第60話 レイ、過去編①

「先輩ー、ご飯奢ってくださいよー」


「……」


「せーんーぱーいー」


「お前……働けよ」


「今日の仕事は終わりましたよ?私は後は先輩に奢ってもらって家でゆっくりするだけですから」


 とある製薬企業。

 俺はそこで研究者として働いていた。


「お前、今から飯食うの?」


「はい、悪いですか?」


「……今11時だぞ?」


「大丈夫です、私先輩と違って若くて基礎代謝高いですから。ですから先輩の分まで食べますね?」


 肩に僅かにかかる程の長さの金髪、下手すれば中学生に間違われそうなくらいの童顔。

 そんなふざけたことを言うのは上野うえのララ。


 俺よりも10歳程も年下、今年22歳になったばかりの新入社員だ。

 専属の教育係になったことで色々と面倒を見ている最中だった。

 アジア系のハーフらしく褐色の肌と青みがかった髪が特徴的。

 その見た目のせいか入社時に採用担当に色仕掛けをしたとか根も葉もない噂を流され孤立していたが、話してみれば少し生意気なだけだ。

 

「俺も普通に食うからな」


「やったー!先輩の奢りぃー!」


 小躍りしながら喜ぶ姿は可愛らしいが、小悪魔といえる。

 

 修士マスター博士ドクターで入社することが基本のこの会社で22歳で入るのはかなり珍しく、確かに天才といえるのだろうな。


 高等専門学校、いわゆる医療系高専から入った天才らしいが何故この会社なのかは教えてくれなかった。


 そして高専は男の世界らしく、そこの女子は小悪魔というか男慣れしているらしいとか。


「はぁ……何食いたいんだよ」


「牛タン!!」


 胃もたれするわ。




◇ ◇ ◇




「先輩いつもこれですよね」


「いいじゃん、スープカレー」


「いいんですけど、私お肉食べたいんです」


「チキンにポークとカマンベールまでトッピングしてんの忘れてんのか?」


「社会人として言葉遣いなってないですよね、先輩」


「上野以外には敬語だし、頭の辞書に遠慮の2文字が無いお前に言われても何とも思わない」


 馴れ馴れしいというか距離が近く、無意識のうちにタメ口になっていたのを今更変えるのも恥ずかしいしな。


「なら、一緒ですね」


「……何が?」


「そう言えば明日、先輩の誕生日ですよね?8月19日」


「何で知ってんだよ」


「同じ部署の皆さんは覚えてますよ?」


「いや、どうやって知ったかを……いいや」


「いつもお世話になっているので、欲しいものプレゼントしますよ?何がいいですか?


「P○5」


「馬鹿なんですか?」


「おいおい、値段知ってるそんなこと言ってるのか?」


「知りませんけど……そんな安いんですか?」


「11万」


「やっぱり馬鹿じゃないですか!というかもう買ってるんですけどね、プレゼント」


 ブラック過ぎて仕事を辞めようかなと思った所でそんなくだらない会話ができる相手が見つかったのは幸か不幸か。


 明日が少し楽しみだなと思った。


 ……そのプレゼントを貰うことは出来なかったが。


 

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