第4話 涼子を変えた大切なもの
「花見さん!」
涼子の後を追って、朝里が駆け寄ってきた。
「げ!」
声に振り返り、思わず口が反応した。
言い返しに来たのか…それとも現代に溢れている、気の狂った奴に、…朝里に“刺される”!?
涼子は恐怖すら覚えた。
「な!何よ!」
精いっぱいの見栄で強がる涼子。
「これ…大切だよね?さっきトラックが通って潰されちゃいそうになったから、拾っといたよ、はい」
「!…」
驚いたけれど、どう言えば良いのか、どうすれば良いのか、涼子は内心冷たくした方が良いだろう…と思ったけれど、このスマホは…いや、スマホの待ち受けはバスケ部の練習で成がダンクを初めて決めた瞬間を収めた、たった一枚しかないフォトだ。
〔やめて!あんたなんかに触れたら汚くなる!二度とあたしのものに触らないで!〕
と一瞬口に出してしまいそうになったけれど、スマホの待ち受けをこれにするまで、涼子は毎日毎日回廊からシャッターチャンスを狙って、やっと手にした写メだった。
涼子は、本当に本当に成の事が好きで、仕方なかった。
どう受け取ろう?冷たく?普通?心から?
自分でもどんな顔をしているのか、困ってる?怒ってる?笑ってる?
【ありがとう】って…言える?
右手を震わせて…そっと言葉なく、受け取ろうとした。
そのゆっくり近づいてくる涼子の右手に、朝里の方からさっと渡された。
「じゃあ」
そう言うと、朝里は体育倉庫の事も心から強く潰して粉々にした。
そして、いつも通り自宅へ帰ろうとした。
すると、
「朝里!ありがと―――!!!」
“嘘だ”そう思った。涼子がありがとうだなんて…、
恐る恐る振り返ると、涼子が左手を大きく振っていた。
びっくりはしたけれど、朝里は死ぬほど嬉しかった。
朝里も、両手で大きく涼子に手を振った。
成だけじゃない朝の挨拶を二人に出来る。
もしかしたら、栗や一花とも…。
そんな贅沢を考えるのはやめて、両手を上げて、弱気な自分にバイバイをした。
「また、明日ね―!花見さん!」
「ねぇ、涼子、朝里にお礼なんて言ってるの?」
「それ、スマホでしょ?そんなもんで…」
「見る?」
涼子は成は無愛想だし、女子とはほとんど話さないし、近づくなんて絶対出来ない。だから、この待ち受けは、宝物だった。
「これ…野口君じゃん!」
「さっき、タイヤの急ブレーキの音がした時、誰か横断歩道の真ん中にいたの見えて…あれ…ブス…朝里だった。これ、拾うために飛び出してくれたんだ…」
「でも、涼子、あんたあんなにブスって言ってたじゃん」
「そうだよ!」
「でもさ、栗、一花、朝里になんかされた事ある?うちらしたよね?それなのに友達でもない奴の為に命かけられる?」
涼子は、右手でスマホを握りしめて、朝里に今すぐ追いかけて“ごめん”が言いたくなった。
「朝里、明日、楽しみだな」
いきなり、後ろから成の声がした。
「へ?なんで野口君いるの?」
「イヤ、俺もこっちなんだけど」
「でもかぶった事ないよね?」
「だって朝里は帰宅部で、俺バスケ部だぜ?今日はあんなことあったから、一緒になっただけで」
「そっか。野口君こっちだったんだ」
成の制止でずっと落ち着くまで同じ高校の人がそこらへんにうじゃうじゃいても、そんな事気にせず、抱き締めてくれた事、そして、同じ日に敵対していたはずの涼子の“ありがとう”が朝里には希望でしかなかった。
明日、もし辛い事があっても、頑張れる気がした。
「んじゃ、俺こっちだから」
「うん。…野口君」
「あ?」
「…止めてくれてありがとう」
それは、ほぼ我を忘れ、見えない心の糸がプツンとキレて、何も見えなくなっていた。
「私、もう少しで最低なブスになってた。本当に、ありがとう」
「おう。明日、ちゃんと挨拶しろよ?」
「うん。無駄かも知れないけど花見さんにもしてみるね」
「あぁ、じゃあな」
明日、あんな事が起きるなんて知らないで…。
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