ガチャ運必須! 運が悪ければ死ぬ能力者バトル!

くろすけ。

バトルスタート、そして・・・・。


「さぁてぇー、さてさてさぁてー。それではぁ、今回の能力ガチャを始めまぁす」

 五階建ての白い建物、錆びついたサッカーゴール、バスケットゴール、高さ順に並んだ鉄棒、砂場、そこへ不気味に甲高い声が、波紋のように響いていく。

季節は五月になり、段々と夜でも暖かくなってきた筈なのに、冷たい風が古びた学校の校庭と自分の体を吹き抜けていった。

 「ではぁー始めにぃ、白鳥康太さぁん。ガチャをお回し下さぁい」

 顔はピエロの化粧、そして真っ白なスーツ姿のヒョロ長の男が人差し指をクルリと回すと、自分の目の前に立つタンクトップ姿のヤンキー風の男の前に、街中でよく見るガチャポンの機械が飛び出す。

 「・・・・」

 急に現れるガチャポンに全く驚いた表情を見せない、そのヤンキー白鳥は、左手で後頭部の髪をガリガリと掻きむしりながら、右手をハンドルに持っていき勢いよく回した。

 ————ガチャン。

 コロコロと、そこから出てきたプラスチック製のカプセルを手にすると、それを両手で開き、中に入っていた一枚の黒い紙を手に取り、目を通し始める。

 「・・・・ラッキー。勝ったわ、これ————」

 ヤンキー白鳥が、ボソッ呟きながら、こちらを見て小さく微笑む姿に、寒気が走る。

 「次ぃいにぃ、南野東弥くぅん。どうぞぉ」

 ピエロ男が、再び指を回すと、今度は自分の目の前に、ガシャポンが現れる。

 ————頼む・・・・頼む。

 祈りを込めながら、ゆっくりと右手をハンドルに持っていき、それを回す。

 ————ガチャン。

 コロコロと飛び出てきた、カプセルを手にして両手でゆっくりと開け、中の黒い紙に書かれた内容を読み取る。

 ————・・・・へ、はっ? いや、これって!

 そこに書かれた内容を見て、動揺している自分を他所に、ピエロはヒラヒラと後ろへと距離を取りながら、ゆっくりと右腕を掲げた。

 「二人の今回の能力も決まったぁ、という事でぇ————いきなりですがぁ、バトルぅうううう、開始ぃいいいいいいい————」

 右腕を前へ振り下ろしながら、絶叫するピエロの開始の合図を受け、ヤンキー白鳥は直ぐ右腕を上げ、手の平をコチラへと向けてくる。

 「燃えろぉお! クソガキがぁああ」

 叫ぶと同時にそこから、大量の炎が噴射されるのが見えた。

 「ヤベッ————」

 慌てて左へステップするが、右腕に少し掠めてしまい、直後熱さと痛さが自分の身を貫く。

 「あっち————つつッ」

 右腕の制服のジャケットが、チリチリと小さく燃えており、それを左手で払う。

 「おいおい、クソガキ! 避けるんじゃねぇよ! 面倒だからさっさと、くたばれよっ!」

 火炎放射器のように、ヤンキー白鳥の右腕から炎が出ているのを再確認して、東弥は一気に距離を取るために走り出す。

 「あんたの能力、手の平から炎を出す能力だな! 見たまんまだけど!」

 「はんっ、だったらどうだってんだぁ! おっらぁ!」

 「うわっ」

 叫ぶと同時に力が増したかのように、炎は渦になり真っ直ぐ自分に向かって飛んでくるのを、間一髪スライディングでかわす。

 ————クッソ。シンプルで単純・・・・あれ? 同じ意味か。と、とにかく、シンプルなだけにやり辛いなぁ!

 相手の攻撃を止める為に、地面に落ちていた手の平サイズの石をサッと拾い、思っ切り放り投げる。

 ————ヒュッ! ドガッ!

 「痛ッ! クッソ、このガキがぁ!」

 「?」

 石つぶてが見事にヤンキー白鳥の顔面に命中し、鼻血が出ている。

 その事に怒り叫びながら、今度は炎を鞭のような形状に変え、コチラに反撃してきた。

 「————?」

 ————コイツ、今何で避けなかったんだ?

