第7話 もう一人の地獄王

 俺達は899階をクリアし、898階層に行こうとしていた。


 今は桃色の神の女性の勇者の問題を解決する必要がある。




「おい、起きろ」




 俺はシンプルな村娘のような衣服をまとった桃色の髪の女性を見ていた。


 先ほど死神リナが使用していない衣服を着させてあげたのだ。


 しかしその女性はずっと眠りこけている。 


 女性という年齢ではなく、俺と同じ位の年齢だと思われる。


 勇者フェイブとぱぺっとぱぺっとの融合体の転生体。


 こんなものは小説でしか知らない話だった。




 ぺちぺちとされた女勇者がゆっくりと目を覚ました。


 そしてこちらを見て、そのまままた寝た。




「寝るなぼけ」




「うるさい、眠たいの」




「ここで寝たら死ぬぞ」




「死ぬのは嫌なの」




「名前は?」




「あたしはテニー、それしか覚えてない、しいて言えばあたしは女勇者よ、でも本当の名前は別にあった気がするんだ」


「おそらくそれがフェイブだな」




「フェイブ? なんだか懐かしい名前だわ」


「君はぱぺっとぱぺっとのモンスターと勇者フェイブの融合体で転生体だ。フェイブが男性なのか女性なのかは知らないが、とにかくお前は女性として違和感はないのか?」




「うん、しっくりくる。あたしの記憶には沢山の戦闘スタイルが眠ってる、きっとあなたの役に立つ、力を合わせてここから脱出しましょう」


「それは賛成だ。魔眼で見させてもらうぞ」




そこに表示されたレベルは【勇者テニー:レベル500】




「うん、問題なさそうだぞ」




「リュウフェイ殿、上の階層は結構やばそうな感じがします」


「ああ、ジャックもそう思うか」


「なんだろうか、このわても恐怖に打ちひしがれてるよ」


「不思議と絶望を感じないのよ、あたしは」




 4人が呟くと。




【では扉を開けましょう】




「ああ、ゴーストの声よ従おう」




 俺達は扉をゆっくりと開いた。


 何もない空間に一歩踏み出すと、後ろの扉は消滅した。


 目の前に広がる地獄に、俺は絶句していた。




 赤黒い溶岩に濡れた岩場がいたるところに存在している。


 大勢の人間の魂達が悲鳴をあげている。


 溶岩に溶かされながら、溶岩事態に飲み込まれている。


 そこは無限地獄だった。




 広さは無限に広がっており、最果てがないかのようだった。


 俺達はただひたすら出口を探して歩き続けた。




「ねぇ、とても薄気味悪いわ、リュウちゃん」


「ああ、やばいな、あの人間達の魂は救われないのか」


「無理ね、あのマグマに入る必要があるから」


「そうだな」




「殺意を感じる。とてもとても深い殺意、怒りを感じる」


「テニーも感じるのか」


「うん、とても大きな、莫大な力を」




【非常にまずいですね、もう一人の地獄王がいますよ、おかしいです。彼は人間には干渉しないはずですが】


「彼とは?」




「わたくしの事ですかな?」




 それは突如として降ってきた声であった。


 空にふわふわと浮いている2枚の翼。


 黒と白の翼。


 顔立ちは俺から見てもほっそりとしたイケメンだった。




「る、ルシフィル様」




「おお、これはこれは、死神リナさん、あなたはなぜここにいるのですか? 最強の死神になる為に天使界から堕天したと思いましたよ? ガブリエルよ」


「その名前は捨てましたわ」




「さて、死神リナさん、わたくしを倒す気でいる。勝気な少年をなんとかしてください」


「それは出来ません、あなたこそ堕天して地獄王になったという噂を」




「ふふ、それは誤解ですよ、世界を亡ぼす為に堕天したらこの地下ダンジョンに封じ込められましてな、あの老人にはまったく頭が痛い。この階層にいるので探していたら、あなたのような人と出会えました。どうです? わたくしのシモベになりませんか冒険者リュウフェイ」




 俺はその光景を見ていた。


 魔眼で奴のレベルを把握した時に絶望を教わった。


 それは【地獄王サタン:レベル10億】と表示される。もはや0では表示されないようだ。




「断る。俺はお前をぶっ倒して、次の階層にいく」




「ふふ、これだから、人間はいつも罪を重ねていく、いいでしょう、このわたくしが相手しましょう」




「テニー後ろに下がっててくれ」




「うん、死なないで」




「ジャック喰らうぞ」


「御意でござる」




「死神リナ、武器化だ」


「はいさ」




 右手に長大な剣が出現する。形は少し変形していた。


 魂のオーラをほとばしらせながら、剣はまっすぐと突き刺すように10メートルは超えていた。


 死神の鎌も変形を辿り、まるでお月様のような黒々しい鎌に変形していた。




 地面を蹴り上げた。 


 後ろで土埃が舞い上がり、跳躍して見せた。地面が陥没する音が聞こえる。


 空中に飛びながら、ルシフィルはにやりと笑い、右と左の腰から双剣を引き抜いた。


 右手と左手を起用に動かして双剣を回転させながら、魂の剣と死神の鎌を弾いた。


 その時斬撃が両方の胸を抉っていた。


 即座に無敵の壁と頑丈を発動させていた。


 それでも俺の両方の胸から血が噴出し、地面へと吹き飛ばされた。


 そこに溶岩が無いことは不幸中の幸いだった。




 俺は地面を転がった。


 激痛だ。味わった事のない激痛。 


 それでも。それでも。




「ああ、痛くねーよ、心の痛みに比べたら全然いたくねーよ」




「大丈夫ですか、リュウフェイ殿、死にますよ」


「無理しないで、リュウちゃん」




「ここで無理しないでいつ無理すんだよ、それにな、俺はバカなんだよ」




 地面を蹴り上げた。


 体が宙を舞いながら、ぐるぐると回転を始める。


 そこに雷気を発動させる。全身から雷がほとばしり。




「喰らえ、落雷の魂剣だ」




 魂と雷の融合。




「ほう、これが人間にしては強いな、さすがはここまで来ただけあるなぁ、だが、人間は人間のままだ」




 ルシフィルは全身で雷を喰らった。


 しかしびくともせず、にこりと笑っている。


 こちらを指さすと。




「天使の羽よ、敵を殺しなさい」




 ルシフィルは異空間から無数の天使の羽を召喚した。


 それが俺の体めがけて飛んでくる。


 全身を貫く天使の羽。


 痛みなんて痛みなんて。




「うぉおおおおおおお」




 それでも俺は前を見続ける。


 いつか地上に出る。 


 最強の冒険者になって、色々な各地を仲間達と渡る。


 ここで俺が死ぬと言う事は、伝説のジャックも死神リナも女勇者テニーも救われねーじゃねーか。






「それでも」




「もういいよ、そんなに苦しまないでね」




 そこには女勇者テニーがいた。


 いたのだがその顔は見えない。


 彼女は俺を背負っていた。


 俺の右手には小さくなった魂の剣と、左手には小さくなった死神の鎌があった。




「時には逃げる事も大切」




 俺は失われていく意識の中。


 ただ笑っているルシフィルの声と。


 優しく大丈夫だよと呟くテニーの声だけが響いていた。




 意識はまっくらになった。


 それが俺の生まれ変わる瞬間だったんだ。




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