第10話「俺と女子の結束」

 頭抱えていつもの弁当を出す俺。

 今日のメニューはオムライスのようだ。

 一緒についてきたスープはオニオンスープらしく、それも取り出して蓋を取れば湯気が立つ。

 食欲のたつ匂いに腹の虫が鳴いた。


「おぉー、相変わらず美味しそうだなそれー」


「そうだな……ってあげんぞ」


 じっと俺の弁当を覗き込む明人の額を弾き、手を合わせる。

 アダっとか、ケチっとか隣から聞こえるが無視だ無視。


「それがれんれんのが作った弁当か。うまそうだな?」


 サンドイッチを頬張りながら南は吊り上がっている目をニヤッと変化させて小指を立てる。

 その小指と俺を交互に見る不躾な黄色い視線が二つ。


「や、やっぱり……!」


 キャッキャとはしゃぐ菜々と南。

 南みたいな女がこういうのに興味あるのは面白いが、そのネタとなっている俺は全くもって面白くない。

 ていうか違うって言ってんだろ!


「いや待つんだ菜々っち、ミッミー。まだれんれんの未満なんだよ。あっち年上だし、すげー美人だから口説いても躱されて遊ばれちゃって全く相手にされてないから」


 帝王が聞いて笑えるよね〜。

 プークスクスと口元隠しながら、何の意味も持たない耳打ちをする明人。

 二人はその言葉にあーねなんて顔をして残念なものを見る目をしてきた。


「お前ら全員頭出せ」


 手始めに近くにいる明人。まずはお前からだ。


「待って待って!暴力反対!全部ホントのことじゃん!」


「三角絞め」


「あ”ーー!ものすごくいい感じに入ってるー!言い過ぎましたごめんなさい!!」


 胴に足を絡んで暴れる明人の体を抑え、腕と肩に力を込める。

 ガッチリと入った三角絞めはそう簡単には外せない。コレはアイツから教わった。首がもげるかと思った。


「年上で、美人で、遊ばれる……もしかしてそれって、神宮寺悠のことか?」


 そうして惜しくないやつを絞め落とせば、何かを考え込むようにしていた南がそうアイツの名前を出した。


「え!あの社交界の姐さんって呼ばれている人!?」


 社交界の姐さんって何だよ。あいつどんだけ二つ名出てくるんだ。

 しかし不味い、バレた。寄りにもよって社交界のなんとやらと少しにている南と、脳内お花畑の菜々に。


 クッソこの無能明人が。余計な情報コイツラに与えやがって。

 俺ははしゃぐ女二人を無視して落ちている明人を蹴った。その衝撃でアイツは飛び起きたが、窓枠の出っ張りにぶつかって頭を抑え込んで転がっている。ザマァ。


「俺は心底お前と出会ったことを恨んだことはないよ。友達を労れよ。唯一の!友達を!」


「誰が唯一の友達だ。お前なんぞ下僕だ」


「ヒデェ!!」


「それで、その行動は正解と取って良いのか?確か神宮寺悠って今はれんれんの教育係だったな」


「…………」


 これは、なんと答えようか。

 勘違いはしないで欲しい。俺は決してはぐらかす言葉が思いつかないのではなく、ここでこいつらを巻き込むべきか否かと算段を立てているのだ。

 こいつらはこんなのでも女。女のことを聞くには女に聞いたほうが良い。餅は餅屋だ。

 それに南と菜々は俺に惚れているわけでもないし、パイプ狙いってわけでもない。

 変な入れ知恵に関しては俺自身でどうにかできる。


 今俺がしなければならない、重大過ぎる問題を女目線でも聞きたい。

 デメリットは相談する度にからかわれたりする可能性がある。明人ではないから殴れないし。


 しかし、あの女の無様な姿を拝見できるならそれぐらいの泥水啜ってやる!

 ククク、クハハ、ハーッハッハッハッハーー!!


