7・方舟会議
平素はまったく目をむけられることのなかった〝新品の地球〟――ケプラー22bに、まっさきに目をつけたのが、スカンジナビア統合評議会
むろん、NEACに潜伏していたCIAの
〈SC―66〉は、NEACが独力で、辛抱づよく進めていたが、RQ―21の影響でEUSFが事実上壊滅してからは、計画をすすめることができなくなってしまっていた。そこに、ようやく〈SC―66〉の重要性に気づいたNASAの上層部が協力を願い出たのである。――かくして、リチャードソンと李との会談から一週間後、米中の主導する〝方舟会議〟が結成された。
「良かったのかね?CNSAに情報をリークして――いくら巨大な〈ドナウ9号〉といえど、定員は限られているのだぞ」
ホワイトハウスの
「君は、せっかく我が国だけが〈SC―66〉の利益を
大統領は額に青筋をうかべ、元来の赤ら顔がさらに紅潮している。――だが、リチャードソンは冷ややかにこたえた。
「閣下、どうか
「では、どうするつもりだ!連中を皆殺しにでもするつもりか!?」大統領はまだ口角泡をとばしてわめいている。
「そうですね……それもいいでしょう」リチャードソンは冷笑をひろげる。「どのみち、NASAの力だけで〈ドナウ9号〉を完成させることはほぼ不可能なのです。我々にはCNSAの協力が不可欠なのですよ――〈ドナウ9号〉が
「なに?MNWDに用があるのか?――四号なら任務割り当てがないが……」頭はいいくせに変なところで勘のにぶい大統領は
「ええ、まあ……おいおい必要でしてね」リチャードソンはそう言うと、大統領の手からキイを取り、部屋から出ていった。
*
〝死んだ〟地球の北半球に位置する細長い
その冬は、隣のユーラシア大陸から排出される温室効果ガスが急減した影響で、数年前のそれよりもはるかに低温となっており、東京都では一月上旬に最低気温マイナス二度を記録していた。
突如としておとずれた極寒のなか、厚手の服飾品やカイロ、電気ストーヴが飛ぶように売れたが、それも最初のうちだけだった。
世界的な資源不足は、特に日本において、燃料資源の枯渇による電力不足というかたちで表面化しはじめたのである。
大飯、長崎、札幌、佐渡の四原発は稼働していたものの、それだけでは日本全体の電力供給をおこなうには圧倒的に力不足であった。
電力不足による
毎年襲いくる災厄――インフルエンザ……だが、人類は「ワクチン」という手段で、その災厄を克服していた。そして今回も、その災厄はひとつの「恒例行事」としておわるはずだった。
だが、原発の発電量のほとんどをワクチン生産にまわしても、一億をかるく超す国民へ供給するだけのワクチンの生産は困難をきわめた。――そしてそれは、日本とくらべて原発の数が多い諸外国も例外ではなかった。
全世界の大病院はこぞってワクチンの在庫を買い占め、それができない地方の病院は、ワクチンを
数週間とたたないうちに、厚労省には各地から感染拡大の報告が入りはじめた。事態にブレーキをかけたい政府はワクチンの「うすめ打ち」に対し厳罰をもって臨むと声明をだしたが、ワクチンの〝闇打ち〟はいっこう衰える様子がなく、感染者の数はぞくぞくと増大していった。――そして、まもなく各地の病院で、注射針までもが不足しはじめ、地方では針の
──日本・私立T病院──
「はい、次……」石川県・私立T病院の診察室で、河瀬医師は注射針をエチルアルコールの
「こんばんは――よろしくお願いします、先生」子供連れの母親が、扉をあけてはいってきた。河瀬医師はかすかに震える手でぐずり出す子供の腕をつかみ、〝消毒済み〟の注射針を突きたてた。
「はい、おしまい……あまり揉まないでくださいね」
親子が診察室から出ていくと、河瀬医師は粗末な椅子に深々と腰かけなおした。――
――きっとウィルスは消毒されていたはずだ。ワクチンもすこしは効いたにちがいない。もし私が接種をしなければ、彼はインフルエンザで死んだかもしれないのだ……
彼はそう自分を説得すると、仮眠室によろめき入り、粗末な簡易寝台に倒れ伏した。
「石川県K市で集団感染」の文字が全国紙の片隅にひっそりと掲載されたのは、それから一週間後のことだった。
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