第2話 医院長の判断

 翌朝、当直明けでいつもなら眠くて家に直帰するところだったが、その時の自分には、医院長に知らせる重大な使命が有った!

 深呼吸をひとつしてから、医院長室をノックした。


「畑田君だね、当直明けか、ご苦労さん」


「医院長、申し訳ありません。PCR検査用の綿棒一箱、階段から落ちた時に、お尻の下敷きして、折れたりビニールを破いたりしてしまいました」


 その件に関しては、何かお咎めを受けても仕方が無い覚悟で、まずは正直に伝えておいた。


「なんと、一箱も!まあ、階段から落ちて、畑田君が無事だったのは何よりだ。看護師1人欠けるだけでも、当院にとって大きな痛手だからね。君の腰が砕けたわけじゃなかったのだから、綿棒の犠牲くらい、お安い代償だ」


 給料天引きされずに済みそう。

 私の身体を第一に心配してくれて、医院長は、がめつさも無く、意外に良い人だという事が分かった。

 綿棒ごときで始末書とか書かされたり、罰則を言い渡されてたりしていたら、あの件を話すのも躊躇われたけど、医院長がこの反応なら話しやすい。


「それでですね、綿棒そのまま捨てるのはもったいないと思ったんです。昔から言われている、あの噂ありますよね、陰謀論と言いますか、そのうちの1つのウイルス付き綿棒のデマを証明しようとして、折れた綿棒全て、検体処理液に漬けたんです」


 私が話を進めると、医院長の目はどんどん大きく見開かれた。


「なんと、それは、興味深いね。で、結果はどうだった?」


 その時までは、医院長も、無駄にした綿棒を使いデマを証明しようとした私の意気込みを買ってくれていた様子だった。


「信じられない事に、50本中、3本も陽性反応を示したんです!確かに、今までもおかしいと思っていたんです!無症状の感染者も多いとはいえ、明らかに健康な人が陽性になったかと思うと、よっぽど重病そうな人には、なぜか陰性判定が出ていて」


 私の言葉に耳を疑った医院長。


「そんな事が......」


  最初は、興味津々に聞いていたはずの医院長だったが、次第に険しい表情に変わって来ていた。


「まさか、デマだと思っていた事が、真実だったなんて、私も意外でした。医院長、どうしましょうか?」


 その事実を私が公表したところで、一看護師の言う事など誰も取り合ってくれないかも知れないから、医院長に一任しようとしていた。


「気付かないままいてくれたら良かったものを。当直の時に、困った事をしてくれたものだ。どうしようかね、君の処分は」


 えっ?


 医院長の口から、今、何を言われた?


 私の処分......って?


「こんな事に、君が、首を突っ込んだのがいけなかったんだ。速やかに、ゴミ箱に捨てていたら良かったものを。そもそも、君は、医療従事者だというのにワクチン未接種とは、長い物には巻かれろという感覚が欠如しているようだね。そういうわけだから、君には、精神的に重大な疾患が見付かって勤務を続けられなくなったという事にして、速やかに辞職してもらおうか」


 医院長の口から出て来た言葉に耳を疑った。

 私が、何、悪い事をした?

 ワクチンは任意接種だから、打つも打たないも自由なはず!


 綿棒を1箱、患者には使えなくなったとはいえ、捨てるのはもったいないと思って、無駄にせず役立てて、噂の真偽を確かめようとしただけなのに。

 それだけで、この代償は大き過ぎる!

 

「どうしてですか?私は真相を確かめようとしただけなんです!」


 病院の為に、デマの疑惑を晴らそうとして、私は、折れた綿棒で確かめただけだ。

 病院の為に......?

 どころか、どうやら明らかに、病院を陥れる結果を招いてしまっていた。


「その真相が明るみに晒されると困る人々が大勢いるのだよ。わしも、この病院と命が大事だからな。君も命が惜しかったら、この先、他言無用を貫き、綿棒の件は一切忘れたまえ!」

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