(9)訳ありの子供①

~アルカード目線~



「で? 実際のところはどうなのよ?」



 本気で糸と針を使って物理的に縫い付けてやろうかと思っていると、セレスが顔を近づけて音量を抑えた声で話しかけてきました。

 そっと背後を見れば、幼子はもう私とセレスに興味がないのか俯いていますし、今であれば軽い事情説明ぐらいはできるでしょうか。


 とは言っても、どうせ後から私と団長とセレスとノーヴァとジョゼフであの幼子のことについて話し合いをしますので、二度手間になってしまいますね。



「何がですか?」

「惚けないでちょうだい。あの子供の事よ」



 二度手間が面倒で知らないふりをすれば、ギロリと効果音が付きそうなほど目を鋭くさせて睨まれてしまいました。


 良かったですね、セレス。

 あの幼子が俯いていて。

 今のあなたの顔、激怒した団長よりも怖いですよ。

 下手をしたら、あの幼子に泣かれてしまいますよ。


 セレスが私を睨みながらも、気になるのかチラチラと団長に抱かれている幼子を見ています。


 まあ、あれだけ小さな幼子は見たことがありませんもんね。

 それに、私と団長が本部に連れてきている時点で、セレスもあの幼子のことで気づいているのでしょうね。



「ここに連れてきたってことは、ジョゼフに見せるんでしょう? だとすれば、訳ありかしら?」



 ああ、やはり気づいていたのですね。

 さすが、騎士団の参謀を務めるだけあります。


 セレスは普段の言動から舐められがちですが、かなりの実力者ですからね。


 まあ、でも今回の件に関してはさすがにセレスも予想はできないでしょう。

 狡猾とはいえ、ハイエナも子供は大切にしますからね。


 あんな危険な場所に、あんな小さな幼子が保護者もいない状態でいたなどとは思わないでしょう。



「【帰らずの森】にて拾いました。幼子の目元には、うっすらと隈もあります。年齢は不明ですし、近くには保護者もいませんでした。それどころか、この大陸で使われている言葉すら通じませんでした」

「は?」



 あの幼子が置かれていた状況を簡潔に説明すれば、普段の軽い声音からは想像できないほどの低い声が彼から出てきます。

 セレスは、眉間にしわを寄せ、体からは殺気が少し漏れ出ています。


 ふと彼の手を見れば、こぶしを握りこみプルプルと震えています。

 手袋をつけていなければ、今頃は彼の手のひらからは血が流れていたでしょうね。


 殺気が漏れ出ているのは、きっとあの幼子をあのような場所に置いて行った者たちへの怒りでしょう。



「てめぇ、嘘ついているんじゃねぇぞ」

「本性出ていますよ、セレス」



 セレスから出たのは、女性のような話し方ではなく本来の彼の話し方でした。

 彼が女性のような話し方をする理由は知っていますが、さすがの彼もこの事実を知ってしまえば取り繕うことはできないようですね。


 彼は戦場で興奮すればこの話し方に戻りますが、それ以外ではよほどのことがないかぎりは戻りません。

 先ほどの殺気と言い、彼もあの幼子のことを心配しているのでしょう。


 まあ、もともと我々獣人にとって子供と言うのは本能的に大切ですからね。


 ちらりと後ろを見れば、ノーヴァがあの幼子に興味を持っています。

 あのノーヴァですら、あれだけ子供に興味を持っています。


 私たち獣人にとって、子供は宝であり尊いものです。


 だからこそ…………



「うるせぇ。なんでチビが、あんな所にいるんだよ。だいたい、言葉が通じねぇだと? 明らかに、おかしすぎるだろ」

「本当の事ですよ」

「胸糞悪ぃ…………」



 だからこそ、あの幼子が置かれていた状況には怒りと殺意しか湧きません。


 バカラバッシに襲われ、恐ろしかったはずだというのに声を上げずに静かに泣く幼子。

 この時点で、この幼子は普段から相当な自制心を身に着けています。


 大きな声で泣かなければ、もしかしたら魔物に見つからずに過ごせるかもしれませんね。

 ですが、それがなんだと言うのですか?



「ええ、本当にそう思いますよ。あんなに幼ければ、自衛だってできません。実際に、バカラバッシに襲われた時は恐怖で動くことすらできていませんでした。ある意味、あの馬鹿がミスをしてくれてよかったです。私たちが来なければ、最悪魔物に食われていましたよ」



 あの幼子は、あんな場所に一人でいました。

 それどころか、バカラバッシと言う獰猛な魔物にすら襲われそうになりました。


 このことが、どれほどの恐怖をあの幼子は感じたのでしょう?

 きっと、トラウマにだってなっているでしょう。あの子をあそこに連れて行った者は、ちゃんとそれを理解しているのでしょうか?

 …………きっと考えていないのでしょうね。



 自分の考えにまた殺意が沸いていると、今この場にその幼子がいることを思い出しました。

 今の自分たちは、きっとすごい形相をしているでしょうね。

 こんなところを見られてしまえば、それこそトラウマになってしまうかもしれませんし、もしかしたら彼女がすでに持っているかもしれないトラウマに引っかかってしまうかもしれません。


 とにかく、落ち着かなければ。



「いったん、落ち着きましょうか。貴方の顔、激怒している団長よりも怖いですよ? 幼子に見られたら、最悪の印象を持たれて怖がられてしまいますよ」



 私がそう言えば、セレスは深呼吸を何度か繰り返しています。



「…………それより、あの子供はいったいどうするのよ?」

「もちろん、保護の予定ですが?」



 あんなに幼ければ、まだ善悪の区別もついていなさそうです。

 子供がかなり珍しくなっている中、善悪の判断もできないどころか言葉すら話せない子供を放つなど、反社会派の者たちの食い物にしろと言っているようなものです。

 どんなに短くても言葉を学ばせ、ある程度自分で対処できるぐらいになるまでは保護できるでしょう。


 まあ、個人的にはここに残ってもらってもいいんですがね。

 あれだけ幼い子供がいれば、他の騎士共も今よりも一致団結して集中するでしょうし。



「それならいいわよ。最近は、盗賊団もいるしきな臭い宗教集団もいるわ。あんな小さな子供なんて狙われたら逃げられないわよ」

「たしかに、そうですね。あの盗賊団は、宝や珍しいものを好むそうですしね」



 盗賊団はいろいろな種族が混ざっていて他の種族からも危険視されていますし、きな臭い宗教集団も確実な証拠もないので捕まえることもできませんし…………本当に厄介ですね。



 とにかく、今はあの幼子の保護の基盤を確実にしておきましょう。


 保護者は誰にしましょうか?

 できれば、幹部のメンバーがいいですね。

 保護者がこの騎士団の重要人物であれば、何かあった時に動くことも可能になりますし。



 まあ、一番は本人の気持ちですけど。

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