 自分で言うのも何だが、距離もあるし簡単に避けられると思ったが・・・・。

 細い炎の鞭を避けながら、もう一度手短な石を掴み取り、相手に投げつけてみる。

 「くっ」

 ————ヒュッン。

 それに対して、今度はサイドステップで石を交わしてきたヤンキー白鳥。

 しかし、その瞬間、手の平から出ていた炎の鞭は綺麗さっぱり消滅した。

 ————なるほどな。

 その光景を目の当たりにして、一つの確信を得た東弥だったが、さてここからどうしたものかと悩んでしまう。

 なんと言っても、今回ガチャで引き当てた自分の能力は、とても強力だが発動するのに命を賭ける必要があるのだ————。

 チラリと横目に見てみると、ピエロ男はどこから取り出したのか、アイスクリームをペロペロと頬張っており、中々にシュールな状態だった。

 「————の野郎!」

 そんな事につい目を奪われてしまっていると、いきなり目の前に台風のような炎が迫ってきていた。

 「ぐッ!」

 慌てて回避行動に移ったが、気付くのが少し遅れたせいで、背中に炎が当たってしまった。

 「くっかぁ! 熱、痛ぇ」

 何かが焼けるような臭いが鼻の奥に広がる。

 このままでは、いずれ全身丸焦げにされて本当に死んでしまう。

 そんな最悪なシナリオを必死に振り払うように、頭を振ると、ゆっくりと立ち上がり相手を見つめる。

 「おらおら、痛ぇだろ? 泣きながらママでも呼んでみろよぉ。まぁ、そのママも殺すけどなぁ! ハハハッ!」

 「・・・・・・・・」

 同じ人間同士なのに、何故こんなにも卑劣な物の考えが出来るのだろう。

 この世界のせいなのか、それとも、この男の本性なのか本当に理解が出来ないし、したくもない。

 「・・・・ふぅ」

 別に南野東弥は、正義の味方でもアニメのヒーローでもない。けど、昔から本やテレビの中に登場する、そういう存在に憧れていたのは事実だった。

 「ふぅ・・・・ふぅ・・・・」

 自分の中のエンジンが回り始めた。コイツに必ず目に物見せてやると、スッとその場にしゃがみ地面に手を置くと、次の瞬間、東弥は一気に前に駆け出した。

 「ハンッ! 三度も同じ石攻撃が通用するかっ! なんだ? それとも、それがお前の能力の発動条件なのかぁ? あぁ?」

 そう言って右手を広げると、最初にしてきた火炎放射攻撃を繰り出してくる。

 ————おそらく、コイツの能力発動条件は、『その場から一歩も動かない事』だろうな・・・・だったら、なんとか俺の方の発動条件もこなせるか?

 炎をギリギリでかわしながら、ジリジリと距離を詰める、あと五メートル、四メートル、三、二————。

 もうヤンキー白鳥は、眼と鼻の先だ! と思い、その表情を見ると、口元に薄ら笑いを浮かべていた。

 「接近戦に持ち込めば勝てるとでも思ったかっ! 死ねぇええええええええ」

 「ちっ!」

 バッっと、東弥は右手を相手の顔面に向かって振り抜いた。

 「がっ! ぺっぺっ————砂だぁ? ざっけんなぁ!」

 先程地面から拝借した、砂を目眩しに思いっきり投げつけてやると、見事顔面にぶち当たりヤンキー白鳥は両目を閉じている————しかし。

 ————ドゴォオオオッ!

 「ぐっがあああああ!」

 怒り狂ったヤンキー白鳥の火炎放射が、左足にモロにぶち当たり、東弥はその場に倒れた。

 ジューっと、まるで肉を鉄板で焼いているような音が耳の奥に鳴り響き、痛さに声が自然と上がってしまう。

 そんな姿を見下ろしながら、ヤンキー白鳥は大笑いをしていた。

 「だっははははは! 終わりだなぁ? ガキが! なんだか知らねぇが能力も発動しねぇで、お陀仏たぁ、全くダッセェなぁあ」

 「・・・・ぐっう」

 ————ピラッ。

 文字通り腹を抱えて笑う、そのポケットから先程ガチャポンで引いた黒い紙が目の前に落ちてきた。

 【手の平から炎を発射する能力 *発動条件————その場から一歩も動かない事】

 ————やっぱりか。

 見たまんまの能力。読み通りの発動条件。・・・・今更、解答用紙を見せられた所で、この先の展開が変わる事は決してない————そう、決して。

 「さてと、終わりの時間だ。賞金は俺の物だなぁ」

 「・・・・そうだな、終わりだな」

 「おうおう、やっと諦めたか?」

 「終わりだよ————お前がな」

 「は? 何言っ————」

 相手が言い終える前に東弥は、右足だけで一気に、その場から離れるため必死にダイブをした。

 ————ドゴォオオオオオオオオオオオオオン!

