第9話「俺と初の行事と呼び名」

 あの後何かあったのかがわからないが、異常にさわかな顔で笑っていたアイツからいつものような嫌味とともに読唇術を学ばされた。

 その時に口パクで嫌味を吐かれたが、何故か俺の心は軽くなった。


 取り敢えず、今回はちゃんと謝れたし仲も前のように戻った?から良しとしよう。

 しかし問題を見つけてしまった。いや、俺は実はMだったかもしれないとかそういうのじゃなくもないが、問題を見つけたのだ。


 その問題はかなり深刻であり、俺一人ではどうしようもない。

 これは誰かの手も必要だ。


「という訳で一緒に考えてくれるな明人」


「ねぇ、それ今じゃなきゃ駄目なの?」


 ザワザワと騒がしい教室。と俺達の周り。

 黒板の前には、一年生初の大イベントである三泊四日の姉妹校交流会について書かれていた。場所は英国。

 高校一年生初っ端からある意味の旅行。しかも海外ということもあり、クラス内は浮ついた雰囲気だ。


 この学園は一年生から二年生の間でかなりの数の行事がある。

 その中でも姉妹校交流会は年に二回あり、年度始めと終りに一年と二年が交互にその国に行くこととなっている。今回は一年生である俺らが英国に行くらしい。

 姉妹校である『私立共学園カレリック』は、この学園同じく英国トップの高校であり、偏差値もそう大差はない。


 そして表向きは交流だが、この2校仲は普通に悪いらしいく、交流という名の壮絶なマウント取り大会だ。

 特に生徒会同士の対立は凄まじく、それはもう肉体言語まで出てくるほどだとか。

 どこが紳士淑女で慎ましやかなんだろうか、アイツではないが甚だ疑問だ。

 当然俺は家の事情でよく英国には行くので、海外旅行など今更なんとも思わないけどな。


 でだ、そんな俺達は当然グループを作ることになった。

 もちろん最初はみんな男女別のグループになるだろうと思っていた。

 そう、いたのだ。数秒前までは。


「あ、今年からグループは男女混合の四名になったから」


 あの無能担任が余計なことを言ったせいで、クラス内の空気が一瞬にして変わった。一瞬で静まり返る教室内。あれほど騒がしかったはずなのに……


 そして今の状況になる。


「蓮寺様!私達と組みませんか!?」


「いえ、その子達よりもワタクシと!」


「邪魔よこのブス!蓮寺様に引っ付かないで!!」


「はぁ〜?貴女どこに目がついているのかしら?ワタクシより貴女のほうが醜い醜女よ!」


「なんですって!?」


「何よ!?」


 胸ぐら掴みそうな女子たち。

 あれ程ギラついた目で争う女を俺は見たことがない。普段はあれほどお淑やかなのに。


 火の吹きそうなレベルで口汚く罵り合うその光景に、俺の外面フェイスが崩れそうになったのは仕方ないと思う。

 明人はなんとかそれを仲介していくが、明人ファンの女もひっついてきて三十分経ってもこの調子だ。どうすんだこれ。


 俺と明人は完全に静観の姿勢に入った。このハイエナたちは誰にも止められない。


「いや、本当に早くしないと不味いんじゃない?RHRも後もう少しで終わっちゃうよ」


 そう言ってチラリと疲れた顔で教室にかけてある時計を見る明人。

 確かに後もう少しで終わる。このまま放課後まで持ち越すのは嫌だ。

 それにチラチラと男の早くしろよっていう目が痛い。どうにかできるならすでにやってるわ。

 俺はため息を付いて視線を教室中に泳がす。


 騒がしく騒ぐ女どもと、呆れた目でこっちを見ている男。

 そして……お。


 見つけたそれに俺は狙いを定めて椅子から立ち上がる。

 椅子は思ったよりも音を立てて視線を集めたが、それ全てを無視して俺はそれにまっすぐと歩いていく。


「――グループは決まってないなら、俺達と組まない?」


「……っへ?」


「は?」


 目の前でどうしようかと話していた焦げ茶の髪がボブになっていて、少し意思の弱そうに垂れた眉の子と、赤毛を後ろで一つにした制服を着崩したキツめの印象な子が、俺を見上げる。


 次に聞こえたのは、さっきまで騒いでいた女の叫び声だった。


 ****


「ごめんね~、蓮寺がいきなり」


「い、いえ!私達もまだ決まってなかったので……」


「まあ、驚いたけどウチらも決まってねぇから構わねぇよ」


 先程俺が声をかけた女子二人。そして明人ともにあの時同様ガゼボにて昼食を取っていた。

 焦げ茶ボブの気の弱そうな方は宮坂菜々。大企業の幹部の娘だ。

 そしてぶっきらぼうで少しサバサバとしたほうは藤原南。有名政治家の娘。


 ほんと明人といい、南ってやつと言い、どうしてそう外面よくないといけないやつはこうなんだ。反抗期か?


