第6話「俺と友人と相談」

「アイツはどうやったら落ちるんだ。というか人の心はあるのか?」


 俺は教室について早々机に突っ伏して愚痴をこぼす。

 この学園は一学年でクラス数が6クラス。三年までだとして合計18クラスある。

 クラス分けは学力差によって変わりAからEの5クラスと、Aよりも上のSクラスが存在する。当然、おれはSクラスだ。

 一昔、というより7年前までは学力差でのクラスわけではなく家柄によって決まっていた。

 しかし今では完全実力主義である。あの女一体全体マジで何をした。


 そんな学園のSクラスの教室で、俺は勉強のことではなくあの女のことを考え頭を抱えた。

 この一週間本当に手応えなんてなかった。びっくりするほど。

 正直、女なんて声をかければすぐに転がったし、生意気な女でも甘い言葉で落とせば簡単に赤面した。

 俺はもう全ての手を使ったと言っても過言ではない。

 しかしなぜだ!なぜ落ちん!アイツ実は人工知能とかで動いているアンドロイドじゃないだろうなぁ!?


 このままでは三ヶ月経った後、俺はアイツの言った『紳士育成プログラム』という巫山戯たものをマジで受けさせられる。

 敗北というものが現実を帯び始めたなと泣きそうになった。


 最近ですら段々と毒されている気がするんだからマジで不味い。

 俺は俺自身でアイツを負かさないと、俺はアイツに否定されたままだ。それは俺のプライドが許さない。

 でもアイツ鼻で笑うばかりだしな。


「どうしたものか……」


「どうしたん蓮寺?朝から陰気臭いよ」


「……なんだお前か」


 上が少し暗くなり見上げれば、そこには軽薄そうな顔と出で立ちの明人がいた。

 ヘラヘラとした顔は別にそういうわけでもなくこいつのデフォルメの顔だ。

 ちなみにコイツもSクラスだ。世も末である。

 俺はそんな明人を見てまた机に伏した。


「何だってなんだよー。相変わらずだなぁ蓮寺は」


「今お前にかまっている余裕ねぇんだよ。俺は今あの女を」


 と、言い過ぎた。別にコイツには関係ないんだった。


「え、あの女って、まさか女王様のことか?」


「……別にお前には――」


 俺は明人を見て言葉を止める。

 そういやコイツ、俺以上に経験のあるやつだって聞いたな。

 なら不本意だが聞いてみるっていうのも良いかもしれん。

 もう俺には猫ならぬ阿呆の手も借りたいぐらいだ。

 なんとしても、あの女に勝ちたい。


 明人は不自然に言葉をとめ考え込んだ俺に首を傾げる。


「え、何どうしたの?……も、もしかして……告白ぅ?」


 ウロウロと狼狽えて周囲を見た明人は、ハッとかを色をほんのり赤くさせて指を指した。

 は?何いってんだコイツ。


「んな訳あるか。おい明人、ちょっと耳をかせ」


「えぇぇ、本当に何なのさぁもう」


 嫌な顔して俺に耳を貸す明人。

 済まないが、お前も巻き込ませてもらうぞ。友達なんだろ?

