2・序章

──太陽系宇宙管区・火星γガンマ-13宙域──

「――!?」

ジョン・ヘインズ中尉が異変に気付いたのは、仮眠からめたときだった。口に酸素マスクをあてがわれていたのだ。辺りを見まわすと、周囲からエラー音や船員の怒号が聞こえてきた。


「システム再起動リブートを試せ!」

「姿勢制御エンジン動作停止!」

「バックアップはまだか!?」

「前方レーダー3号、ブラックアウト!」

「整備班は何をしているんだ!」


USS〈スペース・パイオニア号〉は最新鋭の宇宙巡洋艦だ。よほどの大規模攻撃にさらされたのでないかぎり、このような事態にはならないはずだが――そう考えた中尉が制御コンソールを見ると、船体の破損は見られないかわりに、生命維持装置の表示が〈DISABLED無効〉となっている。原因を示す欄には〈UNKNOWN SYSTEM ERROR〉。

しばらく啞然としていた中尉が少しでもシステム復旧作業に加勢するべく立ち上がると、すぐ横で低いビープ音がした。振り返ると、エア・ロックの気密状態表示が〈UNLOCK〉となるところだった。――生命維持装置が故障し、さらにエア・ロックから空気が漏れ出していては、この宇宙船の船員の命はもって十数分だ……酸素タンクの残量はすでに危険領域に入っているうえ、いま起きている船員は現状把握に手一杯で、救助を呼ぶことまでは手がまわっていないようだ。このまま誰も救援をよこしてくれなければ、我々はまず助かるまい――中尉は過呼吸にならないよう気をつけながら、無電機の前まで歩いていき、周波数を国際緊急周波数にあわせて通信を試みた。

メイデイMAYDAYメイデイMAYDAYメイデイMAYDAY!こちらSA972、USS〈スペース・パイオニア号〉!ワシントン管制センター (WACC)へ、WACC応答願います!」

『WACCよりSA972へ、感度良好』

五秒とたたずに管制官が応答したので、中尉は心中で安堵しつつ救援要請を返す。

「こちらSA972、至急救援機を出していただきたい。当艦はシステムエラーにより生命維持装置が停止、さらにエア・ロックの故障により残存している酸素も漏洩している」

『WACC了解、ただちに救援機を送る。貴艦の位置は?』そう問われ、中尉は戦術マップを見る。

「こちらSA972、本艦の現在位置は、国際協定座標TQ201/AR998だ」

『WACC了解。救援機はただいま出発、当該座標到達まで約七分』

中尉は反射的に酸素残量表示を見る――表示は〈3min.〉。中尉は酸素をセーブすることも忘れ、ほとんど叫ぶようにいった。

「こちらSA972、私の酸素ボンベ残量はあと三分しかない!救援機の速度を上げていただきたい!」

『こちらWACC、救援機は最高……中だ……その……待機……』

管制官の声にノイズが走ると、とたんに無線がブツッと音をたてて途切れた。

「WACC?WACC応答願います!こちらSA972――」

そこで、中尉は酸素残量が少ないことを思い出し、叫ぶのをやめて残量表示を見た……表示は〈05sec.〉。五秒間はまたたく間に過ぎ、中尉は化学合成の酸素がマスクへ排出されなくなるのを感じるや否や、恐怖で失神した。


〈スペース・パイオニア号〉の亡骸なきがらに救援機が到着したのは、船員全員が死亡した三分後のことだった。彼らはシステムに精密検査を行い、システムエラーの原因を突き止めるべく、当該機の中枢制御コンピュータをつんで帰路についた。だが、救援機はをおこして大気圏再突入に失敗し、燃えつきた……



──コロラド州・米国宇宙防衛司令部USSDC──

八月の蒸し暑い朝、米国宇宙防衛司令部 (USSDC)長官は、寝起きで眠い目をこすりながら青年将校の報告を聞いていた。――ここ数十年で、地球温暖化はますます加速し、ときには最高気温四五度を記録することもあったが、長官室のエア・コンディショナーは囂々ごうごうと音をたてて、摂氏二五度の風を長官の胡麻塩ごましお頭に吹きつけていた。

「本日早朝、第六八九戦闘航空団が哨戒飛行を実施し、フロリダ半島沖で民間宇宙船の残骸を発見しました。当該機はジェイムズ&ポーター商会所有の〈アルファ・ケンタウリ号〉と特定、墜落原因はによる意図せぬコース変更と思われます」将校は淡々と告げる。

「ご苦労。それくらいならさして珍しくもない。当該機の残骸は回収し、所有者には連絡を入れておけ」長官は乱れた髪を搔きながらこたえる――何だってこんな事件で俺が起こされなけりゃならんのだ?

青年将校が部屋を出ていくと、長官は大欠伸おおあくびをした――カレンダーはAUG・27を指している……今日は日曜日だ、もうしばらく寝たところで罰は当たるまい……

そう考えるなりベッドに横になり大いびきをかき始めた長官が、〈スペース・パイオニア号〉の事故をしらせるくだんの青年将校の大声で叩き起こされたのは、それから五分後のことだった。


RQ―21の漏洩から数週間がすぎるころには、事故宇宙船・衛星の数は指数関数的に増加しつつあり、その数が一日に千件をこすことも珍しい話ではなくなっていた。だが、その原因をコンピューター・ウィルスにもとめる声は、ほとんどおきなかった。

そして――開発元たるSERCのE―9課は、いま起きている現象がRQ―21の効果と吻合ふんごうしているのにもかかわらず、上層部への報告をためらった。――責任の追及をおそれたのである。

さよう、……その思考の根底には、人類という若木への淡い期待があった。

――我々が報告せずとも、きっと人類はRQ―21への対抗策をうみだせるはずだ。凶悪ウィルスのHawkeyeホークアイCastDieキャストダイをも駆逐しえた人類なのだから……

だが、RQ―21が〝乗務員の死亡〟を引きおこし、それによって被害報告自体があがりにくい――すなわち、ウィルスの解析をおこなうための〝サンプル〟が集まりづらいということに、E―9課はついに気づかなかった。

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