#12 これくらいの筋トレで情けない奴め〈秋乃視点〉
あ〜あ。やっぱり素性はバラせば良かったなぁ。後悔先に立たずとは言うけれど、今さら『実はオタクでした〜そのラノベ借りずとも九巻まで持ってま〜す』なんて
なんなら、コミカライズされた方も全部買い揃えていま〜〜す、なんて。
彼って、ラノベは読むけれどコミックは全く読まないみたいだから絶対に馬鹿にされる。今さら言い出しにくいなぁ。
『お前オタク中のオタクじゃねえか。よくもまあキモイだの、クソオタクだの言ってくれたな』
って切り出されるのが目に見えているじゃない。
ああ、死に戻りしたい。なんなら、茨城に来る前日に死に戻りたい。オタク丸出しで接していればこんなことにならなかったのに。
だって、好きな人でかつ憧れの春高さまの前でそんな勇気出せるわけないじゃない。春高さまがオタクだなんて充希先生も春夜先生も教えてくれなかったもの。
社長だって……春高さまについては触れもしなかったじゃないですか。『春高は
わたしがどれほどまでに楽しみにしていたと思っているんですか。酷いです。鬼です。悪魔の化身です。
オタクになれ、と
「なに
「わ、分かってるわよ」
と、椅子から立ち上がった瞬間、目の前を子供が横切り
二の腕を力強く引かれて、肩が春高さまに密着した。
細いくせにすごい力……しかもわたしの反対側の肩まで抱き寄せられて……反動で反対側に転ばないようにしてくれた。
なになになになになになに!?!?!?!?
これってどういう状況ッ!?
あれ、わたし……春高さまの腕の中で……え? だ、だ、抱かれているのッ!?
何がどうなっているの!?
筋肉質な身体で……ダンスやっていないなんて嘘じゃない……。
「なあ? お前さ。練習さぼってるの? 体幹がコンニャクなわけ?」
「ひゃ、ひゃいッ!!」
優しすぎて
デレている場合じゃないっ!! これじゃあ本当にチョロインじゃないのッ!!
「や、やってるわよ。ただ、ここ二週間くらい……できる環境がないだけで」
「……もしお前がしたいなら付き合うけど?」
「ひぇ!?」
つ、付き合うって……なに? 告白……なわけないでしょッ!! もうバカバカバカッ!! どれだけラノベ脳なのよ。
「ただし、俺は踊らない。基礎トレだけ。あとはアシスタントに徹する。それでも良ければバイト先に連れて行くけど?」
へ?
バイト先? バイトってダンス関係のお仕事なの?
もしかして……春高さまのバイトって、充希先生のスクール……?
「バイト……なんてしてるの? 意外……」
「どうなんだ?」
「行く、行きます行きますっ!!」
「ツンデレのチョロインかよ。ああ、それと、俺に何も言うな、
「チョロインでもいいから連れてってくださいっ!!」
「……お前、相当キモい奴だな」
やったぁ!! ダンスできるし、鈍った身体を引き締められるじゃん。それに。
春高さまのダンスが見られるかも?
踊らないなんて言って、実は少しくらい振り付けしてくれるなんてことも期待していいのかな? いいのかな? ねえいいのかなぁ♡
ぐへへへへへっ!!
おっと、
悪いことばっかり続いていたから、神様がその埋め合わせしてくれたんだっ♪
嬉しいなぁ。春高さまと一緒に汗を流せるなんて♡
「それでいつ行くの?」
「今夜だ。あれ、言っていなかったか? 八時から俺はバイトだ」
「……へ?」
「だから、あんまり長居できねえんだよ」
きゅ、急すぎる〜〜〜〜っっっ!!
こ、心の準備ってものが。イヤだよ。いきなり踊れなんて言われても、春高さまの前で
それで帰ってくるなり準備をして徒歩で移動。再度バスに乗って一〇分。
やってきたのはダンススタジオ。春夜先生と充希先生の運営するスクールなんだけど、先生二人の実力は相当なもの。月に何回か東京に足を運んでプロに振り付けを施す強者でそのカリキュラムにも余念がないと
ガラスの引き戸を引くと、中には三〇人くらいの生徒が各々ストレッチをしていた。
って……クラスメイトもちらほら。同じ学校の見知った女子も多い……。
あちゃー。これは想像していなかったなぁ。気まずい。
「あら。秋乃ちゃん。いらっしゃい」
「すみません。お邪魔します」
「春くんが連れてきたの? 珍しい……」
「こいつの体幹がコンニャクだから、ちょっと鍛えてやろうって」
……春高さまの目がなんだか、とても、すごく、
な、なに? そ、その悪魔が魂の取引をするときに一瞬見せるような嗤いとも言うべき表情は……。
「ほどほどにね? いくら秋乃ちゃんだからっていつものはダメだからね?」
「分かってるって」
「へ? な、なんですか、その……充希先生?」
春高さまに手招きされて、隅の方で突然始まるプランク大会。肘をついて足を伸ばすだけの単純な体勢なのに辛いやつ。
それを……六分!?
それも一〇セット!?
「ちょ、ちょっとバカじゃないのッ!?」
「なにが?」
「プランクだけで一時間とかあり得ないんだけど?」
「なら三〇分で残り三〇分はサイドプランクな」
「……」
いや……正気じゃないのよね?
嘘でしょ? わたしをからかっているだけなのよね?
ねえ、自分だってそんなことできないよね?
プランクというのは腕立て伏せの体勢で肘から手のひらまでをべったり床につけて、後は足の先のみで立つ体幹トレーニングなんだけど、普通は三分を三セットくらいでも十分辛い。
それを六分とか。しかも一〇セット? どんだけ筋力バカなのよ。
「あ、あなたオタクなんでしょ……」
「筋トレ好きのオタクだ」
……しかも、さっき買ってきたラノベを読みながらプランクをするという離れ業を披露してクラスメイトから冷たい視線——じゃない!?
熱視線を浴びている!?
みんなストレッチをしながらヒソヒソ話しているじゃない。
「かっこいい」だの、「やっぱり筋肉が違う」とか。
抱かれたい?
は?
こ、このオタク……もしかして隠れファンが多いとかッ!?
誰一人として声を掛けようとか、近づこうとする者がいない……。
そうか。わたしにだけじゃないんだ。
近づく者すべてに毒を吐き、
だから誰ひとりとして、クラスでも近づけない……。
絶対にそうに違いない。
……なんでそれでモテるのよ。矛盾してるじゃない。
いや、待って。もう腹筋が限界……。
春高さまは……か、顔色ひとつ変えていないッ!?
「どうした〜〜? いつもの威勢はどこにいった?」
「だ、大丈夫に決まってるでしょ」
「そっか。ならいいや」
……ラノベに脳内VR体験していらっしゃる……。
それにしても身体の芯がまったくブレていないって、おかしくない?
ようやく三分……。
一回だけでもこんなにきついのに、これをあと五セットで、残りはガチで死ぬサイドプランクって……。
「あ、あのぉ……振り付けとかダンスはしないの……?」
「条件その一」
「あぁ……」
ふ、腹筋が笑い始めた……。
た、助けてぇぇぇ。
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