(8)本部前での騒ぎ

~シヴァ目線~



 子供を保護した後、アルと共に本部に戻った。


 やっと安全な場所につき一息つき、腕の中で眠る子供を見ればうなされることもなく昏々と眠り続けている。

 薄暗い森の中でわからなかったが、子供の閉じた目の下には薄い隈があった。

 …………なんで、こんな幼い子供がこんな風に隈をこさえるまで寝てねぇんだよ。

 子供から睡眠を奪うなんて、どんな鬼畜だ。

 

 もしかしたら、過酷な環境にいたことで体にストレスだのいろいろが原因で成長に悪影響があるかもしれないな。

 森の中での子供には、かなりの自制心が見られた。

 見た目の年齢と精神年齢が比例していない可能性もあるな。

 …………本当に腐ってやがる。


 とにかく、早くこの子供をジョゼフに見せよう。

 もしかしたら、寝不足以外にも何か異常が見つかるかもしれない。


 そう思っていると何かが着地するような音が聞こえ、思わず子供の耳をふさぐ。

 俺たち獣人のような獣の耳が見当たらず、精霊や魔族や竜人の耳のように尖っていない丸い耳を見てこの子供の種族がとても気になってしまったが、とにかく今はこの子供が眠りから覚めないことだけに気を付けなければ。

 

 そう思っていると隣で子供の寝顔を見ていたアルが、訝しげにあたりを見回す。

 子供を見れば、起きることもなく昏々と難しげな表情を浮かべながら眠っており、声を出さずに心の中で安堵する。

 

 音が聞こえた方向を見れば、見慣れた黄土色の髪が見えた。

 それは、ハイエナの獣人でオスのセレスだった。

 騎士団の参謀であるセレスは、今日は確か書類仕事を命じたはずだった。

 書類仕事をよくさぼるセレスを逃がさないために、補佐をしており黒豹の獣人のアルと同じくネコ科で黒猫の獣人であり身体能力の高いノーヴァを監視につけたはずだが…………ありゃあ、逃げたな。


 ポカンとこちらを見るセレスを呆れながら見ていると、三階の窓からノーヴァが無表情で飛び降りてくるのが見えた。

 無表情だが、ありゃあ完全のキレているな。

 セレス、骨は拾ってやる。


 激怒しているノーヴァが背後にいることに珍しく気づいていないセレスに心の中で祈っていると、セレスがプルプルと震えていることに気づく。

 そんなセレスに、ノーヴァが訝しげな雰囲気を出しながらも俺の方を見て驚いているのか目を見開いている。


 そして、俺は二人がなぜこうなったのかを自覚する。

 少子化が進んでいるこの世界で子供はかなり貴重で、今では生涯で目にするかすらわからないと言われるぐらい珍しくなっている。

 そして今、俺の腕の中ではまだ生まれて十年もたっていないような幼い子供が眠っている。

 彼らの驚きは、きっと尋常ではないだろう。



 だが、そう思った時には遅かった。



「こ、こどもぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」



 セレスのあまりにも大きな叫び声に驚き、思わず呆然とセレスを見てしまう。

 かなりの大きな声で驚くが、セレスの隣にいたノーヴァが耳を抑えて耐えていることに気が付く。

 …………まあ、あれだけの大音量を近くで聞いたらな。


 だが、そう暢気に思っていると腕の中の子供が起きていることに気が付く。

 眠っていた幼子がセレスの大声で起きてしまったと知った瞬間、俺の中で怒りが生まれた。

 ……………………セレス、てめぇあとで覚えておけ。

 なに寝不足の子供を叩き起こしているんだよ。

 減給して訓練の時に半殺しにするぞ、てめぇ。

 

 腕の中の子供を見れば、どこかぼんやりとした表情を浮かべながらもポカンとしている。

 …………俺の部下がすまん。

 せめて、ジョゼフの健康診断が始めるまでは睡眠をとらせたかった。

 

 そう思っていると、アルがセレスの方へずんずんと歩いて行くのが見える。

 後ろ姿でもわかる怒気に、セレスがアルとノーヴァに半殺しにされる未来が一瞬見えた。

 セレス、骨は拾ってやるが助けねぇぞ。

 てめぇの自業自得だからな。

 幼い子供の睡眠を邪魔したんだ。

 半殺しで済んだことに感謝しろ。



 セレスは驚き目を見開いた表情で俺の腕の中にいる子供を見ていたが、ずんずんと近づいてくるアルの姿に気づくとなぜかキラキラとした表情を浮かべた。


 …………なんで、あいつは明らかに怒っているアルを見てあんなにキラキラしているんだ?

 アルがあんだけ怒っているんだ。

 殴られることだって簡単に予想できるはずだぞ。

 

 そう考えると、頭の中でとある考えが生まれた。

 他人の性癖をどうこう言うつもりはねぇが、さすがに部下の性癖は知りたくなかった。



「どうして、大声を出してしまうんですか!?」



 怒りでセレスの視線に気づいていないのか、アルがセレスに大きな声で怒鳴っている。

 どんなに怒りを感じていてもセレスに掴みかからないのは、起きてしまった子供を怖がらせないためだろう。



「だって子供がいるのよ! しかも、かわいい!」

「可愛いことはわかっていますよ!」




 セレスの興奮したような声音で言った言葉とアルの怒った言葉に、思わず心の中で同意してしまったが、自分のことを言われているはずの子供はセレスの話し方がわからないのか不思議そうな表情を浮かべていた。


 セレスは女のような話し方をするが、キレたり戦場で戦っている時は男らしい乱暴な話し方をする。

 そんなセレスの姿は、男女ともに大人気だ。

 男どもはあいつの戦いぶりを見ればわかるが、女どもの言う「ギャップ」という言葉の意味はいまいち理解できなかった。

 話し方については、本人曰く恐怖心を持たれないことと警戒されないことが目的らしいが、一般人の一部から性別を間違われていることを知っているんだぞ。



「…………もしかして、あの子あなたたちの子供なの?」



 一瞬、セレスが何を言っているのかがわからなかった。

 とりあえず、なぜそうなったのか話し合いたい。


 あと、俺たちはどちらも雄だから子供を作ることは不可能だし、何より可能だったとしてなぜ職場に連れてくる必要があるんだ?