 地面に倒れる瞬間、物凄い熱気と風圧が東弥の体を捉え、さらに前方に体が投げ出される。

 「ぐっはッ! あっつ! 痛ッ」

 最初にいた所から五メートル程飛ばされた地面に倒れ込むと、体中に激しい痛みが走る。

 ガクガクと震える両腕で何とか身を起こすと、東弥はゆっくりと振り返った。

 「・・・・エゲツな」

 モクモクと立ち込める煙の中、真っ黒な塊がそこには転がっていた。

 あまり直視したくないが、それはかつてヤンキー白鳥だったモノだと理解はしている。

 「こんな爆発起こすって、ある意味最強だし、当たりの能力だったな・・・・」

 制服のポケットから先程引いた、ガチャの黒い紙を取り出して、改めて内容に目を通した。

 【相手の衣服を大爆発させる能力 *発動条件————相手が能力を使用した際に半径一メートル以内にいる事】

 引いた時は、流石にこんな危険な発動条件、こなせるわけがないと絶望したが、何とかなって良かった。

 東弥は安堵しながら、その場に仰向けに倒れる。

 「・・・・」

 ・・・・また・・・・殺した。

 焼け焦げた死体の臭いを感じて、思わず目を閉じながら東弥は息を吐く。

 正義の味方。

 ヒーロー。

 英雄、勇者・・・・。

 そんな存在に憧れていると言っても、現実はこれだ。

 自分の命惜しさに、他人の命を奪う・・・・。

 仕方がないと、割り切ってしまえれば楽なのだろうが。

 「・・・・くそ」

 小さく漏れたやるせ無い気持ちが、夜の星空に静かに溶けていく。

 「おっめでとぉございまぁす。南野東弥くん」

 先程まで呑気にアイスクリームを食べていたピエロ男が、いつの間にかコチラを覗き込むように横に立っていた。

 「おぉう。左足が丸焦げぇ、背中も丸焦げぇえ、痛そうですねぇ。でもご安心くださぁい! すぐ様治してあげましょうねぇ! そぉらっ」

 オーバーリアクション気味に、左右に跳ね回っていたピエロ男が指を振ると、東弥の体は光に包まれて傷口がどんどん治癒していった。

 「はぁい、痛いの痛いのぉ————どこかへ飛んでいったぁ!」

 「・・・・」

 耳障りな、その声を無視して立ち上がり制服についていた土や埃を払う。

 そんな様子を黙って見ていたピエロ男は、こちらに一枚の紙を手渡してくる。

 「これはぁ、今回のバトルの賞金でぇす。どうぞお受け取りぃを・・・・」

 チラリと書かれた額を確認すると、一千万円だと分かった。

 人間一人を殺めて一千万円を手にする————この世界に来て、こんなバトルに参加するようになってからは毎度の事だが、何とも複雑な気分だ。

 「それではぁ、ワタクシはこの辺りで失礼致しますねぇ。ネクストバトォルでお会いしましょお、バーイ!」

 ヒュンッと、両手を大きく振っていたピエロ男は、目の前から一瞬で消える。

 「・・・・」

 先程までの激しい戦闘音が嘘のように消え去り、今は夜の静寂が校庭を包んでいる。

 チラリと横目で、ヤンキー白鳥が立っていた場所を見てみると、そこにはやはり丸焦げになったナニかがあるだけだ。

 「————くっはぁ」

 東弥は、再び制服が汚れる事も構わずに、その場に寝転び夜空を見上げる。

 「・・・・疲れた」

 体というより心の声が、口から思わず漏れてしまった感じだった。

 一ヶ月前、高校三年生だった南野東弥は、大学受験に失敗してしまい途方に暮れていた。

 絶対に受かると励ましてくれていた親や教師には「何をやっていたんだ!」と叱られ、友達には馬鹿にされ、しまいには一緒に同じ大学を受けた彼女が合格し、東弥だけが落ちた事実を知るや否や彼女から「別れよう」と切り出される始末。

 まるで・・・・地獄だ。と茫然自失で東弥は、ある日夜の街をフラフラと歩き回っていた時に、横断歩道で信号無視の車に撥ねられて、しまいには死亡してしまった。

 あぁ、でもこれで、この地獄から解放されるのだなと安堵した。

 しかし、そのまま天国か地獄にでも送り込まれるかと思いきや、次の瞬間には、何故か見慣れたビルやマンション、家々、公園や学校が立ち並んだ、東京の街に立っていた。

 『・・・・あれ? 生きてる?』

 轢かれたのは、自分の妄想か夢かと疑いながら、家まで帰ろうとしたが、何故か自分の家が建っていた場所は雑草が生える空き地になっており、隣近所に住んでいた住人は、もれなく全員初めて見る顔ばかりになっていた。

