(67)vs誘拐犯⑥

~紗彩目線~



 ヤバい。

 私は、引きずり込まれた瞬間そう思った。


 なんとか逃げなければ。

 そう思って暴れていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。



「し~……よ、サーヤちゃん」

「…………セレスさん?」



 聞こえてきたのは、少し低めの声の女性の話し方。


 後ろを振り向けば、ニッコリと笑顔を浮かべながら人差し指を口元にやり『静かに』というセレスさんだった。


 私を引きずり込んだ相手がわかった瞬間、安心感のあまり脱力して床の上に座り込んでしまった。

 そんな私に慌てるセレスさん。


 だって、ヤバいと思ったと同時に終わったって思った。

 男の子を無事に逃がしたとはいえ、まだ犯罪者がいた。

 引きずり込まれれば、相手が犯罪者だと仮定してしまう。


 何より、私は女だ。

 そういう面でも、やはり警戒してしまう。


 引きずり込まれた時は、二つの意味で暴力を受ける自分の姿を思わず想像してしまった。


 まあ、いい意味でその想像は外れたけど。


 でも、どうして彼がここにいるのだろうか?

 


「どうして、ここに?」

「小さい子を保護してね…………子供だけ逃がすなんて無茶するわね」



 なるほど、男の子を保護したことで本部の方に侵入していることがわかったって事か。


 それにしても、無茶か。

 確かに、騎士団の人からすればなんの自衛の方法を持っていない私があれを逃がすのは無茶だろう。

 それは、私もしっかりと理解している。


 でも__



「それでも、それが私の役目ですから。たとえ、それが偽善だと言われても」



 子供を守るのは、大人の役目だ。


 確かに、無茶だった。

 私は、武器も持っていないし対抗できる技術も持っていない。


 それでも、彼をおいて逃げるなんてできなかった。


 偽善だと言われるだろう。

 でも……彼を放っておくことはできなかった。


 彼が、幼い頃に出会った迷子の男の子と重なったから。

 不安で不安で仕方がない。

 味方が誰もいない。

 そんな目をしていた彼に。


 セレスさんをジッと見ていると、彼は驚いた後に苦笑を浮かべた。



「…………そう。サーヤちゃんは優しいのね」



 …………私は優しくない。


 過去のとある出来事を思い出しながら、私はセレスさんに手を引かれ部屋をあとにした。







「さあ、サーヤちゃん。外にに団長たちがいるから、もう大丈夫よ」



 セレスさんに連れられてやって来たのは、本部の大きな玄関のドアの前だった。


 というか、隠れたりしなかったけど誘拐犯はどうなったんだ?

 彼がここにいるということは捕まったのかと思ったけれど、彼らがここにいないということはまだこの本部の中にいるということになるのでは?



「…………セレスさん、誘拐犯は?」

「大丈夫よ。悪い人は、やっつけちゃったから」

「そうですか」



 やっつけた…………捕縛したということだろうか?


 そう思いながら本部から出ると、セレスさんに背中を押された。



「ここから、しばらくしたところに団長たちがいるわ」

「セレスさんは、行かないんですか?」



 セレスさんの言葉に、疑問に思いながらも振り返り言う。


 だけど、彼は私の言葉を聞いて首を横に振る。

 なぜ、彼も一緒に行かないのだろうか?



「ダメよ。まだ、お片付けが残っているから」

「お片付け?」

「ええ。色々と散らかしてくれたもの」

「すみません」



 セレスさんの言葉を聞いた瞬間、申し訳なくなりすぐにその場で頭を下げて謝罪する。


 逃げるためとはいえ、意外に汚したところもある。

 何より、綺麗だった洗濯物を騎士たちを止血するためとはいえ無断で使ってしまったし。


 本来なら、セレスさんではなく私が綺麗にするべきだ。

 そう言おうとすると、セレスさんが慌てて私を止めた。



「いいのよ。男の子を守るためだものね」

「…………わかりました」



 セレスさんに背中を押され、シヴァさんたちがいる場所まで走る。


 なんとか無事に事件が終わって良かったし、男の子が保護されてよかった。



 しばらく走っていると、違和感を感じた。


 あれ、そういえばどうしてセレスさんは私のことを『サーヤちゃん』と呼んだのだろう?

 来た当初はそうだったけど、しばらくしてからは『サーヤ』っていう呼び方に変わったし。


 …………あんまり気にしなくてもいいかな?

 一応、後で合流したときにでも聞いてみよう。







 そう思っていた私は気付かなかった。


 走っている私をジッと見ていたセレスさんが、歪んだ笑顔を浮かべていたことに。



「うふふ…………今度は本当のと一緒に遊ぼうね」



 そう歪んだ笑みを浮かべながら言った彼が、まるで霧のように消えたことに。

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