「はあ!? なぜ、そんな答えが出たんですか!? あなた、書類を処理しすぎて頭でもイカレたんじゃないんですか!?」

「え~、だってあの団長があんな小さい子供を抱っこしているのよ?しかも、あの子団長の顔を見ても泣かないし」



 これを聞いた俺は思わずセレスを殴りに行きたかったが、目の前で殴るのは子供の情操教育上よろしくないと判断してやめた。


 とりあえず、殴るのは子供がいないところでしよう。



「確かに、団長の顔は慣れている私たちですらたまに怖いと思いますが……って、そうではありません! なぜ、あの幼子が私と団長の子供になるんですか!? 私も団長も、雄ですよ!?」

「いや~ね~、副団長ったら。そこは、愛の力ってやつよ」



 悪かったな、顔が怖くて。

 それとセレス、愛の力だけで子供ができるのなら今頃少子化が進むことはなかったと思うぞ。



「あなた、そろそろいい加減にしないとその口をふさぎますよ。糸と針で物理的に」

「いや~ん、こ~わ~い」



 怒りを抑えることができなくなっているのか、アルの体がプルプルと震えている。


 アル、耐えろ。

 子供の前で殴るのは情操教育上よろしくないし、子供にいらない恐怖心を与えるだけだ。

 何より、もし殴るという行為にトラウマを持っていれば、子供が苦しむことになる。


 そう思っているとセレスがちらりとこちらを見て、アルに小声で何か話しかけている。

 腕の中にいる子供を見れば、セレスとアルの事にはもう興味がなくなったのか俯いている。


 なるほど、子供を不安にさせないためにあんな茶番を演じたのか。

 さすが、獣人騎士団の参謀をしているだけある。

 …………演技のはずだが、半分本気なのを感じたのはきっと気のせいだろう。


 心の中で呆れながらセレスたちを見ていると、ノーヴァが此方に向かってくるのが見える。

 足音をわざと聞こえるようにしているところを見ると、マイペースなノーヴァでも子供のことはあいつなりに気遣っているのだろう。



『……? …………?』



 そう思っていると子供が何かを言っているが、慌てているのか早口で何を言っているのかを理解することはできなかった。


 目の前で立ち止まったノーヴァにジッと見られ、子供の表情から不安を感じているのがわかる。

 ノーヴァの身長は235歳で370㎝とどちらかというと低めだが、子供からすればかなり高く無表情でもあるからか威圧感でも感じているのだろう。


 とりあえず、ノーヴァの視線を子供から引き離すか。



「どうかしたのか、ノーヴァ?」

「団長……その子、欲しい」



 子供から視線を外すこととなぜ彼が子供のことをこんなにジッと見るのかが気になり聞いてみれば、ノーヴァは無表情だが目をキラキラとさせながらなんでもないように言った。

 …………お前、もう少し良い言い方はないのか?


 ノーヴァは言葉が少なめで無表情だからかよく誤解されるが、断じて人柄に問題があるわけではない。

 きっと、初めて見た子供の存在に興味を持ったんだろう。

 


「ダメに決まっているだろ」

「…………なんで、ダメ?」



 お前に任せたら、医務室が大嫌いなお前は子供のことを医務室に連れて行かないだろ。

 首をかしげながら言いてくるノーヴァに、心の中でツッコむ。


 ノーヴァに限らず、若い獣人は医務室を苦手としているものは多い。

 注射が嫌いらしいが、騎士ならばそれぐらい耐えろと言いたい。


 心の中で呆れていると、子供がノーヴァのことを警戒しているのか難しい表情を浮かべている。


 まあ、実際に子供の目線からすれば、ノーヴァは無表情で何を言っているのかがわからない相手だろう。

 俺だって、もしそんな相手が目の前にいれば普通に警戒する。


 だが、ずっと警戒させて心を休むことができないのはよくない。警戒したままでは、無駄に疲れさせるだけだ。



「〈これ、敵、違う〉」



 とにかく、警戒心を解いてほしい。


 そう思いながら真剣な表情を浮かべながらそう言えば、子供は不安そうな表情を浮かべている。

 

 信じればいいのかわからない。

 子供の表情から、今の子供の心情が伝わってくる。


 この子供が置かれていた状況は、俺たちの予想であってまだ確認が取れていない。

 だが、今までの子供の状況から言ってあまりいい環境とは言えないだろう。

 やはり、警戒心についてはそう簡単に解く事はできないか。



 そう思っていると、感じなれた気配がこちらに近づいているのがわかる。

 セレスとノーヴァの二人の相手ばかりを考えていて、すっかりあいつの存在を忘れていた。


 近づいてくる気配と感じる怒気から、あいつの怒りが深いことがわかる。



「何をしているのかな?」



 本部の玄関から出てきたのは、騎士団の専属医師を勤める熊の獣人のジョゼフだった。


 あいつは笑顔を浮かべていたが、その眼は全く笑っていなかった。

 ありゃあ、相当お怒りだな。




 これからされるであろう長い説教を考えると、俺は憂鬱な気分になってしまった。



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