 一体どういう事かと困惑していた所に、先程バトルの進行をしていたピエロ男が突如現れ、こう言ってきた。

 『あなたぁは、異世界転生をしたぁんですよぉ。南野東弥くぅん』

 『い、異世界・・・・転生?』

 その単語は、アニメや漫画で目にした事がある————ただ異世界って、もっとファンタジー色が強い、魔法だとかモンスターなんかがいる世界のはずじゃ・・・・。

 『————ここも、れっきとした異世界ですよぉ。ケモ耳娘や、エルフなんかはぁ、いませんけどぉねぇ』

 東弥の疑問を察したかのように、赤い唇を開くピエロ男の説明を聞いた所。

 ここは東弥がいた世界と殆ど似た世界で、地名なども違いはないそうだ。東京、大阪、北海道やアメリカ、イギリス、中国などなど、世界地図で勉強した通りの位置に存在している。

 しかし、大きく違うのは、この世界で暮らす人々は10歳を超えると、あるバトルに強制参加させられるという事————それが、《能力ガチャバトル》だ。

 ルールは、簡単。

 一対一のタイマンで、お互いバトル開始直前に様々な能力が入ったガチャを引き、その時に引き当てた一つの能力を駆使して戦う。

 勝負の勝利条件は、相手を殺す事。

 勝者は相手のレベルに応じて、賞金を獲得出来る————。

 『————ねぇ、簡単でしょぉ? 猿でも分かるでしょぉお?』

 ピエロ男は、笑顔で頷いていた。

 漫画やアニメの話じゃない、現実。

 異世界ファンタジーで、ハーレムや仲間達と魔王討伐、可愛いヒロインとの恋なんて・・・・一瞬、夢を見た自分は馬鹿だ。

 ここは————さらなる地獄だった。

 『さぁさぁ、どうしますかぁ? 南野東弥くぅうん————』

 選択肢は無かった。

 この世界では身寄りも金も、住む家も無い自分が生きていくためには、東弥はバトルに参加する他なかったのだ・・・・。

 「————ちょっと、何寝転がって惚けているのよ」

 「うわっ」

 ボーっと夜空を見上げていたら、いきなり顔が現れたのでビックリして飛び起きてしまう。

 「んだよ、翔子か」

 「なんだ・・・・とは失礼な物言いね。舐めてるの?」

 「いや、舐めてはいませんが・・・・」

 綺麗な黒髪を揺らし、長めの前髪から覗く切長の瞳、真っ赤な唇、細身でモデルの様な体型をセーラー服で着飾っている彼女は、この世界で出会った篠宮翔子だ。

 初めてのバトルを無我夢中で勝利した所で、偶然近くにいた彼女が東弥にいきなり声を掛けてきて、何だ? と困惑していると、彼女はまるで先生かのような口調で、『弟を見ている様で、何だか心配なのよ。何、あの戦い方、あんなんじゃ、直ぐに死ぬわよ』と注意を促してきた。

 何が何だか、よく分からない状況だったが、彼女が美人なのもあって、大人しく話をしてみると、実は彼女も自分と同じ境遇で、異世界転生仲間だという事が分かった。

 それから、何となく一緒に行動する事になり、今に至るというわけだ。

 「まったく、学校の校庭で寝転んでるなんて、ゴミなの?」

 「・・・・違います」

 異世界転生の物語で言う、可愛いヒロインの登場なのだろうが、見た目は完璧だが中身が冷たくて怖すぎるので、何となく未だに苦手意識があったりする。

 ただ、彼女の色々なアドバイスで、自分がここまで勝ち続けられたのも事実なので、心の中で感謝はしていた。

 「・・・・でも、無事に生き残れて良かったわね」

 ほら、意外に優しい。

 「ま、私ならもっと余裕で勝てたでしょうけど」

 ・・・・一言余計なせいで、中々好きにはなれませんが。

 「————ってか、お前も今までバトルだったんだろ? まぁ勝ったから、ここにいるんだろうけどさ」

 翔子も、東弥と同時刻に近くの雑居ビルでバトルを行っていたのは知っていた。

 「・・・・」

 「・・・・? どうした?」

 東弥の問い掛けに、急に顔色を悪くして俯いてしまう。

 「最悪だったわ」

 「?」

 「----十歳の・・・・バトルが、今日初日の男の子が、対戦相手だった」

 「・・・・」

 「しかも、私の能力が————」

 そう言いながら手渡してきた、彼女が今回の能力ガチャで引き当てた黒い紙をゆっくりと開くと。

 【自分の体から雷を発生させる能力 *発動条件————目を瞑り、耳を塞いでいる間】

 「・・・・これは」

 「これに対して、相手の子が引いたのが【両手をハリセンに変える能力】よ————笑えるでしょ」

 「翔子」

 その事実を聞き、改めて、この世界の理不尽さが胸に堪える。

 子供だろうが、老人だろうが、強制的に決められた相手なら誰でもバトルで殺さなければならない、しかも自分の身を守る唯一の助け舟である能力が完全に運で決まる・・・・分かってはいるが。

