#10 デートに誘ってみたけどどうかなぁ……。




翌日の放課後はこともあろうか、秋乃がとんでもないことを言ってきた。面と向かって話すのも目立つゆえにか、わざわざラインを送ってきやがって。俺のスマホを内部からびさせて腐らせる気満々じゃねえか。



『ドラッグストアにどうしても今日行かなきゃ行けないんだけど、付き合って?』



既読スルーしてやろうかと思ったけど、ぞんざいに扱いすぎればまた『充希先生か飛鳥さんに言いつける』とか言い出しそうな雰囲気だったので、適当に返事を返した。



『無理。今日はラノベの新刊買いに行く』



俺だって暇じゃない。クラスにも一人や二人付き合ってくれる奴だっているだろう?

あえて俺が付き合う必要もない。それに今夜はバイトが入っている。

早く帰らなければならない。

だけど、やっぱり新刊が気になるからイオンの本屋にでも寄って帰るかな、と思いつつ返信して廊下に出ると運悪くヒソヒソ話が耳に届いてしまった。耳をそばだてるわけではないけれど聞こえてきてしまったものは仕方がない。

女子二人が教室の外の掲示板に連絡事項を貼っている途中のようだ。

二人ともこちらに背を向けているために、俺の存在に気づいていない。



「氷雨秋乃って調子に乗ってない?」

「思ったそれ。あいつユッキーをイジメて活動休止になったんでしょ。ありえなくない?」

「性格悪いんだよね」

「そうそう。それにほら、倉美月くんと従兄妹だって……ふざけんなって——あっ」



どうやら秋乃のこの学校での下馬評は、世間にとは裏腹に覆されたと思いきやそうでもないらしい。

俺が何食わぬ顔で通り過ぎると、二人は口をつぐんだ。

従兄妹いとこの俺ですよ。別にあいつのことなんと思おうと俺には関係ない話。ほら、もっと罵詈雑言を吐き出せ。なんなら、俺が聞いてやってもいい。



「ん? どうぞ? お話の続きを」

「え?」

「……い、いや。なんでもないよ」



臆病者め。こんなオタクに臆するとか笑止。俺に精神攻撃は効かないからな。

それとも、俺が秋乃にチクるとでも思っているのかよ。そんなことしねえよ。

俺は無口で知的なキャラだからな。

だがな。本人がいないところで陰口を叩く姿は——醜いな。



「……ふぅ」



歩きスマホはいけない。立ち止まって秋乃にラインを入れる。あいつ既読つけたままスルーしやがって。



『仕方ねえから付き合う。イオンだ。その代わりタリーズのモカマキアートおごれ』

『ほんとにいいの? うん、おごる』



あれ。チョロインじゃないよな?

これだと俺がヒモみたいじゃないか。やっぱりおごってもらうのはナシ。それに、よく考えたらドラッグストアなんて一人で行けば良くないか?

わざわざ目立つようなことしたがるアイツの気が知れない。



正門坂下から少し進んで、大通りに差し掛かってすぐのバス停に秋乃は立っていた。遠目で見るとやっぱり悄然しょうぜんとしていて、学校にいるときや家で俺とののしり合っているときとは雰囲気ががらりと違う。いったい何を悩んでるんだ?

やっぱり、スキャンダルのことを……バッカじゃねえの。

自業自得だ。アホが。



いや、それを判断したいから話してくれねえかな。

俺から訊くのもなんだかお節介だろうしな。

首突っ込んで何してんだって話になるし。



「待たせたな」

「うん。バス停ってここで合ってる?」

「大丈夫だ。ただ、俺とイオンなんかに行ったら——」

「従兄妹の買い物に付き合ってもらっているのってそんなにおかしいこと?」

「……いや。おかしくはないけど、普通に考えてキモくね?」

「キモいのはあなただけで、わたしにいわれはないですけど?」

「はあ? キモいのはどっちだよ。このチョロインがッ!!」

「誰がチョロインよ……わたしがそんなにホイホイ誰かに惚れるとでも?」

「……チョロインって単語知ってるのか?」

「ふぁッ!? な、なにチョロインって。し、知らない、なんなのソレ!? は、初耳よっ!?」



オータマ——もとい氷雨秋乃という女は、冷たい双眸そうぼうで画面越しに俺たちを射抜く怜悧れいりな少女のイメージだ。プライベートも上品な紅茶を飲みながら純文学や哲学を読み漁るような印象を持つ——かのように思える。

そんな秋乃がラノベを読むとは思えない。

チョロインという単語を知っているなら……オタクとは言わずしもそういう類の書籍もしくはウェブ小説を読んでいる、もしくはネットで情報を得ていることになる。



問いただしてイジり倒してやろうと思った矢先にバスが到着してしまった。ガラガラの車内は座席を選びたい放題。前方の二人がけの席に腰掛けた秋乃は「そういえば」と、今までの会話など存在しなかったように話題を俺に振ってきた。



「今日も……みんな帰り遅いの?」

「ああ……飛鳥さんは帰ってこないし、父さんと母さんは今忙しいらしいから午前様になるかもな。ああ、俺も……夕飯食ったら出掛けてくる」

「……そうなんだ」



イオンに着くと、とりあえず一階のドラッグストアに秋乃を連れていき、「じゃあ、用事が全部済んだらラインくれ」と言ってきびすを返したところで——危ねッ!!

