6話

ハッ!!


急に君島さんが動くもんだから、僕はビクッとしてしまった。


「あー、ごめんごめん。えーと、なんだっけ?」


「君島さん、それは酷いよ」


「え。あー!うそうそ!聞こえてたよ。全然聞こえてました!私に見惚れたって話ね。おけおけ」


「って。」


君島さんは僕に近づいて…


「それが話聞いてない理由になるかー!!」


頭を叩かれた。


「いった…痛いです…」


「君が話を有耶無耶にしようとするからでしょー」


君島さんはもういつも通りの君島さんだった。

それが何だか心地よくて僕は思わず笑ってしまった。


「何笑ってんのよ、おもろいところじゃないぞー」


「ごめん…でもなんか。いつもの君島さんに戻ってよかった」


「…。あのね、聞いてなかったのは事実なわけだし怒ってるっちゃ怒ってるからね。君が変なこと言うからなんか、私が拗ねてるのバカみたい。って思っただけ!それだけ!」


「僕もそれなり恥ずかしかったのは分かってくれると嬉しいです」


「分かるよ、顔に出てたし」


「確かに…。出やすいかも、顔に」


僕と君島さんは笑っていた。

まさかこんな関係になるなんて、思ってもみなかった。けれど今はこの関係が心地いい。


「で、さっきの話だけどね。しょーがないからもっかい話すね」


「私の両親ってさ、離婚しててね」


そう君島さんは笑いながら言うもんだから僕はどういう表情で聞けばいいのか分からなかった。少なからずこの話は笑い話ではないと言うことはわかった。


「お母さんってさ、凄い綺麗な人なの。てゆーか、綺麗じゃないといられないってカンジの人なのね。それで整形いっぱいしててさ、整形が悪いってわけじゃないんだけどね。お医者さんに依存してるって言われたの」


「お母さんが整形依存ってこと?」


「そそ、それでお父さんも何とかやめさせようとしてたんだけどお母さん言う事聞かなくて。それで私が小学校入る頃に離婚しちゃったの」


僕は君島さんを見つめ頷く。

僕にとっての精一杯の聞いているアピールだ。


「お、ちゃんと聞いてるね〜。もうちょっと続きあるから聞いてね」


一呼吸置いて君島さんは続けた。


「お母さんはね、口癖で『私老けたな〜』ってよく言ってたんだけどなんでなんだろうって思って一度だけ理由を聞いてみたのね。その時お母さんなんて言ったと思う?」


「いや…、わからない」


「正解はね…『綺麗なじゃないとパパに嫌われちゃう』でした」


「つ、つまり…お母さんさんはお父さんのために整形してたってこと…になるよね」


「そう!お母さんはお父さんにずっと綺麗な姿を見て欲しくて整形依存になっちゃったの。それから私は時々考えるようになったわけ。私も大人になったらこんなこと考えるのかな〜って」


「それでアバター化、なるほど…」


「データは意図的に変えないと変わらないものでしょ?すごくいいなって思ったわけ!100%私ってわけじゃなくても今の私。変わらない私ができればそれが一番だったの」


君島さんは心底嬉しそうにしていた。

けれど僕には引っかかることがあった。


「でもそれって結果的にお母さんと同じような…」


「なんか言った?」


「えーと、だから。変わらないってのは無理だと思うってことを言いたくてですね…」


「…」


君島さんは黙って僕の言葉の続きを待っているようだった。


「アバターはアバター。君島さんは君島さんじゃないですか。そこは一番大事だと思います。今の君島さんがアバターとして保存されるのはいいと思います。けど、君島さんは君島さんとして生きていて変わっていくものだと思います。そうあるべきだと…」


ここまで言い終えて、思う。

今の自分がとても偉そうで、当事者の君島さんでしか分からないことがあるはずなのに。分かった気になって。


「いや、ごめんなさい。君島さん、今のナシで…」


君島さんは、にへらと笑ってくれた。


「ナシにはできないよ。当たり前だけど大事なこと言ってくれたし」


君島さんは僕の肩を叩いてそう言った。


「さっきのさ、あとちょっと続くんだけどね。」


「私、こういう思考ロック?って言い方正しいか分かんないんだけどカチンってなっちゃうことあるの。で、ある程度過ぎて冷静になった時、みんなとの差を感じるわけ」


「私が意地張って逸らしてきたことが後で私の首絞めたりしてさ。その間にみんなはこの問題を超えて先に行くじゃん。悲しぃーんだよね。普通に」


『私は、私の知らないうちにみんなが変わっていくのが怖いの。取り残されてるって自覚したくないの』


覚えていなかったはずの言葉が蘇る。

あぁ、なんだ聞こえていたのか。

僕の頭のアーカイブはおかしいみたいだ。


「単純に臆病なだけ?っていうか。変わるのが怖いんだよねーダサいよね」


君島さんは自虐的に小さく笑う。


「しかも、逃げ道がアバター化して私を保存しようって…今思うとアホっぽいね」


「アホ…ですか」


明らかにテンションの下がった僕の声を聞いて


「あ!ごめん!いや!まじで!ごめん!今のナシ!」


と、君島さんは慌てていた。

僕は意趣返しというほどでもないけれど言いたいことがあった。


「ナシにはできないですよ。当たり前だけ…」


「だぁーーーっ!それ以上はやめなさい!」


君島さんは僕の言葉を遮る。

僕は笑う。


「ははっ…でも、芯があるっていうのはすごく羨ましいです。僕はずっと流されて生きてきましたから」


「芯がある、ね。」


君島さんは僕の言葉を噛み締めているみたいで。

その姿がとても素敵で、僕の心はもう君島さんに虜だった。


「君といると、私変わるの怖くないかも」


………


やっぱり彼女は突然が大好きなんだろう。


「さいですか…」


それが僕にできた精一杯の返事だった。


「何、さいですかって…おもしろ」


そうやって鼻にかけたように笑う君島さんのことが、僕は好きみたいだ。


僕らがこうやって話すようになったのも、変化の内に入るのならば、これから先はどんな変化が待っているのだろうか。僕は『君島茉希』という女性に対してどんな変化を齎すのだろうか。

僕は君島さんにとって何になるのかは分からないけど…彼女の側にいれれば僕はそれだけでいいのだろうな、と漠然と思った。


ただ、確実なのは


アバターに保存した彼女は、ここにはいない。

ここにいるのは、君島茉希。その人だ。


                  終

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ねぇ、私なりたいの。 うづきはら @uzukihara_mai

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