1・螻蟻潰堤
その日、世界各国の新聞の一面を飾った「全面核兵器廃絶条約調印!」の大見出しはしかし、既に多くの知識人から予測されていたものであった。
人類が積極的に宇宙空間へ進出し、「海外領土」ならぬ「
そして、いまや維持コストばかりが
そしてそれは、北米大陸全土をその
──ワシントンDC・ホワイトハウス 地下会議室──
「さて、今日皆様にお集まりいただきましたのは、先日締結されました〈全面核兵器廃絶条約〉にもとづく核兵器の廃棄と、それにともなう代替兵器の開発を協議するためであります……」
ホワイト・ハウスの地下二階をまるまる占領する大会議室で、大統領の右前に座る副大統領が言った。各方面の最高権力者がずらりと並ぶマホガニー製の長机に、レジュメと
「では、私からご説明いたしましょう……」副大統領から目くばせをうけた国防長官が言うと、全員の視線が彼に注がれた。
「現在、我が国の保有する最高の核兵器は、ミズーリ兵器
「広大な空間にたいする兵器としては、BC兵器――すなわち細菌兵器がもっとも効果的な手段となります。ですが、宇宙空間はご存じのとおり真空であり、BC兵器は『宇宙船=宇宙船』、あるいは『宇宙船=宇宙ステーション』の二経路のみ伝染できません。これはBC兵器が宇宙空間において有効な手段ではないことを示します。その点、電子兵器――有り体にいえば〝コンピュータ・ウィルス〟でしょうか――は、ネットワークを経由して伝染するため、〝伝染性〟という点でBC兵器にまさるのです」
「コンピュータ・ウィルス?」誰かが言った。「たしかにあの感染力は驚異的ではありますが……制御コンピュータを潰したところで――せいぜい、手動操縦に切りかえる必要が生じるだけではありませんか?」
「いいえ……」国防長官がこたえる。「宇宙船や宇宙ステーションには――
一同のあいだに奇妙な沈黙がながれる。――数秒後、大統領が口をひらいた。
「ふむ、では君は、代替兵器として電子兵器を推薦するのだね?もしそうなら――極秘に専門機関を創設してやってもいい。だが――我々への被害はどう回避する?」
国防長官は小さく溜息をつき、カップに残っている
大統領はしばらく
しかし、いまなお勢力を拡大しつつある仮想敵――中国のことを考えた瞬間、後者の考えはたちまち、彼の頭から吹き飛んだ。
「よし」彼は熱をおびた口調で言った。「国防長官、君の意見具申を受けいれよう。今夜、極秘に専門機関を設立する。君は――その長官を兼任したまえ」
国防長官が我が意を得たりと顔をほころばせる横から、今まで黙りこくっていた統参議長が口をはさんだ。
「大統領閣下、では現在保有している核兵器は――すべて廃棄されるのですか?」
「もちろんだ……条約にも署名したしな」大統領はそう言ったが、統参議長はすばやく反論をくわえた。
「閣下、どうかお待ちください。核兵器は
「しかし……」大統領は顔を曇らせた。「条約は締結されたのだぞ。我が国だけ条約を――」
「条約
統参議長の剣幕に
「わかった、統参議長……」大統領は滝のような冷汗をながしながら言った。「廃棄するのは余剰核兵器だけにしておこう」――彼は憲兵隊にこの失礼な男をつまみ出すよう命じることもできたのだが、統参議長派の議員が上院の七割を占めていることを思い出し、二の足をふんだのである。
「ふん」統参議長はまだ不満そうな顔をしていたが、しぶしぶ席にもどっていった。
この男さえいなければ……と、大統領はいつもおもうのだった。――情けない!米国大統領たるこの私が、一部下の態度すら
はたしてその夜、大統領は大統領令RY―五五七〇号をもって
──
極秘大統領令RY/F―五七七一号の発令から×ヵ月後、
「大佐、SERCのE―9課で研究させていたものが完成しました。といってもまだ
「ふむ、E―9というと……」
大佐はノート・パソコンのキイをいくつか叩き、極秘命令書の一枚を呼び出す。
「……RQ―21号か」
「おっしゃる通りです。コードネームは作戦名を引き継いで〈RQ―21〉……説明はUSBメモリにテキスト・ファイルとして格納してありますので、そちらをご覧ください。ただ、一つだけ注意点が――
「なぜだ?敵をたたくのは早い方がよかろう」ながいこと続けてきた国防関係の仕事は、大佐の頭に〝先手必勝〟の概念を染みつかせていた。
「それであってもです。RQ―21はあまりにも強力で、我々も
「よくわかった。ほかに報告は?」大佐はまだつまらなさそうな顔をしていたが、ようやく納得したようだった。
「そうですね……八分儀座
「ご苦労。
職員が部屋から出ていくと、大佐はノート・パソコンにUSBメモリを挿し込み、内部データを見ようとした――画面が明滅し、冷却ファンが猛然と回りだす。
「
大佐は忌々しそうに言うと、荒々しく職員呼び出しボタンを叩いた。――まったく、ちかごろの電子機器というものは壊れやすくてかなわん……私の家にはたしか――いやに頑丈な一九六〇年代の
そのころ、
数秒後、男の持っている端末の画面が点灯し、ハッキング先のノート・パソコンが表示している〈RQ―21〉と名付けられた機密ファイルが表示された。男は端末を操作し、そのファイルをどこかへ
RQ―21はさっそく開発者の想定通りに行動をはじめ、ものの数秒で衛星のコンピュータを掌握すると、周囲の衛星に自身の
地球の大気圏の上層部、ほとんど大気のない領域には
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