、いなくなった騎士たちを発見して怪我をしていたから応急処置をするために必要なものを探しに行ったこと。


 その先でセレスさんに出会い、シヴァさんたちがここにいることを知って出てきたこと。



「__というわけで、セレスさんが本部の中にいたからてっきり本部に侵入したことを知って戻ってきたのかと思ったんです」

「なるほど…………危なかったですね」

「え?」



 すべてを説明し終わった後、アルさんが言った言葉を聞いて驚いてしまった。


 シヴァさんもアルさんも、眉間にしわを寄せて何かを考えこんでいる。

 え?

 何か、不審な点なんてあったかな?


 そう思っていると、シヴァさんとアルさんの後ろから誰かがやって来た。



「どうしたのよ、団長」

「…………なにか、あった?」



 二人の後ろからやって来たのは、セレスさんとノーヴァさんだった。


 …………え、セレスさん?



「セレスさん!?」

「へ……サーヤ!?」

「なんで…………ここにいるの?」



 二人は、私がいることに驚いていた。

 というか、私も別の意味で驚いている。


 だって、セレスさんはさっきまで本部の所にいた。

 でも、今セレスさんがやって来たのは本部とは正反対の場所。


 いったい、どういうこと?

 こんな短時間で、セレスさんが移動できたって言うの?


 そう思っていると、驚きから憤怒の表情に変わったセレスさんはシヴァさんに食って掛かっていた。



「ちょっと、団長!どうして、彼女がここにいるのよ!残りがC級とはいえ、彼女がここにいるのは危険よ!」

「安全なはずの本部に戻すのも危険だと、たった今判断しましたけどね」

「なにか…………理由があるんだね」



 顔を真っ赤にして怒ってるセレスさんに向かって、冷静に言うアルさん。

 そんな彼に向かって、真剣な雰囲気で話すノーヴァさん。


 というか、まったく状況を理解できていないのは私だけなんだろうか?


 そう思っていると、アルさんは私が説明した通りの話をセレスさんとノーヴァさんに聞かせた。



「どういうこと?アタシは、さっきまで捕縛した奴らを尋も……話を聞いていたわよ?ねぇ、あなた達」



 セレスさんが不思議そうな表情を浮かべながら言い、彼の後ろにいる騎士たちに同意を求めれば彼らもうなずいていた。

 というか、今この人『尋問』って言いかけなかった?


 でも、セレスさんの話では彼はずっとシヴァさんたちと一緒にいた。


 ということは、私と一緒に本部の中にいたセレスさんは__



「…………じゃあ、あのセレスさんは」

「偽物の可能性が高いですね」



 嫌な予感がしてそう呟けば、アルさんが難しそうな表情を浮かべながら言った。



「やはり、ジョゼフを残すべきでしたね」

「どうしましょう、アルさん」

「落ち着いてください、サーヤ。何か、他にも問題はありますか?」



 悔しげにつぶやくアルさんを見て、思い出してしまった。


 本部には、まだ彼らがいる。

 意識のない犬耳の騎士たち。


 もし偽物のセレスさんが彼らの存在を知っていれば、今一番危ないのは彼らだ。


 そう思った瞬間、泣きそうな声でアルさんに聞いてしまった。

 どうすればいいのだろうか?


 そう考えていると、アルさんが聞いてきた。



「まだ、本部の中には負傷した騎士たちがいます!彼らは、止血したとはいえ意識がありません!もし、攻撃されれば」

「…………サーヤ、ジョゼフと共にここで待っているんだ。駐屯の者は、俺達が保護する。大丈夫だ。サーヤは、安心してここで待っているんだ」



 私がそう叫べば、シヴァさんが私を落ち着かせるように落ち着いた声音で言う。


 そんな彼の言葉を聞いて、少し安心してしまった。

 でも、安心すると同時に現実と小説はこんなにも違うもんなんだと自覚してしまう。


 小説とかなら、チートな力をもって彼らを助けられるかもしれない。

 乙女ゲーム系の小説であれば、私も一緒に行くと言っていくのかもしれない。


 でも、現実を見れば私はそんなことはできない。

 傷ついた彼らを見て、私は必死で動いていたけど心のどこかでは恐怖を抱いて怪我をする彼らを見たくないと思っていた。


 そんなことを考えること自体どうかしてる。


 それでも、やっぱり平和な世界で生きていた私にとってあんなふうに血まみれの彼らを見るのは精神的にもきつかった。

 だから、乙女ゲーム風の小説のようについていきたいとも思わない。


 ただ、怪我はしないでほしいと思う。

 それに私なんかが行っても、足手まといにしかならないし。



「…………わかりました。私は、いても足手まといになります。でも…………」

「サーヤ君?」

「できればでいいので、怪我せずに帰ってきてほしいです。怪我で血まみれなのは、とても怖いですから」

「ああ…………絶対とは言えないが、怪我をせず死なないよう努力する」



 私の言葉に、シヴァさんが私の頭を撫でながら言う。


 二週間ぐらい一緒にいてわかったのは、シヴァさんは100%確実なこと以外は絶対に「大丈夫」とは言わない。

 不確定なことを約束する場合は、「努力する」と言う。

 真面目なのだろうけど、嘘でも大丈夫と言わない彼はある意味凄いと思う。




 本部に向かっていく彼らを見ながら私はそう思った。

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