(5)保護①

~紗彩目線~



 狼さんと黒猫さんの話し合いが終わったと思えば、狼さんがまた私の目の前で膝をついて私を見てくる。

 

 目つきがかなり悪くてはっきり言ってヤのつく自由業の人みたいだけど、なぜか怖くはなかった。

 普段の私なら、絶対に怖がりそうなのに。



『俺、保護、する』



 狼さんが言った言葉は、確かに日本語だった。

 だけど、イントネーションが少し変で、例えるなら外国人が慣れない日本語を必死に言っている感じだった。

 さっきは文章だったけど、今度は単語を繋げたものだ。もしかしたらあれが狼さんが知っている唯一の日本語の文章だったのかもしれない。


 こっちとしては異世界を疑ったけど、もう言葉が通じる人がいるんなら異世界でも異国でもどうでもよくなってしまった。

 目の前の人たちの見た目的に異世界の可能性が高いけど、言葉が通じる人がいるのならまだ現状をなんとかできるかもしれない。


 相手は単語と単語の間に空白があるから、日本語には慣れていないのかもしれない。

 それなら、時々相手をする片言の外国人みたいにこっちも単語を聞きやすいようにゆっくり話せばいい。

 たぶん、相手は私のことを保護するって言ってるんだよね?

 でも、危害とか加えられたら怖いしな…………。



「痛い、しない?」

『お前、危害、あげない』



 私が彼に聞けば、狼さんは真剣な顔で言った。

 私が彼らに危害を加えなければいいってことかな?



『殺す、しない。安心、する。怪我、しない』



 なるほど。

 とりあえず私が危害を加えたりしなければ、あちらも危害を加えないってことよね。

 こっちとしては危害なんて加えるつもりはないし、だいたい攻撃できるとも思えないし。


 だって、私はスポーツが得意なわけでもないどこにでもいる社会人。

 しかも、専門学校を卒業したばかりの。

 秀でたところなんてないし、もしあるとしても趣味の読書で得た雑学程度。

 別に武術もやっていない。

 せいぜい、中学時代の体育で柔道に触れる機会があったくらい。

 それだって、先生からは受け身が上手としか言われず、相手を投げることもできなかった。


 だいたい、私は自他ともに認める弱虫の人見知りだ。

 田舎育ちとはいえ、自分の性根はそうそう変わらない。

 ただ、虫が平気というだけで自分よりも大きな人は苦手だし、人見知りで人と関わるよりも動物と触れ合う方がいいと思うような人間だ。

 中学・高校では、それが原因でいろいろとちょっかいをかけられた。

 専門学校だって、学びたい内容が学べてちょうど私みたいな人がたくさんいたから進んだし。


 なのに卒業していざ社会人として頑張ろうと思ったら、そこはセクハラ・パワハラが普通に横行するブラックな会社。

 神様、私はあなたに何かしましたか?



 鬱々と考えていると、目の前にいる狼さんが話しかけてきた。

 黒猫さんが心配そうな表情で見ている。



『保護、する、いい?』

「もうなんでもいいや…………保護、お願い」



 力強くうなずいた狼さんは、私を抱き上げて歩き出す。


 なんか、もういろいろとどうでもよくなってきてしまった。

 

 思うと、疲れていたのかもしれない。

 会社ではハゲ上司は仕事しないしセクハラしてくるし。

 先輩は仕事を押し付けてくるし、同僚は失敗ばっかりするし。

 仕事が忙しくて、最近はゼリー飲料とかばっかりでお腹減ったし。

 睡眠不足で、眠いし。


 楽しかった専門学校時代を思い出せば、嫌な記憶が多い中学や高校時代も思い出すし。

 なんで、あの頃の皆は本ばかり読んであまり話さない陰キャにわざわざ話しかけてきたんだろう?

 それが、いまだに不思議だわ。



 私はそう思いながら、いつの間にか眠りの世界に旅立っていた。

 

 

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