(7)叫び声
~紗彩目線~
「ーーーー!?」
暖かくて、でもなぜか感触がゴツゴツしているベッドの上にいると、遠くから誰かの悲鳴らしき叫び声が聞こえた気がした。
その声で、私の意識は覚醒した。
私が毛布だと思っていたのは、狼さんの胸だった。
どおりで、ベッドにしてはゴツゴツしていると思った。
狼さんは鍛えているのか、服の上からでも筋肉がたくさんついているのがわかる。
狼さんに抱きかかえられているから、狼さんの服をつかまないとバランスが取れないから仕方なく触っているけど、なんていうかとても恥ずかしい。
狼さん、できれば下ろしてほしい。
ていうか、久しぶりに夢を見た気がする。
あの会社に入ってからは、とにかく仕事ばかりして眠気に耐えられなくなったら気を失うように寝るっていうのが今の習慣になっているんだよね。
それにしても、ゴツゴツした布団か⋯⋯。
フカフカの布団が懐かしい。
卒業して今の会社に入ってからは、食事だってゼリー飲料とか栄養補助食品とかで済ませちゃって、布団だって干す時間が全くないせいかフカフカじゃない。
時間がないって言うのもそうだけど、普通のお弁当は作っている暇も買っている暇もないし、弁当を広げるよりは片手で食べれる方がいい。
だって、片手で食べながら書類制作できるし
お行儀悪いけど、他の人もやっているからやっていて平気だ。
集団心理って、すごいわ~。
それに、その方が効率がいいし、お腹膨れて書類もできる。
これぞ、一石二鳥!
でもできるのなら、自由な時間がたくさんあった学生の頃に今すぐに戻りたい。
天気のいい日に干して、フカフカになって暖かくなっている布団におもいきり飛び込みたい。
あ、でも一番したいことは会社を入りなおしたい。
あんな食事の時間すらないようなブラックな所じゃなくて、ホワイトな企業に入りなおしたい。
効率重視な性格は元からだけど、あの会社に入ってからは体重も痩せてきてるしいろいろと体に影響が出始めているみたい。
やっぱり、なんとか時間を見つけて健康診断行った方がいいかな?
私が考え事をしていると、少し離れたところで誰かが大きな声で何かを言っているのが聞こえる。
そっちを見れば、黒猫さんと無表情な男の人と女の人?が言い合いをしていた。
『△△○◇○○!?』
黒猫さんが、すごく大きな声でなにかを言っている。
離れていても聞こえるってことは、結構な声量で言っているってことだよね?
あの無表情な男の人と女の人は、うるさく感じないのかな?
ジッと、黒猫さんと言い合いをしている二人を見る。
無表情な男の人はうなじまでの黒髪と黒目で、黒猫さんと同じで頭に黒い猫耳がついている。
多分、黒猫さんと同じ種族なのかな?
女の人は肩甲骨までの黄土色の髪を緩く一つに束ねていて、頭に髪の色と同じ色の少し丸っぽい耳がついている。
なんていうか、タレ目で可愛い。
大きいけど。
異世界なのはなんとなくわかるけど、この世界の人の平均身長ってどのくらいなんだろう?
私に背を向けていると黒猫さんの尻尾が見える。
怒っているのか、バタンバタンと音がしそうなくらい上下に揺れている。
そんな黒猫さんの尻尾を見て、他の二人の尻尾が気になった。
二人とも、尻尾が体の陰に隠れて見えないけどやっぱりもふもふなのかな?
私から見えるのは、無表情な黒猫さんと女の人の顔が凄く整っていることぐらいしか見えない。
…………あの人、女の人なのかな?
体は黒猫さんよりも細いけど、来ている服は黒猫さんや狼さんと同じ服。
髪の毛が長くて体も細いから女の人かと思ったけど、日本でも体が細い人や長髪の人もいた。
見た目で性別を判断するのは早計かな…………?
