世界平和の日

 遥か未来。人類の文明は高度に発達を遂げていた。宇宙エレベーターにより、ほんの数十分で月に行くことができ、現代における飛行機の感覚で宇宙ロケットが日夜飛び交った。その宇宙ロケットは、人類の生存圏として整備された火星と行き来するものがほとんどだった。一方地上では、高層ビルは雲に届きそうなほど高くそびえ立ち、大気中の菌は完全に消毒され、人の代わりにロボットが働くようになっていた。そのため人々のすることといえば、娯楽の他なかった。

 何もかも完璧に思えた。もうこれ以上、文明が進歩する余白がないように見えた。しかし、人々の意識の中にたったひとつだけ引っ掛かっているものがあった。それは戦争であった。どれほど文明が発達し、暮らしが豊かになっても、相変わらず戦争のニュースは流れ続けた。人々は、発達した文明の総仕上げとして、戦争を消し去るべきだという意識をもっていた。そして今日、それは果たされようとしていた。

 世界平和の日。世界各国で一斉に武装が解かれるのだ。絶え間ない努力と他国への寛容がこれを実現した。核ミサイルは、核弾頭を外すだけでなく、安全な方法で破棄された。銃火器は大袈裟なほど巨大なローラーによって粉砕され、戦車は派手に爆破された。開かれた世界平和祭典の会場には、たくさんの人々が集まった。空中に投影された巨大スクリーンに、おぞましい兵器が次々に破壊されていく映像が映された。人々は歓声に沸き立ち、その光景に心からの賛美を送った。

 やがて武装解除の映像が終わると、この世界平和実現の立役者である男が壇上に現れ、スピーチが行われた。彼は緩む涙腺をおさえながら、熱く語った。

「ついにこの日がきました。人類は歴史上はじめて、その手から武器を放したのです。どれほどの時間がかかったことでしょう。不可能とも言われ、誰もがそう思っていました。しかし、本物の誠意と正義、そして人類愛がこれを可能にしたのです。第二十三次世界大戦が来ることはないでしょう」

 人々の歓声は最高潮に達した。それを嘲笑するかのように、彼らの目の届かない場所で、銃火器製造工場は鈍い稼働音を響かせ続けた。

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