第28話 堕落のアスモデウス

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勇者テニー

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 勇者テニーは眼の前にいる小さいドラゴンに跨っている魔人みたいなやつをただ茫然と見ていた。

 一方で魔人みたいなやつは色欲のアスモデウスと呼ばれている。


 彼はこちらをじっと見ていた。

 

「まったくどうやらわたくしは外れを引いたようですねぇ」


 そう言いながら勇者テニーの顔を見ず、真下を直視している。

 体は布の衣服でくるまっている。

 

「さて、あなたを堕落させましょう」


 その時初めてアスモデウスの視線が勇者テニーとすれ違った。

 しかし勇者テニーはピクリとも動かない。


「で?」


 初めてアスモデウスの表情から笑みが消えた。


「嘘だ。わたくしの眼を見て操られない生き物などいない」


「まぁ、あたしはちょっと特別だからね、一度死んで、モンスターと融合して、そして蘇ってるから」


「それでも操られないやつなど、ま、まさか、お前は」


「だから何なんですか?」


「天使化しているのか?」


「それはなんです? あたしは死神リナのようなガブリエルじゃないよ」


「違う、お前は一度死んでると言ったはずだ」


「そうだけど、死後の世界の記憶はないよ」


「あっはっはは、これはまた傑作だ。天使達がお前を選んだのなら、それを奪えば天使達をバカにできるぜ」


「なら、殺しあいましょう」


「当たり前だ」


 アスモデウスは突然、隣でうずくまっているドラゴンの心臓に手を突き出した。

 そしてそこから出現したのは、巨大な槍で、その形はドラゴンの形をしている。


「わが相棒よ、今しばらく眠れ、わたくしは好敵手を見つけたのだよ」


 それでもアスモデウスは真下を見ている。


「君ってさ、すごく恥ずかしがりやなの?」


「うるさい、顔を見られないだけだ」


「それを恥ずかしがりやだって言うんだよ?」


 勇者テニーはうんうんと頷いて。


「なら勇者代行だね、あたしは戦いたくないから、というか面倒くさいし、まぁ痛いのいやだし」


「はおぁ?」


 勇者テニーは勇者の剣を前に突き出した。

 勇者の剣が形を変形させる。

 それはドッペルゲンガー、そう勇者のドッペルゲンガーなのだ。


「勇者の剣には沢山の記憶が宿る。そこから最強の勇者を導いてくれる。あなたの好敵手になると思うわ」


「そんな茶番」


「あら、勇者の剣も嬉しそうだね」


 勇者テニーはゆっくりと胡坐をかいて座ると、ドッペルゲンガーとアスモデウスの戦いを見ていた。


 勇者のドッペルゲンガーは勇者テニーでは考えられない力を発揮してアスモデウスと均衡していた。

 アスモデウスの槍裁きは達人を遥かに超えており、俊敏に動いては、勇者の剣を退ける。


 勇者の剣は突然けらけら笑いだして嬉しそうな笑顔を向ける。

 アスモデウスも楽しそうにしている。

 勇者と七つの大罪の色欲がぶつかりあう。


 2人が最後の一撃とばかりに、衝突すると、ドッペルゲンガーそのものが消滅した。

 勇者の剣は瞬間移動するかのように勇者テニーの所へと戻っていた。

 彼女はゆっくりと立ち上がる。


「小娘、ようやくわたくしと相手をする気になったか」


「うん、わかった。本気だすね」


 勇者テニーは右足と左足と右腕と左腕を勇者の剣で突き刺す。


「何をしているんだ」


 アスモデウスが唖然と大きな声を上げた次の瞬間。


 右足が青いオーラを左足が赤いオーラを右腕が黄色いオーラを左腕が緑のオーラを発した。


「これはね、右足には海の勇者を、左足には炎の勇者を右腕には閃光の勇者を、左腕には森の勇者を召喚したの、【勇者召喚】ってわけ、4つの勇者を牛耳るのはとても難しい事なのよ、まぁあなたにはその価値があるから、使わせてもらうけどね」