「ねぇねぇミッミー」


 俺が心のなかで高らかに笑っている間。

 菜々と南が耳打ちをしながらこっちからは聞こえないように話す。


「言いたいことはわかるぞ菜々。ウチもちょうど思っていたところだ」


「ミッミーも?やっぱりかぁ……――お姉様絶対れんれんの考えていることお見通しなんじゃ」


「シッ、だとしても完全に止めてないっていうことはワンチャンあるかもしれないんだ。ここはウチ達も手伝って見守ってやるぞ」


 短い間だったが、俺の預かり知らぬところで女子二人の結束が強まっていた。

 その後、俺の相談相手を快く受けた南と菜々の姿があったとか。


 ちなみにその間明人はほっとかれていじけていた。

 面倒くせぇな。


 ****


「お帰りなさいませ坊ちゃま。今日も一日お疲れさまです」


「あ、ああただいま」


 今日もいつものように玄関先に居たアイツは、俺の持っていたカバンを受け取って前を歩く。

 今日は髪もたれてなくいつも通りきっちり固めている。

 そんなアイツの後ろ姿と俺よりも少し低い頭を見ながら、今日あったことと相談内容を思い出していた。


 **


「なるほど、その想い人とやらのことを何も知らないから知りたいと」


 だから想い人じゃないって何度言えば……もういいや。

 俺は否定する気力もなくただ南の言葉にうなずく。


 俺はアイツに関して殆ど知らない。

 年齢と過去の一部と噂、それ程度だ。

 アイツが何が好きで、どんなことをいつもしているのかとか何も知らない。

 だから俺は知りたかった。そしたらもっと俺のほうが有利になるんじゃないかと。


「うーん、そうですね……まだ一週間しか関わってないのならそこまで知ることは難しいかもしれません」


 菜々がそう申し訳無さそうに言っていたが、コレは俺も思っていたことだ。

 あの女は俺のことを殆ど聞かない。無理に聞こうとかしないのは良いところだが、ここまで聞かないのはむしろ不気味だ。興味ないだけだったらムカつく。


 そうして俺が悩んでいれば、ベンチからにゅっと出てきたイモム……明人がジトッとした目で俺を見てきた。


「なら本人に聞けば?そううじうじしてるだけだと一生進まないよ?」


「そうですね。本人に聞けば早いですし、それに自分に興味持ってくれていることで更に好感度が上がるかもしれませんよ」


「特に好きなものをプレゼントとかな。お菓子とか花なら相手に気を使わせなくていいだろ」


 なるほど、確かに良いなそれ。

 しかしそれの発端が明人っていうのは少しモヤッとするが、コレでアイツから興味をもたせることもできる。

 人は教えたがりなんですよ。と言ってその心理をうまく使う方法を教えてきたアイツは自分で墓穴をほったのだ。

 愉快愉快。


「まーたスリップしてるよ。この間にオムライス食べちゃお」


「怒られてもウチらは知らんぞ」


「その時は逃げる〜。……え、何このオムライスめちゃくちゃウッマ!」


 トロトロとした甘めの卵焼きに、辛めのチキンライスが合っている!

 そんな声が俺の下から聞こえて見れば、弁当に入っているオムライスが少し、いやかなり減っていた。


「ほう?良かったな。それで明人、最後の言葉は何だ」


「ヒョッ!?ごめんなさい!!」


 明人はガゼボの傍で何故か気絶していた。犯人は闇の中である。


 **


 思い出される明人のアホ面は置いといて、コイツに直接聞くか。

 ……今思うけどそれってかな難易度高くないか?

 さっきまではことも何気な事のように思っていたのに、いざやるとなるとメチャクチャ緊張してきた。

 どうやって好きなものとか聞けば良いんだよ!


 そんな俺の緊張など露知らず。

 アイツは静かに俺の部屋に向かって前を歩いていた。

 多分この後は俺の部屋でお茶を入れて、自分の部屋で夕食後の勉強の準備でもするのだろう。

 聞くなら今か?それとも勉強中か?


「あ、おい」


「そう言えば坊ちゃまは」


 俺とアイツの声が被って振り返ったアイツと俺の体が固まる。


「なにか?」


「いや……お前の方こそどうした?」


「ああ、いえ。一ヶ月後の姉妹校交流会のことで少し。話が長くなるでしょうからまずは坊ちゃまの部屋に行きましょうか」


「そ、そうか」


 ああ、くっそ!タイミングがズレた!

 でもまさかアイツから話題を振ってくるなんて、珍しいな。

 大抵は俺が何かしら言って……本当に俺って遊ばれているな。


 珍しいと思う反面、タイミングがズレた残念さ反面という気持ちで微妙な気分になる。

 しかしそうへそを曲げていても部屋は物理的にいつもと同じように歩いていれば着き、アイツは俺の部屋の扉を開いた。


 部屋の中に入って椅子に座れば、あいつは紅茶を淹れ始める。

 すでに準備されていたのか、淹れる水の良い音と共に紅茶の香りが立つ。

 クッキーと一緒に出された紅茶を置いて、アイツは俺の前の椅子に座った。


「それで、話ってなんだ?」


「いえ、本当に些細なことなのですが、今年の姉妹校交流会は英国なのですよね?」


「そうだが、それが?」


 俺が肯定すれば、アイツは難しそうな顔をして俯く。


「……そうでしたか。英国に」


 アイツはなにか考えた後、懐にしまっていた封筒を一つ俺の前に出した。

 怪訝な顔をしている俺に開けるよう指示されて出せば、それは飛行機のチケットだった。それも、英国行きの。


「なん、で、こんなものが」


 まさか……


「一つ言っておくなら、けして坊ちゃまを追いかけるために取ったものではないですよ。仕事です」


 そうか、ビビった。

 しかし仕事で英国ってどういうことだ?


「それを言う前に一つ。コレを渡してきたのは、坊ちゃまの通う学園の理事長です」


 それを言ったアイツは疲れたようにため息を付いた。

 理事長がわざわざ英国行きのチケットをコイツに渡してきた。それも日付は俺達の姉妹校交流会の日だ。

 ……なるほど。


「つまり卒業生の先輩スタッフとして、交流会に出ろと言うわけか」


「その通りです。一応、主である坊ちゃまには伝えておこうかと思いまして」


 一応じゃないけど、俺は完璧にお前の主だ。

 だがそうか、つまり英国でもアイツは俺と一緒に行くってことか。


 ……交流会。少しだけ楽しみだな。


 疲れた顔をしたアイツの横で、俺は少しだけほくそ笑んだのだった。

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