(11)健康診断
~紗彩目線~
渋めのおじさんの声が聞こえたから振り向けば、渋めのイケメンだけど狼さんよりも身長が高そうなおじさんがいた。
肩までの茶色の髪を一つにまとめていて、少し皴のあるこい茶色の瞳の優しそうなおじさん。
頭の上についているちょっと丸っこい茶色の耳と狼さんよりもがっしりした大柄な体格のせいか、まるで熊みたいなおじさんだ。
よし、あの人(まず、人なのか?)のことは熊さんと呼ぼう。
だって、名前がわからないし。
でも、なんだろう?
あの熊さん、笑顔だけどなんだか違和感のある笑顔だ。
口元は笑っているけど、全然目が笑っていない。
まるで、怒っているのに無理やり怒りを抑えて笑っている感じ。
私は、会社で何度かあんな笑顔を見たことがある。
物凄く仕事ができる先輩が、自分の仕事はサボるくせに部下の仕事に難癖をつけてくる上司に向かって浮かべていた笑顔にそっくり。
そんな怖い笑顔を、あの熊さんは狼さんたちに向けている。
私の方に視線を向けていないのをいいことに、熊さんのことを観察する。
彼を見れば、本当に狼さんよりも大きいことがわかる。
狼さんたちが着ている服と同じ物の上に医者が着ていそうな白衣を着ているから、もしかしたら医者なのかもしれない。
でも、白衣の上からでもわかるぐらいがっしりとしている。
腕なんて、私の何倍あるんだって言うぐらい太い。
ボディビルダー並みに太いんじゃないの?
そう思っていると、今の自分の立場を思い出す。
今の私は、彼らからすれば素性もわからない成人女性だ。
今はなにもされていないけど、もし行動を間違えればどうなるかわからない。
もしここが戦争をしている地域だったら、敵の仲間かもって疑われて拷問とかかけられちゃうのかもしれない。
少なくとも、あんな太い腕で殴られたら一発であの世行きなんだろうな。
自分の考えに思わずプルプルと震えていると、熊さんの目と私と目が合う。
彼と目が合った瞬間、優しそうに目を細めて微笑んでいる。
何と言えばいいのだろう?
小さい子供たちが遊んでいるのを微笑ましそうに見ている親の顔?
ペットとかに向ける慈愛のこもった瞳?
うん、明らかに不審な成人女性に向けるものではないね。
『○○△☆◇◇☆?』
熊さんが何かを言いながら近づいてくる。
彼が近づけば以下づくほど、狼さんとの身長差がわかる。
絶対に、1メートルぐらいは身長差がある。
この世界が異世界かもしれない説は、意外に当たっているのかもしれない。
『○○△△◇◇☆』
『…………△☆☆』
熊さんと狼さんが何かを話すと、熊さんが私の顔を覗き込んできた。
やっぱり、話している内容は私の事なのかもしれない。
まあ、それもそうか。明らかに、私は不審者だし。
『やあ、こんにちは』
「え? 通じてる?」
また聞こえてきた日本語。
しかも狼さんとは違い、明らかに文章としては成立している。
いや、もしかしたら狼さんと同じく知っている単語を言っただけなのかもしれない。
英語だって、「こんにちは」なんて基本中の基本の単語だし。
『うん。通じるよ。私は、ジョゼフ。医師…………病気やけがを治す仕事をしているのだが、ちょっとおじさんとお話ししていいかな?』
「え、あ、はい?」
まさか答えが返ってくるとは思っていなくて、思わず変な答え方をしてしまった。
だって、本当に返事がくるとは思わなかったから。
私が返した言葉に疑問を思ったのか、目の前の熊さん__ジョゼフさんは首をかしげている。
とりあえず、名前を名乗られたんだから名乗り返す?
でも、外国とかだと名字を名前の後に言う国もある。
とりあえず、名前だけを言っておけばいいか。
「えと、紗彩です。こんにちは」
『そうか、サーヤというんだね。可愛い名前だね。それに、ちゃんと挨拶を返せていい子だね』
なんだか、子供のような扱いをされているような気もするけれど今は置いておこう。
なにしろ、日本語が通じる貴重な相手なんだから。
もしかしたら、この国のことも何かわかるかもしれないし。
情報を得るためにも、細かいことを気にして相手に変に思われるわけにはいかないし。
よーし、落ち着け佐々木紗彩!
マイナス思考はできるだけしないで、頑張って情報を集めるんだ!
私がそう考えていると、ジョゼフさんは優しそうな表情から真剣な表情に変わる。
『さて、サーヤ君。私は、これから君のことを診察しなければいけないんだ』
「え? 診察?」
『ああ。病気にかかっていないか、怪我をしていないかを調べるんだ。君は先ほどまで森にいたと聞く。心配だからね。君には、診察を受けてほしいんだ』
「…………」
ジョゼフさんの言葉に思わず固まってしまうけれど、よく考えれば彼が言っていることは正しい。
だって、森の中にはいろいろな生き物や植物がある。
中には、毒を持っているのもある。
私はあの森に会った植物がどういう性質を持っているのかわからないし、どんな虫がいるのかもわからない。
もしかしたら、目に見えないサイズの毒を持った虫がいるのかもしれない。
もしかしたら、毒とか体に悪影響のあるものに無意識に触ってしまっているのかもしれない。
今は平気なだけで、後々なんらかの悪影響が出てくるかもしれない。
そう思うと、今すぐにお風呂に入りたくなってくる。
お風呂に入って、おもいきり熱いお湯をかぶって汚れを落としたくなってくる。
まあ、この国にお風呂があるのかわからないけれど。
私が当たり前に入っているお風呂だって、別に昔からあるわけじゃなかったし。
それに今では普通におしゃれとして使われている香水だって、もともとはお風呂に入る文化がなかった昔の貴族の体臭を隠すためにつけられていたらしいし。
そう考えると、お風呂がない可能性も考えておく必要がある。
私が考えこんでいると、不安に思っているのかと勘違いされたのかジョゼフさんに頭を撫でられる。
『もちろん、痛いことは何もしない。彼らが怖いと言うのなら医務室…………診察をする所にも入れない。だから、診察を受けてほしい。私は、君に苦しんでほしくないんだ』
そう言うと、ジョゼフさんは眉を寄せ何かに耐えるような表情を浮かべる。
彼の表情から、本気で私のことを心配しているようだ。
こんな不審な成人女性に対して優しすぎない?
これで演技とかだったら、まじで俳優目指せるよジョゼフさん。
でも、私としても異常がないかは知りたい。
「…………わかりました」
『……! そうかい。ありがとう』
私の答えに安心したのか、ジョゼフさんは優しげな表情を浮かべている。
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