「それを蓮寺にだけは言われたくないよね。拗れに拗れた暗黒大魔王のくせに」


「なるほど、どうやら明人はそんなに自分の名前を捨てたいようだな?」


 そう言って向こう脛を思いっきりければ、パンの入った袋を地面に落として明人は悶絶する。

 誰が暗黒大魔王だ。それに拗れてねぇよ。


 そんな俺達のやり取りが意外だったのか、女二人がこっちを見ていた。

 特に南とかいう女がなにか感心したように目を見開いてパックのりんごジュースを開けていた。


「ほー、あの帝王でもそんなコトするんだな」


「まて、誰が帝王だ。どこからそんな名前が出てきた」


「結構有名だけどね。あの柴田家の王子が高校生になってから急に貫禄で始めて、爽やか王子じゃなくてもはや帝王になったって」


 高校生になり始めてって、あの女が俺を指導し始めたことになにか関係あるな。

 と言うかむしろ関係しか無いな。

 頭の中にあの女のニヤッとした顔が出てきてすぐに打ち消す。出てくるな。


「あ、あの蓮寺……様?」


 舌打ちが出そうになっている俺におずおずと手を上げて声をかけてきたのは、菜々という焦げ茶ボブだ。

 菜々は俺に様付けして呼んだが、語尾も上がっている。まあ、別に様付けで呼ばれる必要もない。


「様はいい。普通に呼べ」


「あ、じゃあれんれん!」


「「ブハッ!!」」


「なんでそうなる!?」


 距離の縮め方がおかしいだろうが!誰がれんれんだ!!

 そんでそこのお前らも腹抱えて笑ってんじゃねぇ!!


「あれ?可愛くなかったですか?」


「いやっ……奈々ちゃん……めちゃくちゃ可愛いからそれでいこっか……っ」


「そうだな菜々……それがいいっ」


 首を傾げて可愛いか可愛くないかで聞いてきた菜々に、阿呆明人と南がOKを出す。

 本人の許可ねぇのに勝手に出してんじゃねぇよ。俺は絶対に嫌だ。


「俺は嫌だ」


「なんでだよれんれん!せっかく菜々っちが付けてくれたのに何が不満なんだよ!」


 誰がれんれんだ。それとお前は何時からそんな呼び方になっていた。

 そしてその呼び方全てが不満だ。次呼んだらお前の体の中身からにするぞ。


「そうだぞれんれん。せっかく菜々が付けてくれたんだ。もっと喜べエセ紳士」


 だから誰がエセ紳士だ。

 この二人、いい意味でも悪い意味でも息ぴったりだ。いや悪い意味でしか無いな。


「俺は明人ね〜、アッキーって呼んで」


「はい!よろしくおねがいしますアッキー!私のことはさっきので大丈夫ですよ!」


「よろしくなアッキー。ウチは奈々からはミッミーて呼ばれてる」


 えー、ミッミーって可愛いね!とキャッキャする明人。

 何故か和やかな雰囲気になっているが、俺はその空気についていけない。


「なんでお前らそう馴染んでんだ……」


「れんれんはお硬いんだよ!もっと調和性を大事にしなきゃ」


 コイツ後でしばこう。

 横でヘラヘラする明人にどう殴ってやろうかと想像しながら、さっき明人の行った調和性に俺はアイツの授業を思い出した。


『――まず、坊ちゃまには調和性のかけらもないので少しは身につけましょう。良いですか?確かに上に立つものに調和性はいりませんし、そんなものは無用の長物だと言われています。しかし調和性がなければ相手に共感することも、ましてやそこまでお硬い人に付いていきたいとは誰も思いません。調和性は、人間関係を構築するのに最も重要なのですよ。』


 たしかあれは、三回目のときだったな。

 あの失礼で一言の多い授業だったが、こういう場で確かに役に立つものだと思う。

 あの時のアイツは、確かに嫌な笑みをしていたがほんのちょっとだけ優しく笑っていたな……――


「っっ〜〜!!!」


 俺はつい思い出したアイツの笑みを消すように体を折り曲げる。

 忘れろ今すぐに!アイツあんな顔でも魔王だぞ!女王だぞ!!


「え、え?れんれんどうしたの?」


「ああ、気にしないで菜々っち。コレ最近のれんれんの発作だから」


 慣れたような明人は、そのままお昼のパンの袋を開ける。

 今日の菓子パンはアンパンだ。


「ほーん、れんれんは案外面白いところがあるんだな」


「そうなの〜。しかも結構ひねくれてるし回りくどいっていうか、結構無自覚だしって」


「お前殺す」


 素早く明人の首を後ろからシメ、俺はシンプルな殺害予告をする。

 ギブギブと叫んで腕を叩く明人を無視して、俺は更に締め付けた。


 そんな、傍から見ても馬鹿なことをしている俺らを南はじっと見て笑う。


「なるほど、今のれんれんを変えたのはその無自覚に思う相手なのか?」


「え!?ミッミーそれって!」


 ニヤニヤと笑う南の言葉を、顔を赤くして食いついた菜々はキャーッと小さく黄色い悲鳴を上げながらこちらをチラチラと見ている。

 言葉の意味がわかった俺は二人を睨みあげて叫んだ。


「そんな訳ねーだろうが!この恋愛脳共が!!」


 本当にこのグループで大丈夫なのか。

 今更ながら不安になってきた俺だった。

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