「うははははは、傑作だ。わたくしは今5人の勇者と戦っているのか」


「そういうことよ」


 右足から海の水が無限にあふれかえり、体を海の鎧で包んでくれる。

 左足から炎が吹き上がり、海の鎧をマグマのようにしてくれる。

 右腕からは光が炸裂してこちらを見る事すらかなわず。

 左腕からは木々が無限に生えてくる。


 どすんどすんと大きな塊のように動き出すテニーに対してアスモデウスは槍を構える。


「相棒、力を貸してくれ」


 アスモデウスが槍に問いかけると、地面を蹴り上げた。

 トタタタタと音を鳴らして、最後に思いっきり跳躍して見せた。


 着地する寸前で多くの木々が枝を伸ばす。その枝達はとても鋭くなっている。

 アスモデウスの全身を貫き、それでもアスモデウスは止まる事をしない。

 その時閃光が炸裂し、アスモデウスの視界を奪う。

 彼の全身を覆い始めるのは海の鎧。 

 それは灼熱の如き熱さであった。

 

「うぉおおおおおおお」


 アスモデウスは叫び声をあげている。

 勇者テニーは変容した。

 記憶がそうさせるのか、分からない。

 ただ全ての勇者がこちらを見ていた。


 勇者テニーは裁判所のような所に立たされ、四方を勇者に囲まれていた。


【勇者テニーよ、なぜ力を求めるか】

「ゆっくり寝たいからです」


【勇者テニーよ、勇者の神がお主を定める】

「はい」


【お主は何がしたい】

「みんな幸せに寝る事です」



【よろしい、勇者テニーよ、力を授ける。それすなわち】


「勇者の鎧」


 アスモデウスの一撃必殺は勇者テニーの心臓を貫いていた。

 だが、その鎧が無かったらの話だ。

 神々しい鎧、魔法に包まれた鎧、勇者テニーには勇者の剣があった。

 しかし勇者の鎧はなかった。


 そこに具現化したのは、勇者召喚で得たオーラではない。

 それは正真正銘の。


「勇者の鎧だとおおおおおお」


 アスモデウスの槍は崩壊を辿る。 

 それは相棒のドラゴンの死亡を意味する。

 アスモデウスはようやく現実に戻り、悲鳴をあげる。


「あまり殺したくなかった。皆でゆっくり眠て、バカをして過ごす。それがリュウフェイを見てやりたい事、だからあなたにはここで退場してもらう」


「ふははははあ、鎧を得たくらいで調子にのりおってええええ」


「えと、最強の鎧があったら、あなたはどうするの? この鎧を破壊できるの?」


「うるさいうるさい、今まで操ってきた奴等を生贄にして、最高の武器くらい召喚できんだよおおおおお」


 いたるところで命が失われていく事を勇者テニーは感じていた。

 その数数万。

 それで得た最高な武器。

 そこには1本の槍が出現する。

 神でしか使ってはいけないそれ、それはロンギヌスの槍であった。

 勇者テニーでさえ、その存在は知っている。

 

 メラメラと燃えるようなオーラに包まれている。


「これでとどめだああああ」


 アスモデウスは走り出す。

 勇者テニーの一歩手前で空に跳躍する。

 雲の上まで跳躍すると、そこから流星の如く落下する。


【流星跋扈】


 大きな技を編み出し、槍は落ちる。


 だが勇者の鎧にそれは防がれてしまう。


 勇者の鎧はそれだけ頑丈だと言う事だ。


「嘘だろ神だぞ、神の槍だぞおおおお」

「あたしがいつまでも攻撃を受けているとは思わない事」


 アスモデウスの後ろには勇者テニーのドッペルゲンガーである勇者の剣がいた。

 勇者の剣はその鋭い刃で半狂乱になっているアスモデウスの心臓を貫いていた。


 アスモデウスは口から黒々しい血を吐き出すと、地面に膝をついた。


「覚えておけ、世界を支配するのは七つの大罪だ、かは」


 アスモデウスの体が少しずつ蒸発していく。粉となり、魂だけになった。

 魂はリュウフェイの元へ行くはずだと思っていた。

 しかしそれはベルフェゴールと呼ばれた老人の元に向かっていく。

 それを止めないといけない。

 

 勇者テニーはベルフェゴールの元へと重たい足を向けた。


 その時ロンギヌスの槍は消滅した。



 

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幽元師はダンジョン最下層999階に生贄として追放された! 倒したモンスターの魂を喰らって最強を目指す伝説 MIZAWA @MIZAWA

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