第2話 正体
「特別ってよくない?」
休日を終えてまた長い一週間がやってきた。美里は今日は講義終わりに写真を撮りに行くとかで寝坊もせずに大学にやってきた。いつも以上におしゃれをしていて、しかしその細く儚い真っ白な首から真っ黒の一眼レフがぶら下がっているのはアクティブにも見えてギャップを感じた。
「付き合う前も付き合った直後もさ、男友達の存在にかなり悩んだじゃん私って」
私は美里のミテクレをまじまじと見ながらそう言った。
「え、そうなの?」
「あ、いってなかったか。男も女も友達に変わりなくてみんな好きでみんなそれぞれ特別って思ってたんだよね。彼氏持ちは普通に女友達と遊んでもなんでもないのに、男友達と遊ぶのはあんまいいことではないじゃん」
「……そうね」
「私からしたら、みんな同じ友達の枠だからその区別をする必要がわからなくて。同性愛とかだったらどっちとも遊んじゃだめかもしれないじゃん?」
「……んー、そんなこともないんじゃないかな」
美里がテンポを遅らせて返答する。
「そう? どっちもいけるって人は大変そう」
「そんなこともないよ」
美里がまるで当事者のように否定した。
「私がそれなので」
お互いが息をのんだ、と思う。
決して侮辱したわけでも差別したわけでもなかった。それでも気まずさがあった。恐らく沈黙が一番よくない、そう思った私は「そうなんだ」と棒読みの声を出した。
とてつもなく居心地が悪かった。
「あ、じゃあ前にいってた後輩は?」
途端に頭を過ぎったのは、美里のあの初恋の話だった。
「女の子だよ」
心なしか、美里の声も少し張りが失われていた。私がどう反応するのか怖いのだろうか。怖がらなくていい、それなのに正しい反応を見つけられず情けなく思う。
「そうだったんだ。……恋人が誰でも友達関係とか面倒くささとか、大して変わらないんだね」
それは本音だった。
「そうだね。そうかもしれないね」
こう考えると恋愛はどこまでも面倒な気がした。それとも実際はもっと簡単なものなのだろうか。
「それで、特別はいいもの?」
話を戻したのは美里だった。
「あ、そうそう。彼氏ってねやっぱ特別の中の更に特別枠にいるんだよね。彼氏もそうで、だから恋人同士ってすごいわ! って話」
美里は若干引き気味だったけど、ちゃんと聞いてくれていた。つい最近彼氏のことで相談したばかりで、この急なてのひら返しには自分でも驚く。それだけ私が単純なのだろう。それでもいいと思っていた。
「せっちゃんが幸せなら、いいと思うよ」
美里はそういった。
美里の告白には正直そこまで驚かなかったというのが本音だった。思い返せばこれまでもそう思うエピソードは確かにあったように思う。隠そうとはしなくても、それでも敢えて言ってこなかったのだろう。その言葉を纏うものがあった。重かった。美里の過去に言及するつもりはさらさらないが、苦労もあったのではないだろうか、そんな風に勝手に悲劇を想像した。
会いたいの一言から、彼とはうまくいっていた。その後は相変わらずの対応だったけど、会いたいの一言がその後の彼からの言葉の受け止め方を変えた。愛されているのだと思うことで彼からのメッセージに勝手に愛を感じていた。美里の言うように彼に対して不満は残る。それでもたった一言で不満を覆い隠して、見えなくする。でもそれも暫くしたら不安は色濃くなってゆく。本当に好きなの? という美里の声が脳裏に響く。
「やっぱり、別れたら?」
不安になって不満が募って別れを考える時期が定期的にやってくる。その度に美里に吐き出していた。初めて別れを提案された以前から定期的にこんな話を繰り返ししては、数日後には順調だと報告していた。
「聞いてる限り不満の方が多いように思うよ。せっちゃんも本当に好き? 好きな所挙げてみて」
私は溜息を吐いて黙り込んだ。
「出てこない?」
「そんなことはないけど、でも分からなくなってきたかな。昨日気づいたんだよね。私彼の好きな所なくなったのかもって。でもね会うと嬉しくなってドキドキするし好きだなってなる!」
「うん、会えばそうなるのは当たり前だと思う」
「なんで? 好きじゃなかったら会っても好きにはならないよね?」
私は必死だった。対して美里は冷静を保って客観的に私を見ていた。
「会って不満が消えて好きってなるのは、当たり前な事だと思うな。いい関係とか恋愛って会ってない時間も幸せなことなんじゃない? 会ってる時だけ幸せなんて、違う」
それは、恋愛相談をしていて初めて美里がはっきりと否定した瞬間だった。普段から人の意見を端から否定しようとしない美里が放った言葉に、私は重みを感じざるを得なかった。
美里と別れた直後も、電車の中でも、家についても、いつまでも美里の言葉が反芻して全身を巡った。壊れないように気付かないようにそっと仕舞っていたソレが、震えだしていて、姿を現してしまっていた。
それでも尚頭を横に振りたかった。彼との連絡を見返す。
好きだよ、大好きだ。
好きに理屈なんて必要ない、好きに理由なんて要らないよ。ただ好きでいいのに。
例え彼が特別枠にいたとしても、きっとそれは最も愛してくれるであろう特別な人の枠であった。愛してくれたら私は幸せだ。順調な時は私が愛されている時、だから幸せだと思えた。一過性のものでよかったのだ。私は彼を好きだけど、愛されるために見返りを求める“好き”なのかもしれない。彼が真剣に愛してくれるならば、私だって好きだと言える。そうであればいいのに。
結局、高校の頃の例の友達への感情と変わらないのかもしれない。
愛されたいが故の愛、それが私の彼への恋心の正体だった。
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