第2話 山の入り口
リリは冒険と旅を愛する少女だった。行ったこともない、見たこともない場所に興味を多分に持っている。二年後、今通う学校を卒業するとリンガン村には中等教育を受けられる教育機関が無いため、どうしても村の外に出なければならない。リリはそれまでに生まれ故郷であるこの村の道を全て歩き尽くさんと考えているのだった。廃駅の下見を買って出て、その日のうちに目的地までの経路を調べ、旅程で何が必要かを使わない紙に書き記した。そして危険とわかれば即引き返すとヤンとも約束した。その辺りに関してはリリの方が今までの経験から引き際をわかっていた。ある意味では今回の「ピクニック」の下見役には適任と言える。
「これをもっていきなさい」と母親に焼菓子を持たされた。リリの家族も彼女の放浪癖はある程度心得ている。十一にもなる娘に危ない目には合わせたくないが、好きなことをさせたいという気持ちもあるにはある。
外を出ると空は真っ青だった。風はいつもより落ち着いている。「旅」を始めるにはこれ以上とない日和だった。リリは背負うリュックの位置を整え出発した。一歩踏み出す、一歩前へ進むこの瞬間が楽しみで仕方がない。それで頭の中はどこか冷静で、進むべき道や目的地に着いた時にどうするかを考えている。リリにとってはそれぐらいがちょうど良かった。
木々は斜面に沿って、風に寄り添いながらも光のある方へ向かって立っていた。幹には時折リスが颯爽と昇り、鳥はあちこちで居を構えた。木々はリリや彼女の家族が生まれる前からこの土地を、人を含めたここに住む生き物たちを分け隔てなく見守ってきたに違いない。地面を見ると、苔を纏っていた場所には落ち葉が増え始める。風が吹く方向に向かって落ち葉は一足早い雪のように地面を赤や黄に染める。大蛇のような木の根がそれらを避けるように少しだけ膝を立てる。葉の落ちた枝からは今まで遮られていた分も余計に日の光を地に落とす。夏の頃よりは幾分か弱くなり、それでも木の上に住む小鳥達にとっては風ばかりのこの地に温かさを加えてくれた。リリにとってはその恩恵を受けるにはあまりに低い場所を歩いている。それでも今まで夕暮れ前のような暗さだった夏に比べれば、スポットライトのごとく地面に光が刺しているのはありがたかった。
木の枝が風で揺れながら別の枝とこすれ、早瀬の流れのような音を奏でている。地上では落ち葉が日のスポットライトに照らされ鮮やかに舞った。家から三十分のところに風除けに収まった石造りの看板が立ててある。
~ユス・バイラン入山口~
古い文字でそう書かれた看板から先がリリにとって「冒険」のスタートだった。
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