第18話 その人はここに

 踊り場からの眺めは停車場を一望できた。滝の流れる音が小さく聞こえ、あとは鳥のさえずりがあった。崖の中腹に位置し、真下を見ると足がすくむ高さがあった。そこから日光が入り踊り場の後ろに位置する下り階段と洞窟を薄っすらと照らしていた。洞窟はこれからリリとテオが進むべき方向、先ほどまでグラストゥの「大群」が通り過ぎたばかりだった。グラストゥが通り過ぎるまで二人は休憩した。特にテオは年齢的にもここまで登ってくるには随分体力を使った。「歳はとりたくない」そうつぶやきながらテオは壁にもたれ掛かっていた。リリの方は混乱していた。リリ自身、出発してからここまで数時間しか経っていないと思ってここまで来た。ところが、急に半年は経っていると言われた。そうなるとヤン達や家族が心配していないかと不安になってしまった。半年だろうが数ヶ月だろうが、とにかく早めに家に帰らなければならない。


「―――あと、どれくらいかかりますか?」


リリはテオに聞いた。


「この洞窟を抜ければ、山道へ出る。そこから麓まではそんなにかからないはずだ。ただ、さっきの何か崩れたような音が気になるな。何か起きてなければいいが―――」


リリ達は二度大きな音を聞いていた。一度目は停車場向こうのトンネルの方から、二度目はと一度目と同じ方向のより遠くの方から聞こえてきた。


 リリは山道へ抜けるまであまり時間はかからないという応えに少しホッとしたようだった。



 数分後、二人は出発の準備を整えて洞窟へと向かった。


 洞窟はじめじめとした冷たいが風を流し、地面には親指くらいの太さの小さな地下水の川ができていた。リリが天井を照らすと二匹のコウモリが天井にぶら下がっており、ヘッドライトの光が彼らの目を光らせてリリを怯えさせた。二人が歩くそのみ「道」は過去にも誰かが途端に歩いた形跡があり、その部分だけ獣道の如く地が踏み固められていた。


「もうすぐかな―――」


しばらくするとテオがそう呟いた。すると洞窟の進む方向の先に光が見えた。粒のような光から進むうちに大きくなり光はトンネルと照らす灯りだとわかった。そこにはコンクリートで作られたトンネルがあった。トンネルと洞窟にくっきりと境界があるようにコンクリートの段差があった。境界の側にはどこかへ繋がる鉄製の扉があった。山道から廃駅と通りここまで来た行程に流石に溜まった疲れと家に帰りたいという気持ちが大きくなっていたからだろう。リリはどこかトンネルの入り口をみてホッとした気持ちになった。コンクリート製の人工物、明らかに途端に人が行き来している形跡、どこかから聞こえる機械音。もうすぐ「外」に出られる。


 リリは心を弾ませながらトンネルを進んでいった。二人が進むにつれて機械音が大きくなっていった。しばらくすると、先頭を歩いていたテオが立ち止まった。そこには大きな窓があった。窓の先には巨大な正方形の金属のような塊が四つあり、その黒色の塊は周期的に緑色に輝き、呼吸をするように元の黒色に戻った。


「これって―――」


「これが『稼働中』のヤンタリウムだ。ここから各地へ送電される」


ヤンタリウムは下部に太いコードが二本繋がれており、そこから絶縁体の部品や電線がたくさんついた変圧器のような機械に電気が送られるようになっていた。グラストゥは呼吸で言えば吐き出すタイミングで放出しているように見えた。


「さっきのグラストゥの大群があったろう。それもここから出ているんだ」


テオが言うにはヤンタリウムが時々「深呼吸」をしたとき、煙のように出てくるのが大量のグラストゥだそうだ。


 テオは少なくともリリの「時間」をこれ以上遅らせるのは本人にも、本人を取り巻く人たちにとっても良くないと考えた。正確には遅れた「時間」は把握できないが、麓の時間で本当に半年以上経っているとしたら、もしくは一年近く経っているとしたら、周りにいる人たちはその時間だけ一緒に過ごせなかったことになる。一年程ならそれくらいで済むだろうが、それが十年、二十年と乖離かいりの時間が開いていく程に時間という残酷な流れに人が消されていく。テオはそんな光景を何度も見てきた。


「少し急ごうか。人を待たせてある」


テオとリリは歩を速めた。

じめじめしたトンネル内の湿気が通行人を包み、コンクリートの壁から滲んだ地下水が土を含んだ出来ものを作った。途中、トンネルの端に止めてあったのは屋根の無いトラックで、長い間使われていないらしく車体はすっかり錆びついていた。二人が急いで歩いたため、予定よりも早く光が見えた。その光は徐々に大きくなり森を映すまでになった。


「やった!山道だ!」


リリは叫んだ。廃駅から続くトンネルが実に長かったためにリリとってはひとしおの喜びだった。だが次の瞬間、自分達とは違う人の影を見た。


 その影の正体はペトロ先生だった。

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