第12話「俺と教育係の姉妹校交流会 その②」

 何故だ、どうしてこうなった。

 何度思い直しても、何度考えても、この神童と呼ばれるほどの俺の頭脳ですらその答えにたどり着かない。


「坊ちゃま、どうなされたのです?いつも以上に顔色が悪いですよ」


 そういつも余計な一言しか言わない女の声がから聞こえる。

 隣、隣だ。俺は今、学校行事である姉妹校交流会のため英国行きの飛行機に乗っているのだ。だと言うのに隣だ。

 これはある意味公的なものであり、別にプライベートのものじゃない。

 簡単に例えるなら、学校行事に親が隣りに座っているようなものだ。

 字面から察してもらえば、その異常さに気づくだろう。


「坊ちゃま?本当に具合が悪そうですね。大丈夫ですか?」


 たった今大丈夫じゃない。頭痛が痛いとはこういう事を言うのだろうか。

 痛みに痛みが上乗せされたような頭の痛みに、俺は片手で顔を隠す。

 なんでコイツはそう平然としてんだよ……っ!どう考えてもおかしいだろうが!


 後ろから感じる好奇心の視線を俺は感じながら、本当に具合が悪いとでも思っているらしいアイツは、そんな視線など無視して俺の背を擦って水を渡してくる。


 イヤ、ホント……どうしてこうなった……っ!


 ****


 少し前、飛行機に乗る前に戻る。


「おー、改めて見たけどやっぱ美人だな。神宮寺悠って」


 そうのんきな声を出して担任と学園長と話すアイツを見ているのは南だ。

 学園長は40過ぎたおっさんで、ソレらしく上品なスーツと整ったヒゲに引き締まった体の所謂イケオジで、アイツと並んでも遜色はない。

 むしろ似合っているかも……と考えている俺の方をチラチラと俺の方を見てニヤついている南。なにが言いたい。


「何だ」


「いや?たしかにあんな美人なオトナな女って言うタイプじゃ、さすがの皇帝様でも手を焼くだろうなって思ってな」


「ほっとけ」


 余計なお世話だ。そんな俺でも分かっているつーのコンチクショー。

 まだこっちをニヤついて見る南から顔を背け、アイツの方を見れば何やら険しい顔をして担任……どちらかと言うと学園長と話し込んでいる。

 どうしたんだ、アイツ。


 じっとアイツの険しくなっている顔を見ていれば、後ろから明るく朝から元気な声が聞こえた。


「れんれん、ミッミー!それにアッキーも!おはようございます!」


「おはよう菜々っち!ねぇ聞いてよー、またれんれんに殴られたのー」


 すっごく痛かったー。とこっちをジットリと見ながら言ったのは、さっきまでトイレに行っていた明人だ。

 お腹をわざとらしく擦って同情を誘うさまは明人だからか、胡散臭いという言葉しか出てこない。

 しかしここは花畑菜々。普通に心配した。


「え!?そうだったんですか?大丈夫です?」


「クスンクスン……れんれんが大事な親友に乱暴なことするんだー。どうしてこんな子に育っちゃったのかしら?お母さんはそんなこの育てた覚えはありませんわよ」


 シクシクと隣か聞こえる声。誰がお前の子だ。

 うざったい明人とお花畑を無視し、俺はアイツを見る。

 すでに一ヶ月一緒に過ごしている俺ならわかる。あの顔は、面倒くせぇことの巻き込まれたわっていう顔だ。

 しかしなにを言っているのかまではわからない。

 ……そういや、アイツから読唇術習ったな。試しでやってみるか?


 俺はじっとアイツの口の動きと学園長の動きを見る。

 えっと……あの口の動きは……S、か?


『――それで、どうしてそんなことになったのです。たしかちけっとでは、べつのせきしていだったはずですよ』


『もうしわけない。しかしどうしても、あなたがいてほしいのです』


『おことわりします。がくせいは、がくせいどうしのほうがいいのです。それをわれわれおとなのかってなつごうできめるなど……』


『しかし、あなたはこのがくえんのそつぎょうせいだ。せいとたちだって、あなたのことをよくしっているはずですし、べつにもんだいはありません。それに、せいとたちもあなたとおはなししたいとおもっていますよ』