 俺はそうほくそ笑んで今まであったことを簡潔に説明した。


「実は――」


「………………へ?」


 重要な部分は伏せて簡潔に説明をすれば、明人は間の抜けた声を出して固まる。

 恐る恐るといったほうが正しいか。飽きとは俺をまじまじと見た瞬間大声で叫んだ。


「うっるさ」


「いやホント待ってくれる!?なんでそうなったんだよ!」


「俺があの女を負かしたいから」


「だからってなんでそれにしたの!?馬鹿なの!?」


 誰が馬鹿だ。

 イヤだもーなんで俺を巻き込むの!?なんて叫んで俺に文句を言う明人を無視して俺はそっぽを向く。

 聞こえないふりをしたいが、コイツのうるさい声は教室に反響してグワングワンと空気が揺れている。

 そんな明人の叫び声と共にどこからか予冷のチャイムが聞こえた。

 これは、昼休みまで持ち越しだな。


 俺は、深い深い溜め息をついた。


 ****


 この学園のイングリッシュガーデンの中庭には学生が使えるガゼボがある。

 そのガゼボは、大体は昼食用に用いる学生が多く開放的な空間からは四季折々の景色が見えてかなり人気だ。

 そのガゼボの一つに、俺と明人がいた。


「――でぇ?そうして一週間アタックし続けたけど鼻で笑われて躱されて相手にしてもらえないと。そういうコト?」


「……そういうことだ」


 わざわざ言葉に出すな。凹むだろうが。

 改めて言われた事実に凹んだ俺は、今日もアイツの作った弁当を取り出す。

 曲げわっぱに入れられたおかず。どうやら今日は豚の生姜焼きらしい。

 小松菜と人参の胡麻和え。そして俺の好きな甘い卵焼き。

 白米に混ざった麦飯の近くには、大根のべったら漬があった。


 うむ、いつもどおりだな。


「イヤイヤ何そんな美味しそうな弁当広げてんのさ。コッチの話聞いてる?」


「ひぃてふひぃてふ」


「なんて!?」


 聞いてる聞いてるっていった。

 もぐもぐとアイツの作った弁当を食べている俺に、明人はビャっと叫んでベンチにへたり込む。

 本当にコイツは元気だな。美味い。


「もう!相談聞いてやんないぞ!!」


「それは困る。もうお前しかいないんだ」


 他のやつを頼るとか恥ずかしすぎて無理だ。

 その点、この阿呆なら別に傷つくものはない。なんて良いやつなんだ。


「褒めてないよねそれ」


「これ以上無いほど褒めているが?ほんと、お前が友人で良かった良かった」


 首を振りながら明人を褒めるのに、何故か本人はげっそりとした顔になってため息をつく。

 俺が褒めること自体少ないっていうのに、贅沢なやつだ。


「もう良いよ。それで、あの女王に好きになってもらいたいんだっけ」


「違う。落として捨てるんだ」


 その言い方じゃあ、俺がアイツに好きなってもらいたくて仕方ないみたいじゃないか。ちゃんと捨てることも言わないと。


「どっちでも良いよ。そもそも俺っちには関係ないんだから。……うーんそうだなぁ、年上の女性ならわざと隙を見せて庇護欲を駆り立てるって言うのも手かもしれないよ」


「わざとスキを見せるぅ?」


 俺は少しピンとこなかったが、よくよく考えてみれば、なるほど。たしかにそれは一理あるかもしれない。


 確かに女というものは、年を取れば取るほどに母性本能が働きやすい。

 それにお硬く真面目なやつほどその傾向は強くなり、必然的にソイツを庇護しようとする。

 そして女はギャップにも弱い。

 俺みたいに何でもできるやつが少しの隙きを見せれば、もしかしたらあの女だって。


『――本当は俺、情けないことばかりなんだ』


 わざと隙きを見せ、憂いた表情をする俺。

 俺のその姿を見たあの女は息を呑んで俺をじっと見る。


『坊ちゃま……』


『あっ……すまん、今のは忘れてくれ。何でも無いんだ』


 そう言ってあの女から離れ自室に向かう俺を、アイツは頬を染め目を潤まして俺を止めるだろう。

 ぎゅっと抱きしめたあの女は俺を強く抱きしめて……


『坊ちゃま、いえ蓮寺様は情けなくなどございません。蓮寺様は十分頑張っているではないですか。私が、それを一番知っています』


『お前……っそんなこと言って、お前だって……』


『私は、私は何時だって蓮寺様の味方です!何時だって、蓮寺様のことをっ』


 慕って、いるのです。

 小さくかすれた声で答えたアイツは恥ずかしそうに俺を見上げて離れるだろう。


『本当か?本当に、俺のことを……好きでいてくれたのか?』


 情けなくとも信じたいと思うように確かめる俺に、あの生意気な女が頬染め女の態度でこう口を開く。


『は、はい……私は、本当は初めて会った時から蓮寺様のことが――』


「――ヤバいな、行けない道筋が見えないわコレ」


 以上が妄想だが、ヤバいなコレはヤバいぞ。

 もはや成功は約束されたかのような案だ。俺の頭脳は輝きまくっている。


 その後は当然近寄って手をのばす女の手を優しく振り払ってこういうのだ。


『フン、俺がそんな事を言うわけ無いだろう。身の程を知れ』


 てな!

 アイツはそれで気づくだろう。俺に騙されいじられたことが。

 ぽかんとした顔は段々と恥辱の色に染まって俺をにらみあげる。

 そこまで想像できるほど、この作戦は完璧だった。


****


「……そっか。それは良かったね」


 ふふと気味の悪い笑い声をあげる友人を見て、明人こと俺は思い出した。

 そういやコレってある程度仲良くなくちゃいけないと使え無いんだっけ、と。

 しかし目の前で喜び、勝利を確信している友人の顔を見ると何も言えず、俺は口をつぐんだ。


 目の前の友人は俺に礼を言い、美味しそうに弁当を食べる。

 そのほのぼのした表情のほうが勝算あると思うんだけど、と俺はまた思うが黙ることにした。


「それにしても……」


 蓮寺、女王が来てからなんか拗れたなぁ。いや、元からだったけど。

 しかし前の蓮寺なら俺を頼ることはまずなかったけど、これはもしや……

 そう考えて思考を止めた。


 いや、うん。俺は何も知らないし関わってない。

 そう思い、俺も購買で買ったパンを口にして思う。


 ――ああ、蓮寺みたいな愛情たっぷり弁当……俺も欲しいなぁ。

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