第17話 ヤンの理由(わけ)
轟音は止んだ。が、遠く木の上では鳥達がやかましく騒いでいた。所々に差す光がヤン達の行く手を阻んでいるのを映していた。水が多量に混じった泥は大きく窪みのように凹んだところに流れるに飽き足らずそこから溢れてヤン達のいた休憩所近くまで迫っていた。道が見えるのは数キロ先で突然大河が目の前にできたようなものだった。
当然、子供四人が通るには危険だった。そのまま足を取られて動けなくなるかもしれないし、体も沈んでしまうかもしれない。ヤン達は迷った。なんとかしてでもここを渡り、リリを探さなければならない。しかし、自分達の命も引き換えにすべきだろうか。
四人は二十分程話し合った結果、一度引き返すという結論に至った。苦渋の決断である。遠回りをして他のルートを探ることも考えたが、地図で見る限り廃駅には今通っている道でしか行けないことが分かったことと、各々の命を優先するという大前提もあった。山道はおろか、坑道に近い場所では村でなんとかなることもここではなんとかならないことの方が多い。しかも大人がいない。そして現に地滑りが突然四人の目の前で起こってしまっている。四人の中には進めないもどかしさと、家へ帰れる少しの安堵が入り混じっていた。
するとまた地震のような地響きと共に村の方へと繋がる道があっという間に土砂に覆われた、先ほどよりも流れが速く道の村側に立っていたサラは危うくその流れに巻き込まれそうになった。が、彼女の右腕を掴んだのはアメリアだった。アメリアのとっさの判断により、そのまま二人は休憩所のベンチに戻ることができた。サラは息を荒げながらベンチに座り込んでしまった。そして、薄っすらと涙を流していた。
「ありがとう。もう少しで、巻き込まれるところだった」
サラはそれだけを言うにも必死だった。それ以上の言葉がまだ出せないでいた。アメリアはふと微笑んで頷いた。
今度の地滑りは一部の木々を傾けさせた。キツネが鼻と口と前足を出して流れていった。流れが止まるとキツネはジタバタと土砂から出ていた体の一部を動かしていたが、やがて止まった。
(サラもああなっていたかもしれない)
流れていくキツネを見て、ヤンは心の中でそう呟いた。そしてサラだけでなく自分たちだって例外ではなかったと感じると、恐怖で足元が震えた。
「ねぇこれってもしかして…」
タムがそう呟いた。それを聞いて他の三人が周りを眺めた。四人のいる休憩所一帯にできたのは土砂と崖を隔てた陸の孤島だった。その時、四人は引き返すことすらできなくなった事実を初めて受け止めた。
ヤンはもう一度、天を見上げた。高い場所にある木々の頂上でまだ鳥達が騒いでいた。薄暗い地上へ真っ直ぐに差す数本の光の周りには、緑色に発光する粒が数える程、風に乗って飛んでいる。その数は徐々に増えているように見えた。
(これがあの古い本に載っていたグラストゥなのか)
ヤンが学校の図書館で村の歴史について調べていたとき、偶然ある本を見つけた。「リンガン村とそれ以外の地域での時間軸について」と書かれたその本に惹かれたヤンは、歴史書と共にその本も自分の机へ持っていった。そこにはおおまかにこんなことが書かれていた。
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グラストゥは村の山道、特に鉱山の近くに多く発生する。小さな緑色の発光体で埃のように風にのって浮遊することもあれば、意思を持つように動き物体に付着することもある。
全容については未だ解明されていないことも多く、大まかに解っていることはヤンタリウムから発生すること、近くにいる或いは付着するなどした場合、物質、生物の時間的進行を遅らせる作用があることが挙げられる。ヤンタリウムを採掘する際、砂埃とともに微量の光を放つグラストゥが放出されるがこれはまだ少量である。むしろグラストゥはヤンタリウムが電気を発生させる過程で大量に放出される。これを発見したのは―――
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その時ヤンが人の気配を感じ、ふと前を向くとペトロ先生が深刻そうな表情をして立っていた。
「その本を読んだのだな」
ヤンはペトロ先生がなぜそんなに深刻そうな顔をしながらそんなことを聞いてきたのかがわからなかった。
「そうです。まだ途中までですけど」ヤンは答えた。
「もうその本は読まない方がいい。君のためにもだ」
ヤンはそんなことを言われるとも思わなかった。ペトロ先生は今までヤンの読書家ぶりをよく褒めてくれていた。おすすめの本なども紹介してくれたくらいだ。ヤンはブックマークの紐をそのページにはさんで本を閉じた。
「僕にはわかりません。この本を読むなと言われる理由が」
「他に読むべき本はたくさんあるからだ」
そう言ってペトロ先生はヤンが閉じた本を取り上げて持っていってしまった。
この出来事が、逆にヤンにグラストゥの興味を持たせた。しかしペトロ先生の行動を見るに、大人達にとっては知られたくないものなのだろうと思い、リリに「ピクニック」を提案した。実際にそれを見るために。
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