『△◇○○?』
『△◇○◇!!』
女の人(長髪の男の人?)が目を細めてニヨニヨと笑いながら何かを言うと、黒猫さんがより大きな声で何かを言った。
尻尾がボアッと一回り大きくなっているのが見える。
たぶん表情的に、女の人(長髪の男の人?)が黒猫さんをからかった。
それが、黒猫さんの怒りの火に油を注ぐ結果となったってことかな?
どうすればいいのかわからず狼さんの顔を見上げると、狼さんは怒っているような疲れているような複雑な表情を浮かべている。
よくわからないけれど、お疲れ様です。
思わず心の中で狼さんを応援していると、無表情な黒猫さんがこちらを見ていることに気づいた。
なんだろう?
無表情な黒猫さんが、無表情だけどどこか怒っているような雰囲気をまとっている気がする。
そう思うと、今の私の立場を考えて気付いてしまった。
よくよく考えれば、私はこの人たちに保護されている身だ。
でも、それをこの人たちが知っているとは限らない。
この人たちの服装は、なんていうか小説の中によく出てくる軍服に似ている。
黒の上着に白いシャツに黒いネクタイに黒いズボン。
頭の上には、黒い軍帽。
腕には、獅子の絵が描かれた腕章。
多分、この人たちは軍人か何かだ。
もしかしたら、怪しい人間と思われたのかもしれない。
でも、一応この人たちは保護って言っていた。
もしかしたら、説明してくれるかもしれない。
私はそう考え直したけど、中学時代の教師との会話を思い出してそれを否定してしまう。
中学時代、英語の単語の意味を間違えて使ってしまって教師に怒られた。
もし、彼らから言われた単語が本来の意味とは違う意味で使われていたら?
でも、もしそうだとすればどうすればいいんだろう?
彼らの言語は、私にとっては聞いたこともない言葉だった。
まず、早すぎてどこからどこまでがどの単語なのかもわからない。
例えるのなら、英語の存在を初めて知った人間が英検一級のリスニングを聞いてその意味を理解しろと言われるぐらいの難易度。
…………もしかしてこの状況って、私にとって非常に悪い方向に進んでいる?
俯きながらそう考えていると、前から誰かが向かってくる足音が聞こえた。
顔を上げると、無表情な黒猫さんがこっちに向かってくるのが見える。
彼が止まると、ジッと見られる。
「え? なんですか?」
ジーッと効果音が付きそうなほど見られて、不安になって通じないのに思わず日本語で聞いてしまった。
もちろん目の前で私を見つめる彼には伝わることはなく、彼は私の言葉の意味が分からないためか首をかしげている。
身長が高い人、しかも無表情な人に無言で見つめられると緊張や威圧感を感じる。
『○○◇△△』
『△△? ◇◇○○△☆?』
『△◇○○◇☆☆』
『…………△◇○?』
緊張に耐えながらも見つめていると、狼さんが無表情な黒猫さんに話しかけてようやく目線がそれた。
バレないように心の中でホッと息を吐いて、彼らを観察する。
狼さんが眉間にしわを寄せて何かを言うと、無表情な黒猫さんはまた首をかしげながら何かを言っている。
彼は、何かに疑問を持っているような雰囲気を出している。
無表情な人だけど、意外に雰囲気で何を考えているのかがわかる。
この時だけは、あのブラックな会社に入って良かったと思う。
周りの人の目や雰囲気を見て相手の心情を察するのは、あそこで得たスキルだから。
狼さんが注意するような声音で何かを言うと、彼が何かを言いながらこちらを見た。
『これ、敵、違う』
さっきの緊張感のある見つめ合いを思い出して身構えると、上から狼さんが私の顔を覗き込んで日本語で言った。
たぶん、私が身構えていたから警戒心を解かせるために言ったのかもしれない。
『△◇◇○○◇?』
狼さんになんて答えようかと思っていると、力強い渋めの男の人の声が聞こえてきた。
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