 「・・・・大丈夫か?」

 「・・・・大丈夫よ。やるしか・・・・・・・・ないもの」

 言葉とは裏腹に、彼女の心情が嫌でも伝わってくる。

 ザザッと、夜風で校庭の隅に生えていた木の枝が揺れていた。若干肌寒さを感じた東弥は、その場から立ち上がり、翔子に帰ろうと口にしようとした、その瞬間————。

 「またまたぁ、グッドォイブゥニィイイング! バトルのお時間ですよぉおお!」

 「!」

 「は?」

 東弥と翔子の前に、少し前に消えたピエロ男がいきなり現れ、その場で小躍りを始めた。

 しかも、いきなりバトルをするとは————。

 「ちょ、ちょっと待てよ! バトルって、俺今やったばかりだぞ!」

 今までバトルは、週に一回のペースで行われていた。何か勘違いしているのだと強気に食ってかかると、ピエロ男は異様に長い人差し指を顔の前で二、三回振りながら、小さく口を開いた。

 「バトルのタイミングは、こちらで決めさせていただぁいてまぁす。南野東弥君は、たまたま一週間に一回のペースでぇ、今まではバトォルだっただけですよぉ、ぎゃふふふふふふふふふ」

 「!」

 心の内の声が、まるで聞こえているかのような解答の速さに、驚きよりも不気味さが勝った。

 ————あれ・・・・コイツ・・・・バトルって言ったけど。

 「お、おい」

 冷や汗が止まらなかった。

 最悪なシナリオが頭から離れない。

 嫌だ、絶対に————。

 「バトルって、相手は・・・・誰だよ」

 震える手を必死に抑えつけながら、何とか発した言葉に対して、ニコニコした笑みを浮かべたピエロ男が答える。

 「ふふふふふふふふふ、分かってるぅくせにぃ・・・・目の前にいるじゃないですかぁ・・・・それはそれは、美しい姫君がぁ」

 東弥が横目で見ると、篠宮翔子は八の字に眉を下げ、小さく溜息を一つ吐いている。

 「しょ、翔子」

 「・・・・」

 何かを諦めてしまった————そう、東弥は感じた。

 「なぁんてぇ、悲しい事でしょお。およおよおよおよぉ、突然の異世界転生でぇ出会った唯一の彼女————あ、まだぁ彼女じゃないかぁ。唯一のぉ、友達ぃだねぇ」

 ふざけた泣き声に、はらわたが煮えくり返りそうになるが、だけど今は————。

 「・・・・別の相手に・・・・・・・・変えられないか?」

 「ブッブー、ダメですよぉ。それは認められませぇん」

 「くっ」

 分かっていた。そんな願いが通じない事は、この理不尽な世界には、希望なんか無いって。

 「東弥」

 「!」

 初めて彼女の口から名前を呼ばれた————いつもは「あなた」とか「ねぇ」とかでしか呼ばないくせに。

 こんな時にだけ————。

 「仕方ないのよ・・・・」

 「でも!」

 「いつかは、こうなる事なんて分かっていた・・・・バトルを続けていれば、いつかはこうなる事なんて・・・・」

 「・・・・」

 何の返事も返せない東弥に、小さく微笑んだ翔子は、その場で振り向き歩き出した。

 「私達が来たこの世界は・・・・地獄・・・・なんだから。誰も救ってはくれない、ただの闇が広がっているだけ————」

 「し、翔子」

 数メートル離れ、コチラへ振り返った彼女の瞳からは沢山の涙が溢れ、頬を伝って地面へと落ちていった。

 誰か、助けてくれ! そう叫びたいのに何の言葉も出ない。

 そんな二人を他所に、ピエロ男は人差し指をクルリと回し、東弥の前にガチャポンを出現させる。

 ————結局、どこの世界へ行っても・・・・・・・・地獄だ。

 「さぁてぇー、さてさてさぁてー。それではぁ、今回の能力ガチャを始めまぁす」

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ガチャ運必須! 運が悪ければ死ぬ能力者バトル! くろすけ。 @kurosuke3

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