 ほらっと、学園長が顎で俺とは別方向の所を指せば、確かにそこにいたのはキラキラとした目でアイツを見る女子生徒の姿が。

 学園長との話が終わるのを今か今かと待っている姿は、学園長の言う通りだ。

 アイツもソレを見て黙り込み、その後ため息を付いたように見える。


『……わかりました。そちらのじょうけんをのみましょう』


 お、学園長が勝った。アイツが折れるなんて珍しいな。

 女が頭をゆっくりと振って諦めた様子に、学園長は嬉しそうな顔をして頷く。


『ありがとうございます』


『しかし、こちらにもじょうけんがあります』


 しかし、アイツはそんな簡単に負けるような女じゃなかった。

 アイツは学園長に条件があると言った瞬間、俺の方をちらりと見て笑っている。


 嫌な予感がする。ていうか見てたのバレた。

 顔が引きつるのを感じながら俺はアイツを凝視する。


『じょうけん、ですか?』


『はい、それは――』


 そして、冒頭に戻る。

 アイツが学園長に出した条件、ソレは俺の隣にアイツが座るということだ。

 本来、アイツの席は俺らの前なのでそう変わりないが、隣は担任らしくそれなら坊ちゃまと座っても平気だろ?と言う圧を浴びせて明人は見事担任の隣に移動した。

 その時の明人との顔は笑いものだったが、アイツが来るっていうことであの女どものニヤッとした視線と、周りからくる羨望の眼差しで俺の肌が焼けそうだ。


「坊ちゃま、申し訳ありません」


 アイツは申し訳無さそうに眉を下げ、離陸した飛行機の中で頭を下げた。


「イヤ、良い。俺も見てたし」


「ええ、読唇術を上手く扱えているようで良かったです。そのうちもっとなめらかに読み取る事が出来ますよ」


 そこまで気づかれていたか、どんな目を持ってんだよ。

 たしかにあの話は俺の予想を交えているから理解するのに時間はかかる。

 でもそんな事遠くから見ていた少し見てただけでそこまでわかるものか?

 しかしソレを問い詰めてもアイツは微笑むばかりでなにも答えない。

 俺は思う、アイツ実はエスパーなんじゃねーかって。


「それにしても、具合が良くなったようで安心しました。坊ちゃまは飛行機にはよく乗られていると思いましたが乗り物には弱いんですか?」


 全部お前のせいだが?とは言わない俺は優しい。

 こいつの言う通り、俺は結構乗り物に乗るので三半規管は結構強い。

 それにさっきのは具合が悪くなったわけじゃなく、この状況について来てないだけだ。むしろお前のほうが頭抱えろよ。なに普通にしてんだ。


「いやいや、じょ……神宮寺さん。コイツちょっと混乱しているだけなのですぐ戻ってきますよ」


 俺の疲れた顔を見てなにを思ったのか、前にいた明人がこっちを振り返ってコイツにそう伝える。一瞬女王って言いかけたな?


「そうでしたか。お教えくださりありがとうございます佐々木様。女王と言いかけたことは忘れるとしましょう」


「あへぇ……バレてた」


 ニッコリと笑って礼を言うが、抜け目のないアイツに明人は顔を引き攣らせて顔半分を隠す。

 ザマァと思わなくもないが、アイツは地獄耳の天災だ。哀れとしか言いようがない。

 しかし明人を合図に、更に俺の周りはうるさくなる。特に後ろにいる女連中が。


「あ、あの!おね……神宮寺様!社交界で有名な貴女様とお話できて感激です!」


「おや、私も宮坂家のご令嬢とお話ができて嬉しいですよ。宮坂家ご当主様とは面識がありまして、よくお嬢様のお話を耳にしますがお噂に違わぬ可愛らしいお嬢様です。確か、坊ちゃまと同じグループでありましたよね?坊ちゃまをよろしくおねがいします」


「か、可愛いだなんて……はい!坊ちゃまはお任せください!」


 ちょっと待て、誰がお前の坊ちゃまだ。

 そしてコイツは息を吐くように俺のクラスメイトをナンパするように言うんじゃない。俺には顔だけとかしか言わないくせに!


 フンフンと鼻息を荒くさせて目を輝かせる菜々は、本当にコイツのどこが良いのかと疑いたくなる。

 確かに顔はいいし、頭良くて勉強はわかりやすいが……性格がこれだぞ?一体これのどこが良いと言うんだ。


「初めまして、神宮寺様。私、藤原南と言います。お話できて光栄です」


 キャーッと嬉しそうにはしゃぐ菜々を尻目に、南が考えの読めない顔で微笑みながらアイツに話しかけ始める。


「いえいえ、こちらもまさか藤原財務長官のご令嬢とこんな形ですがお話できること、光栄に思います。藤原様のお父君にはよく世話になりましたが、お元気にしておられますか?」


「はい、父も元気にされています。しかしまさか貴方様も英国に行かれるとは……驚きですよ」


「個人的な事情です。ですが、皆様には迷惑和おかけしないことお誓いいたしましょう。ソレは私からしても不本意ですから」


「そうでしたか、ソレは失礼しました」


 にっこり、にっこり。

 なんだか硬い空気に俺と明人の顔が引きつる。ちなみに菜々はキャッキャっと騒いでこっちに気づかない。このお花畑!

 流石は政治家の娘、裏の顔を簡単に見せないが、ソレよりもなんでアイツは政治家と面識あるんだよ。お前ただの教育係だろうが。


 そうしてニッコと笑い合うアイツと南だが、俺の袖を誰かが引っ張る。

 引っ張られた方向にいるのは南で、必然的にこの手は南なんだろうなと俺は気づくが、この状況で俺を巻き込むつもりか?


 南をちらっと見るが、南は相変わらずアイツと無駄な世間話をしている。

 一体何なんだと思って前を向こうとすれば、裾の中になにか紙のようなものを入れられた。


 南……この状況でどうやって書いたんだ?

 紙はノートの切れ端のようなもので、そこには荒れた字で短くこう書いてあった。


『コイツは手強い』


 マジそれな。

 俺はソレ以外になんて言えばいいか分からなかった。

 南の顔は、若干引き攣っているようにも見えた。マジどんまい。

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