第13話 性別格差の勇者

 俺はスキル【超感覚】を発動させ続けた。


 眼の前に繰り広げられる戦闘をこの目でしっかりと見ていた。


 そこにいる2人のうち1人は仲間の勇者テニーであった。


 桃色の髪の毛をふわりとさせながら、ゆっくりと勇者の剣を振るう。


 それに対して女性の知帝はにこりとダンスするように避け続ける。




 知帝は丸眼鏡をつけており、頭には竜の髪飾りを身に着けていた。


 衣服もどことなく独特であり、小説で読んだ東の一族のような衣服であった。


 その衣服はだぶだぶの厚手のローブのようで軽い素材のようだった。




 俺の超感覚は仲間である勇者テニーが感じている事を感じていた。


 勇者テニーののっぺりとした微笑み、それが重なって見えた。


 次の瞬間、そこは別の場所だった。


 1人の女の子が椅子に座っていた。


 ズボンを穿いて上着を身に着け小さくなっていた。




 1人の男性がその部屋に入ってきた。




【おい、テニーという名前は忘れろ、何度言ったらわかる。お前は女だが男だ。だから名前はフェイブだ。お前はわたしの娘であり息子だ。勇者に選ばれた。それは男が選ばれるはずだった。なぜか女であるお前が選ばれた。周りはお前が女である事を知らぬ、この父親の顔を潰すな、わかったな】


【はい、父上、あたしは、いや僕は勇者フェイブです】


【よろしい、では国王様に謁見しにいこう】




 その後大勢の人々が勇者フェイブ様と叫んで応援していた。


 俺はこの時テニーの苦しみを理解していた。


 彼女は男なんかじゃない女だったのだ。


 勇者フェイブというのは偽の名前であり、本名はテニーだ。


 彼女と初めて出会った時に名乗った名前こそが彼女の本当の名前だった。




 それから勇者フェイブは国王と謁見し、仲間を引き連れて冒険をした。


 いくつもの試練の後、たどり着いた先があのダンジョンであった。


 最下層に行くしか方法がなく、戻る方法がないダンジョンであった。




 仲間達は1人また1人と倒れて行った。


 その階層にたどり着いた。


 それはパペットパペットがいた所だ。


 そこで彼女は子供のパペットパペット、つまりあのモンスターに殺されてしまう。


 魂を喰らわれ、パペットパペットと融合したテニー。


 その後転生した女性のテニーとして蘇る。




 きっと今のテニーはそれを理解しているのだろう。


 女子としてそして、その時代では男子の勇者しか認められない。


 その苦しみの中で戦ってきたのだろう。




 俺はテニーを見直す事となった。


 彼女はその女性の体ながらに、昔で言う魔王という種族を倒したのだから。


 沢山の人々を救い、ただダンジョン攻略に着て死んだ。


 それだけの話だ。




 テニーはふっと後ろを振り返る。


 俺と視線が合うとにこりと微笑んだ。




 彼女は勇者の剣を構えた。


 次の瞬間ゴーレムを召喚するものとばかり思った。


 それは勇者の剣そのものなのだが。


 しかしそこには勇者テニーと同じ人物が立っていた。




「ほう、ドッペルゲンガーですか」


「ん、ちょっと違う、彼は彼なの。あたしが男だった場合の彼なの」




「ちょっと、分からないでもないですが、所詮はドッペルゲンガーでしかありませぬね」




 知帝は笑っている。


 心の底から笑っているのだろう。




 知帝は指揮棒を握りしめる。


 右手でしっかりと構えると。




「あなたは空間理論については詳しいですかな? 空間Aと空間Bを入れ替える事が可能と、絶大なる魔力が必用ですが、わたくしは魔力がありませぬ、と言う事は何が必用かと言う事ですね、頭を使って考えた結果。その空間のカオスを力にするのです。運命とは沢山の物から成り立つ。あの時ああしておけばよかったあの時こうしておけばよかったなどです。わたくしはその理論から見つけたのです。空間Aと空間Bを入れ替える理論。パラレルワールド理論をね、さて、前座はさておき、パラダイスの始まりです」




 長いセリフの後、知帝は指揮棒を振り上げた。


 次の瞬間振り下ろした。


 まるで音楽家の指揮者のように必死に振り上げている。


 空間がずれていく。


 まるでブロックゲームのように空間そのものが壊れ。


 ぐちゃぐちゃになっていく。




 勇者テニーは平然としている。




「いいですかこの空間に挟まれたら、どんな人でも死にます。いや壊れます」




「そうね、それは人だったらでしょう?」




「それは人の概念があるドッペルゲンガーとて同じことですよ」




「あなたね、これはわたくしじゃなくてドッペルゲンガーでもなくて、勇者そのものなの、まあ人としての概念が勇者そのものにあるかはわからないのですがね」




 俺はその時理解した。


 勇者の剣とは勇者そのもの。


 そしてそこに立っている男の分身こそが、勇者の塊。




「さぁ、あたしは勇者として働くのは疲れたの、あなたがやってね勇者様」




「必殺:勇者代行よろちくね」




 俺は心の中から爆笑していた。


 勇者テニーいやテニーは勇者としての役割を放棄した。


 勇者そのものになった分身がにかりと笑った気がした。




「ふふ、空間事ぶち壊してあげますわああ」




「それだから彼には効かないわ」




 勇者はゆっくりと散歩するかのようにスキップを始めた。


 周りの空間がせまり押しつぶそうとする。


 しかし空間そのものが勇者をスルーする。


 あらゆる空間のひずみも、あらゆる事象の変化も。


 全ての攻撃をスルーする。


 いや勇者という世界に干渉できない。


 いわばそこにあってそこに無い状態。




 一方でテニーは床に座って勇者を応援していた。


 まるで国王に謁見する勇者テニーを応援する人々のように。




「こ、このなんだ。これは、聞いたことがないぞ、というか、計算が、くるって、パラレル理論では、いや、これはこうか、この理論化、いやまて、数学上では、いや文学的にはどうだ。理論はどうだ。どうすれば、もうあああ」




 勇者の剣、それこそが物体であり、知帝の心臓を貫いていた。


 本人はただ座ってみてるだけ。


 勇者は知帝の心臓をその剣で貫き、次の瞬間に死体は爆発していた。


 魂がふわりふわりと浮きながら。俺の口に飛んできて吸収された。




 右手で勇者テニーの肩を叩いた。




「ご苦労さん」




「あたしは何もしていない、彼がやったのよ」




「それでも君の力だ」




「少しゆっくりさせて」




「もちろんだとも、その力はきっと疲れるだろうから」




「ん、だね」




 勇者テニーは曇り空から覗いた青い空の真上に輝く太陽のような笑顔を向けてくれた。




【なんだか不思議な物語ですね】


「そうだな、ゴースト、昔は女が勇者になるなどありえないとされていたんだ」




【そうですか、そのような勝手な決めつけが人の成長を阻むとまだ分からないのですね】




「人は偏見を持つ、これはこうだとかあれはああだとかな」




【そうですね、最後はオーディン殿です。とても激烈な戦闘になっている模様です】




「ああ、なるべく近づきたくないものだ」




【それでもあなたは彼等が何のために戦い、何の為に生きるかを知る必要があるのですよ】




「それもそうだ」




 俺は魔帝と戦うオーディン先生の下へと向かった。


 ここは何もない床石だけの階層。


 真ん中にはテーブルがあるだけ。


 その四方で俺達は戦っている。




 爆発という音が響く。


 それは人には出来ない魔法でもある。


 魔法が次から次へと炸裂する。


 その音だけで俺は憂鬱になった。


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