3・嚆矢

──ワシントン宇宙管制センター (WACC)──

『……以上、現場からの中継でした。次のニュースです――今月の未帰還宇宙船の報告件数がついに一五〇〇件をこえ、連邦宇宙捜査局 (SBI)が調査に乗りだしました。所属不明の宇宙船が地球周回軌道上の宇宙船を撃墜しているというデマも広がりつつあり、当局は根拠のないデマへの注意を呼び掛けています……』

レーダー・コンソールの横で、携帯テレビ受像機が早口でそうまくし立てているのを聞きながら、マーク・キャンベル宇宙管制官は山と積み上げられた〝事故機〟の報告書と格闘していた。書類を一山片付けてから、すこし休もうとコーヒー・サーバーに歩いていくと、同僚のピーター・ケインズに出くわした。

「ようマーク、随分と顔色がわるいな。鏡を見てみろ、今にも死にそうだぜ」

と、暇にあかして管制室を訪ねたその男は揶揄からかうように言う。

「ああそうともさ、だからコーヒーを飲みにきたんだ。カフェインが必要でな――ここ数ヶ月で急に事故機がふえ出したのはお前も知ってるだろうが……ここワシントン管制にも救難信号はごまんと届く。お前は――たしか会計だったかな……噂くらいは届いてるはずだ」マークは紙カップにコーヒーを注ぎながら答えた。

「うん、確かにきいている。この間なんぞ、エウロパ航空のボウイング971型機が天王星αアルファ-7宙域で大事故をおこしたそうじゃないか……」ピーターはアール・グレイを注ぎながら、軽い調子でいう。

「そうさ――彼らはもちろん、機体が操縦不能だとか、とかで救難信号を送ってくるんで、俺たちも仕方なく救援機を出す。で、救援機は事故機の生存者と一緒にブラック・ボックスやら制御コンピュータやらを持ち帰るわけだが、なぜだか毎回毎回だかをおこして墜落するんだ。おかげで事故理由もろくろく判らん」マークは目をすがめながらつづけた。

「しかし、そこら辺には軍用の偵察衛星がうようよいるだろう。なぜ事故理由も判らんのだ?」ピーターが怪訝そうに眉をひそめる。

「それはだなピーター……事故現場付近の衛星が、軍用・民間問わず、すべて消息不明になっているからさ――また中国やらネオナチやらが何か企んでやがるのかな……」マークは忌々しそうにそう言うと、手にもったコーヒーを飲み干し、別れの挨拶もせずに自分のデスクに戻った。――、救難信号が聞こえてくる……そこで、彼ははたと気づいて後ろをふり返り、帰ろうとしていたピーターにいった。

「おい……お前は明日、冥王星に出張の予定があったな――あれはキャンセルしろ。なぜだか嫌な予感がする」

「何だって?」ピーターはとんでもないという風にかぶりを振った。「俺の乗る便はゼネラル・シャトルズ225-991型機だぜ――おまけにスイート・クラスだ」

そういうと、マークが次に何かをいう前に、ピーターは高速エレベーターの扉を閉め、上階へ消えていった。


次の日、冥王星第七宇宙港行きのオリオン航空三五五四便――ハーマン・メルヴィルの著作から〝白鯨モビー・ディック〟と渾名あだなされたゼネラル・シャトルズ225―991型機の白い優美な巨体は、によって冥王星の渇いた大地に墜落した……



「ミスター・キャンベル? ミスター!起きてください!」

管制官の一人が、声を抑えながら呼びかけている。

「うむ……?どうした、何か用か?」

と、まだ勤務時間中にもかかわらず、居眠りをしていたらしい、ミスター・キャンベルとよばれた男――キャンベル・スミスが目をこすりながら答えた。

「それが……たったいま入ってきたニュースですがね――ゼネラル・シャトルズの225―991が、冥王星D―12区に墜落したようです」最近はいってきた若い管制官が興奮気味にこたえる。

「例の……〝白鯨モビー・ディック〟か。いったい何万ドルつぎ込んだんだ?――それより、乗客は無事か?」キャンベルは欠伸あくびを噛み殺しながらいた。

「ニュースにも中継がでていましたが――三〇億ドルを費やした機体はすでに粉微塵こなみじんです。生存者がいるとはとても……」

「ふん、また共産主義者コミーの奴らがやったんだろう――まったく……うちのお偉方は何だってあんな連中を野放しにしてやがるんだ?」彼はぶつくさ文句をいいながら、制御コンソールの赤いボタンを叩いた――管制塔から耳をつんざくようなサイレンが響き渡り、スピーカーから男の野太い声がこだまする。

『第四一六救難隊、出撃準備。目標宙域はHR577/RU244、磁方位マグネチック二四〇度。オリオン航空三五五四便を発見し生存者を救助、輸送艦に遺留品を積載し帰投せよ』

とここで、男は言葉を切って考え込み、追加指示を出した。

『なお、同救難隊の通信手段は無線のみとする。

そう言い終わったところで、彼は管制室の隅で微かな声で啜り泣く、一人の管制官に気がついた。

「彼は?」と、男は隣の管制官に訊いた。

「ああ、マークの奴ですか。同僚が彼の忠告をきかずに三五五四便に乗ってしまったそうで――速報を見てからずっとあんな調子ですよ。私としては、ただでさえ人手が足りないのでいい迷惑なのですがね……」

「まあ、彼の気持ちはわかる。俺も彼と同じ立場なら同じことをしたかもしれないしな」と、男は冷淡な若い同僚をやや軽蔑しつつ、同情をこめていった。

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