姉妹校交流会編

第11話「俺と教育係の姉妹校交流会 その①」

 あれからあっという間の一ヶ月だった。

 アイツからは紳士の本場ですから、しっかりと所作の見直しをいたしますよ。なんて言われて容赦なく扱かれた。

 しかし昨日はアイツから合格サインを貰い、見本のような所作ができるようにまでなったので、まあ良しとしよう。


 それにしても、アイツ姉妹校交流会が近づくに連れ俺でもわかるぐらいにはめんどくさそうに顔を顰めてたな。

 あそこまで変わるから、そんなに姉妹校交流会が嫌なのかって聞いたら「いえ、そういうわけではないのですが……少し面倒なやつがいるのですよ」と言っていた。

 アイツがここまで濁して何も言わないのは珍しく、そしてここまで感情を表に出すのも珍しいので、俺はそのことが引っかかった。


 そんなこんなで一ヶ月は過ぎ(その間、俺はアイツの好みは一切聞けてない)、今日は姉妹校交流会準備日だ。

 英国までには時差が存在するので、今日飛行機に乗り込んで英国に向かう。


 飛行機は6時の便で、場所は成田空港。

 現地での集合だったこともあり、俺とアイツは初めて車で一緒に行くこととなった。

 隣で座るアイツの顔は相変わらずの微笑みだったが、眉間に少しだけしわがある。

 もう顔でわかる。本当は行きたくないのだと。


「お前、本当に英国で何があったんだよ?」


「……いえ、本当に坊ちゃまには関係ないのですが……」


 モゴモゴというアイツだが、関係ないっていう言葉に俺はカチンと来る。


「あっそ、ならもう良い」


「?坊ちゃま?」


 急に顔を背けて窓の外を見る俺を変に思ったのか、アイツは怪訝な顔をしてそっちを見ない俺に顔を覗き込ませる。

 関係ないってなんだよ。たしかにそうかも知れねぇけどさ。でもその言い方はないだろうが、心配……じゃなくて!アイツの弱み聞き出そうとしてるだけだ!べ、別に心配しているわけじゃない!


「坊ちゃま?」


 しかし顔を背けて何も言わなくなった俺の態度はあからさますぎてアイツはかなり不審に思ったらしく、先からずっと俺の頬を突いたり肩を叩いたりして鬱陶しい。


「坊ちゃま〜?」


「……」


「何をそんなにすねているのです?悠がなにかいたしましたか?」


「……」


「飴ちゃんありますよ?お腹でも空いちゃいましたか?」


 ほーらほら。今日の飴ちゃんはパイナップル味ですよー。

 耳元でチラチラと飴の袋を持って振る女。毎度のことだがコイツは俺を園児だと思っているのではないか?

 こうなったら意地でも無視してやる。


「ほう、飴でも無理ですか……小難しい時期だ」


 飴でも無理なんですよ?お前知らないと思うが俺15の男なんだぞ。機嫌がそれで治るわけ無いだろうが。

 しかしずっと無視し続ける俺が面白いのか、何を思っているのか知らないが耳をつねったり頬を引っ張ったりし始める阿呆。

 俺一応お前の主なんだが、そこんとこコイツは理解しているのか。してるだろうな。してる上でのコレだもんなクソッタレ。


「一体何に拗ねているのです?言ってくれなきゃわかりませんよ」


「……」


「もしかして……さっき関係ないって言ったことが関係してますか?」


 いきなり正解を当てたアイツ。

 ピクッと俺の体が反応して、アイツの手が離れていった。


「はぁ……本当に関係ないのですがねぇ。仕方ない坊ちゃまだ」


「……どうせ部外者なんだろ、俺は」


 ならほっとけよ。

 子供じみた癇癪。こんなの俺でもめんどくさいと思うが、何故かこいつ相手だと止められない。

 本当はアイツの言うとおりだし、めんどくさいのも確かだ。

 いや、ほんと俺って何してんだろうな……泣きそう。


 沈黙が長く、アイツの呼吸音と俺の心臓の音しか聞こえない。

 その沈黙の時間、俺の自己嫌悪が溜まっていればアイツはおもむろに口を開いた。


「……英国にいる学園長が、一体誰だか坊ちゃまはご存知ですか?」


「いきなり何いってんだ?」


 何の脈略のない話に、思わず俺が振り返ればアイツはいつもと変わらないほほ笑みを浮かべて俺を見ていた。


「ウィリアム・セント・メヴィウィール。メヴィウィール家現当主であり、英国私立共学園カレリックの学園長でもあります。そして……過去、私が生徒会選挙で対抗した男でもあります」


「な、なるほど……」


 しかしそれがコイツのさっきまでの行きたくなさそうな顔となにか関係があるのか?


