(4)子供の保護

~アルカード(アル)目線~


 ぽかんと私のことを見上げる幼子の姿を見て、どこにも怪我がないことが判断できました。

 本当に良かったです。

 幼子は、私たち大人と違ってどんな小さな怪我や病でもすぐに重症化してしまいますからね。


 幼子を観察してみると、少々見た事がない服装をしています。

 私たちは騎士団の服の上着の中に着るワイシャツはわかりますが、このピシッとした感じの黒い上着は何でしょうか?

 触ってみるとすべすべとしていますが、生地的には我々が着ている服に近いようですね。

 ですが、明らかに幼子が着ることに向いている服ではありませんね。

 なぜ、この幼子の周りの大人たちはこのような服を幼子に着せていたのでしょう?


 まあ、服の事よりまずは怪我の有無ですね。

 見た感じや匂いでは怪我がないことを判断しましたが、もしかしたら服の下に痣などにおいを発しない怪我があるかもしれませんし。

 一応、彼女に聞いてみましょうか。

 匂いから幼子は女子のようなので、さすがに服を剥くわけにはいきませんし。



「怪我はありませんか?」

『……? ………………?』



 私がそう聞けば、幼子から帰ってきたのは聞いたことのない言葉らしき音でした。

 …………これは、もしかして言葉が通じないと言うことなのでしょうか?


 ですが、おかしいですね?

 他の大陸は知りませんが、少なくともこの大陸に存在している他の種族も私たちが使っている言語と同じものを使用しています。

 ですから、この幼子のように言葉が通じないという現象が起こるはずがないのですが。


 ですが、このことからこの幼子はこの大陸の者ではないというわけですね。

 …………少々きな臭いですね。

 なぜ、こんな親の庇護が必要な幼子がわざわざ言語も通じないこの大陸にある【帰らずの森】にいるのでしょう?


 【帰らずの森】にいる時点で、普通の大人ですらも無事に帰ることができるかも危ういというのに。

 まるで、手を汚さずに彼女を殺そうとしているようなものじゃないですか。


 思わず嫌な考えが浮かびましたが、考えが顔に出ない性質でよかったです。

 いつも他の騎士からは「笑顔で何を考えているかわからない」と言われていますが、この時ほど自分の顔に感謝したときはありませんね。

 ただでさえ不安であろう幼子が、今の私の顔を見てしまえば余計に不安になって泣いてしまうでしょうし。

 それに、怖がらせてしまうかもしれませんね。


 怖がらせる?

 ええ、怖がらせてしまいますよ。


 私は、彼女をここに連れてきた大人たちに対して殺意すら持っています。

 いくら長命とはいえ子供が少なくなっている中、子供__特に女子は貴重です。

 何より、子供は大人と違って純粋でかわいらしく、国の未来をつなげる宝物です。

 そんな大切な存在をこのような危険な場所に連れてくるなど、万死に値します。



『…………? …………?』



 幼子が、どこか泣きそうな表情で私に何かを聞きます。

 

 きっと、本人も私と言葉が通じないことを理解しているのでしょう?

 その表情には焦りの色も見えますし、年齢にしては理解力が高いようですね。

 でも泣かないところを見るあたり、この幼子はかなり自制心があるようですね。

 …………幼子に自制心など必要ないものですが。

 

 でもこの状況では、この子が大きな声で泣きださなくて良かったとも思えますね。

 この子の泣き声で、魔物たちが寄ってきてしまいますし。

 とにかく、早くこの子をここから連れ出しましょう。

 こんな所では、満足に泣くこともできませんし。



「…………どうやら言葉が通じませんが、伝わることを願います。私たちは、貴方に危害を加えません」

『……、…………』



 せめて伝われと思いながら言っても、彼女の顔色はよくなりません。


 団長の性格から考えれば、彼女を保護しようとするのは絶対でしょう。

 団長に彼女の保護を頼む前に彼女に保護することを伝えたいとは思いますが、言葉が伝わらない以上どう説明しましょう?

 さすがに私は使えませんが、ジョゼフが【言語一致魔法】を使えたはずですが…………。


 騎士団専属の医師をしている熊の獣人の男を思い出していると、目の前にいる幼子がポロポロと涙を流していることに気づきました。

 ヒックヒックと小さな嗚咽を漏らして静かに涙を流す幼子の姿を見て、私はガラにもなく慌ててしまいました。


 ああ、どうすればいいのでしょう?

 私は、ジョゼフのように子供の扱いに慣れているというわけではありません。

 ですが、このような幼子が泣いているのを放っておくことなんてできません。

 

 どうすることもできず、オロオロとしていると後ろからよく知った気配が近づいてくるのを感じました。



「どうかしたのか?」

「団長! 実は人影が幼子だったのですが、どうやら言葉が通じないようで……」



 後ろからやってきた団長に幼子の事を説明すると、彼も嫌な考えが頭の中に浮かんだのか顔をしかめて子どもの方を見ています。


 こんな状況ですが団長の目つきは普通の方よりも鋭いので、慣れている私でも今の彼は怖いと思いますが幼子が見てよけいに泣かないといいのですが。

 

 私がそう思っていると、団長が幼子の前で膝をついて幼子の頭を撫でています。

 幼子が、団長のことを見て固まっています。

 …………泣き止んだのはいいですが、彼女固まっていませんよね?



「〈どこから来たのかわかるか?〉」



 団長が彼女に向かって話しかけた言葉は、【古代語】です。

 数千年も昔、この世界を作った神々がどこからか連れてきたとされる不思議な種族【神人族】が使っていたとされている言語だったはずです。


 使える者も少ないはずの言語で、なぜ団長は彼女に向かって語りかけたのでしょうか?


 不思議に思っていると団長が彼女に語り掛けた後、私の方を向きました。



「言葉を習っていないというわけじゃねぇが、俺たちはとは言語が違うみたいだな」

「そのようですね。ですが、なぜ【古代語】を?」

「大陸の言葉以外だと、これしか思いつかなかったからだ。とはいっても、俺はジョゼフのように親戚に精霊がいるわけじゃねぇから【古代語】を話せるってわけじゃねぇけどな。この文章しか話せねぇし、あとは単語をいくつか知っているってだけだ。だが、訳ありだってことには変わりねぇがな。保護するぞ」

「そうですね」



 幼子のことを保護できるのはよかったのですが、どうやって彼女に保護することを伝えればいいのでしょうか?




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