第3話 水晶宮へ 2

月涼の目の前に広がる美しい風景は、まるで夢の様な荒唐無稽の世界であった。


どこまでも続くような草原には、先ほどの青華蝶が舞い、小鳥が囀り・・・随所に小動物が見え隠れする。微かに見える山の影はあるが、そこまでたどり着くのにどれくらいかかるのかと思われる。

そして、目の前の青く輝く鱗を持つ龍に、目を奪われて感動するしかない月涼だった。


「これ、リア!!頭を下げぬか。太后様じゃ。」


ソニアに促されるが、龍と目が合いそれどころじゃない。

月涼は、龍のもとへとすでに走り出していた。

龍が真っすぐと月涼を見て、まるで手招きしているように感じたからだ。


ソニアが慌てて、追いかけるが間に合わず、月涼は龍に飛びついていた。


そう・・・太后様が目に入らないまま。


龍の懐に入って、抱き着く月涼に太后が手をかざすと月涼の体は、ふわりと宙に浮いた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ。何?何?浮いてる?」


月涼は、そのまま、ストンっと太后の前に下ろされた。


「あ~痛たた。あなた?誰?」


「それは、こっちのセリフじゃ・・・。このお転婆め!ソニア!参れ。」


「はい。太后様・・・。」


頭を垂れたまま、太后の前に出るソニアが月涼に言う。


「リア・・・・太后様じゃ。頭を下げよ。」


「えっ?あの・・・前にいる少女がですか?」


月涼が驚いて、凝視すると太后が月涼の顔に近づきながら言った。


「我を無視して、こそこそ話すな!!月涼。」


「え・・・・。今、月涼といいませんでしたか?」


「そうじゃ。そう言うた。それが、そなたの名のはずじゃ?」


「なぜ?その名を知っているのですか?」


「我は、その姿を見ればその者の本来の姿を見る・・・。其方から浮かぶ名が、月涼と見えただけじゃ、それより、何も聞かずにここへ来たか?」


「はい。何にも・・・。」


その時だった。龍が翼を広げブルりと鱗を震わした。月涼は、また龍の方に気を取られる。龍も月涼にそろりと歩み寄り、その顔を月涼の頬に摺り寄せてきた。月涼が驚きつつも龍をなでると、龍が唄いだした。その心地よい唄に、しばしうっとりとするが、太后がその唄を止めた。


「龍王・・・気に入ったのは分かるが、少し待て。さて、月涼・・・我の事を知らぬのであれば、紹介せねばならぬな。我の名は、シンじゃ。双頭竜王族末裔であり青華国初代王后である。今は、太后とよばれておるがな。故に、太后であるが、現国王の母ではない。」


月涼は、少女姿の太后をまじまじ見ながらつぶやくように返事する。


「なるほど・・・。分かりました。」


『義母上も見るもの聞くもの全て受け入れよ』と言ってたのは、この事か・・・と思いながら、この世にはまだまだ知らない、不思議な世界が存在するのだな思っていた。


「むう・・・。この者、本当に分かっておるのか?ソニア。」


太后シンは、あまりにあっさりと、月涼が受け入れるので拍子抜けしていた。それは、ソニアもだが先程のこともあり、ソニアとしては、やはりという感も否めない。


「はあ・・・まあ。分かっておるかと・・・。この者は、素直というか何というか・・・不思議なものも不思議と思わず受け入れるようで・・・。それにそれより、好奇心が勝る者なのかと・・・。」


苦笑しながらソニアが弁明する。


「ソニア・・・。其方の上をいきそうじゃな・・・。フフフ。合格じゃ。後の王后に据えても良い。それでは、この者に刻印を施す。月涼、額を出せ。」


「刻印とは何ですか?太后様。」


「この地に入る証のようなものじゃ。」


「その刻印を頂ければ、ここにいつでも来れるんですか!!感動です!!」


月涼の目が興奮で、輝き、変化までし始めていたがもちろん本人は、知る由もない。太后シンだけがその変化に気づき、いつか来る日を想定するのみだった。


「・・・其方。普通は怖がるものだがな・・・。まあ良い。額を・・・。」


太后シンが、月涼の額に指をあてると指の先から青い光が放たれ、青華の刻印が記された。


「これでよい。月涼よ。もう、この国から逃げられぬぞ・・・。其方は、いずれこの国の要となる者じゃ。よいな?それから、この刻印が施されたものは、ここへの出入りが自由となるが、注意せねばならぬこともある。龍が呼べば、どんな時もこちらへ来なくてはならない・・・覚えておきなさい。」


月涼は、次々と起こる不思議なことに好奇心を隠せないままニコニコと返事をする。


「はい。逃げも隠れもしません!!こんな世界を持つ国に来れたなんて!!素晴らし過ぎます。」


太后シンは、小首を傾げて月涼にもう一度言う。


「分かっておるのか?本当に・・・注意点も聞いていたのか?」


「はい!!龍が呼んだらでしたね。ってどんな時に呼ばれるのですか?」


太后シンは、龍に近寄ってから月涼を傍に置き言う。


「それは、龍に聞くが良い。」


「龍に?話せるのですか?」


太后シンが頷き龍を見つめる。月涼は、龍の顔を撫でて話しかけた。


「あなたの名は何?あなたが呼ぶときは・・・。」


龍がまた、ブルりと鱗を震わせてから話始める。


「人の子よ・・・。せっかちじゃな・・・。我の名は、アーロン。この地を守る者。我が其方を呼ぶ時は、その時々により違う故、それまで、待つが良い。我が呼ぶ時は、其方の周りで蝶が舞う。蝶が舞えば一瞬にしてその場から、我の元へ転移される。覚えておきなさい・・・人の子よ。」


こくりと頷く月涼は、龍に頬を寄せて思う『なんて、落ち着くのだろう・・・そして、どうしてこんなにも懐かしく感じるのだろう?この肌ざわりにこの声に』と。


そんな月涼を見ながら太后シンは、ふっと笑う。


「フフフ。太后様でものみ込む勢いですね。義娘は・・・。」


ソニアが苦笑しながら言い、太后も笑うしかない雰囲気に包まれた。

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