「そうですねぇ……まあぶっちゃけて言えば、私あの男が嫌いなんです。正直、あの男を負かしたいだけのために会長になったと言ってもいいです」


「そこまでか。というかお前最低だな」


「それほどでも」


 全く褒めてない。

 なるほど、確かにコレは俺関係ないわ。しかも半ば黒歴史じみているからそりゃいいたくないわな。すまん。


「すまん無理に聞いて」


「良いのですよ、元はと言えば坊ちゃまを拗ねさせた私の責任もありますから」


 そう笑って俺の頭を軽く撫でたアイツは再び前を向いた。

 完全な子供扱い。初めてアイツに触れられたけどそんなのは気にならないほどの見事な子供扱いだった。

 たしかにさっきのは完全に子供ぽかったけれども!!


 初めてアイツのことを教えてくれたのと同時に、さっきの態度で好意ではなく好感を上げてしまった自分を呪う気持ちで俺は頭を抱えた。

 唸る俺を、運転手の哀れな目がこっちを見ていたのを俺は知りながら。


 ****


「おっはよーれんれん」


 そう空港についた俺に声をかけてきたのは、いつものアホ面引っさげた明人だった。

 語尾にハートが付きそうな機嫌で挨拶する明人を、俺は車のドアを開けたアイツを通り過ぎて明人の腹ぶん殴る。


「グフォッ!?」


「おやまぁ……」


 腹をぶん殴られた明人はその場で地面に倒れ伏し、アイツはのんきな声を上げてこっちの様子を観察していた。


「な、なんで……」


「れんれんって呼ぶなって俺は何度も言ったような?その頭には何が詰まってんだ?」


 アイツがいる前で言うなんてこのクソ明人。蒲焼にするぞ。


「えっ、でも昨日は別に……って、あ、そういうことか……」


 明人はアイツの姿を見つけて顔を青くさせる。

 その顔は言葉で言うなら「しまった」の顔だ。しまったじゃねぇ。

 しかし今更俺が隠したところで遅く、あいつはスニーキングでも習得してんのかといいたいほど音もなく俺に近寄っていた。


「坊ちゃま。ご友人にそのようなことをしてはなりませんよ。大丈夫でしょうか、佐々木様」


「え、あ、ハイ……あれ俺の名前なんで」


「すでに坊ちゃまとのご遊学の方々の名前を記憶済みです。先日は挨拶もなしに申し訳ありません。私、坊ちゃまの教育係の神宮寺悠と申します」


 倒れる明人を起こしハンカチを渡したアイツは、たって汚れを叩く明人に自己紹介をする。

 明人も明人でアイツに頭を下げて挨拶するが、その顔はひどく引き攣っていた。

 わかるわかるぞ、アイツ怖いもんな。しかもお前に関しては噂知ってるもんな。


「それにしても、坊ちゃまはご友人様には「れんれん」と呼ばれているのですね」


「!」


 しまった。一番知られたくないやつに知られた。

 さっきの腹パンで見逃してもらったかと思っていたのに、耳聡い奴め!!


「な、何のことだ?」


「お隠しになるのですのなら深くはお聞きしませんが……早く行かないと遅刻してしまいますよ?」


 ニコニコと笑って腕時計を指で弾くアイツは、俺達に向かって笑いかける。

 アイツの言葉にスマホで確認すれば、確かに集合時刻の三分前だった。


 はぁ!?なんでこんな時間……明人のせいか!!


「おい行くぞ明人!お前のせいだこの阿呆!」


「人のせいにしてはいけませんって習ったでしょ!?って、待ってぇ!!」


 慌ただしく荷物を持って走る俺と明人。

 その後ろで、アイツは余裕そうに歩いて後を追っていたのだった。

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