秋乃が俺の袖を思い切り引いた。いやいやいや。

お前は何がしたいんだッ!?



「タリーズおごるって約束。買い物すぐ終わるからそこで待っていてよ」

「イヤだ。女の買い物でしかもドラッグストアなんて待ってられるかって」

「すぐに終わる。買うものは決まっているんだから。待っていて」

「……なあ、聞いていいか?」

「なに?」

「お前、俺のこと好きだろ?」

「ひゃッ!? は? あ、あり得ないんだけどっ! な、なに言っちゃってるの。バカなのっ!?」

「いや、揶揄やゆだけど? キライキライって言って本当は好きなんだろってからかっただけなんだけど? そんな本気で否定されると……ってばーーーーか。俺もお前のことキライだッ!! ほら、とっとといけ。五分だけ待ってやる」



あいつ……置いていかれたら迷子になるパターンだよな。ったくガキじゃねえんだから。

待てよ。ここで俺が見捨てれば秋乃は延々とイオンを彷徨さまよい、迷子の放送をされて学校一恥ずかしい奴認定されて無事死亡じゃないか?

そうなれば、ユッキー様の仇の数パーセントくらいは討てるのではないだろうか。

なかなか良い案だ。



だが、実行する前に秋乃は帰ってきてしまった。真っ黒のエコバッグに商品を入れて、中身は絶対に見られたくないのだろうか、かたく口を閉じている。

しかも、若干息を切らしているところを見ると、やっぱり——。



「秋乃って方向音痴なんだな?」

「……は?」

「俺に置いていかれたくないからって、お前さすがにスマホとかあるだろうし、迷子はないだろ〜〜〜」

「なんの話?」



とぼけやがって。まあいい。なかなか良い弱点を発見してしまった。



「はい、次は本屋さんでしょ?」

「……別にいい。俺の趣味をお前にひけらかすつもりはないし。新刊の発売日だからって今日買わなくてもいいから」

「いいから。ほら、本屋はどっち? 行くよ」



それにしてもうちの高校の奴らのたまり場かよ。帰宅部どもが恋人ごっこをして放課後デートなんてしやがって。今すれ違ったやつなんて手を繋いでいやがった。

こんな明るい場所でなにやってんだか。

青春という恥にまみれた可哀そうな奴らだ。


それにしても、秋乃と一緒にいるだけでこんなに注目されるとは。

相手が俺で悪かったな。秋乃とは不釣り合いだよ。どうせ。



本屋に着いたところで、秋乃は「ちょっとわたしも見たい本があるから」と言って店内に消えていった。俺もラノベを探しに行かなくちゃな、と思いつつ目の前の書架が気になる。こちらに向けて、半裸の女が艶かしく表紙を飾っていた。



いや、グラビアが気になるんじゃなくて——。



『月下には雨。踊る妖狐 オータマとユッキーの確執』



デカデカと見出しに書かれた挑発的な文言。だが、その下に書かれていた言葉に目を疑った。



『天野星陰は無類の女好き 花月雪と同棲疑惑!?』



は?



同棲ってなんだっけ?

同棲って同じ屋根の下に住むことだよな?

花月雪——ユッキー様って確か……一八歳だったか。

天野Pとの年の差……三〇歳か。

三〇歳って、その年の差で俺の年齢埋まらないくらいなのに?

なんなら、天野Pって父さんの年齢よりも遥かに上だったのな……。



ユッキー様は秋乃よりも年上で、けれど秋乃よりも幼く見える童顔のプリンセスなんてイメージを纏っている。ほがらかな春のような優しい歌声で、男の陰なんてあるまじきキャラで。

それでいて、代表曲『NO FUTURE』で踊るユッキー様は狐面の下に和風なメイクをしていて、それが大和撫子のような風体で。



あれ。俺、ユッキー様を好きだったんだよな。

すげえショックだわ……。

別にユッキー様と付き合いたいとかは思っていたわけじゃないけど、熱していた心に冷水をぶっ掛けられて急激に冷まされた感覚に近い。

別にユッキー様が誰と何をしようと俺には関係のない話。

けれど……これはラノベのNTRジャンル——違う。純愛のラブコメだったのに突如読者を裏切り寝取られてしまったストーリーに似ている。

感情移入していたヒロインが、なんの前情報もないままNTRされて汚されて堕ちていくようで。




週刊誌を手にして……内容を震えながら読んだ。




ボカロPの天野星陰あまのほしかげは、紛れもなく天才音楽家だ。

一つの枠に収まることなく様々なアーティストに楽曲提供をしていて、手掛けるユニットはどれも人気絶頂。その影響力も相まって女の影が耐えない。

それまで付き合っていたアーティストと破局を迎え、次の相手は自らがプロデュースする『月下には雨。踊る妖狐』のユッキーこと花月雪。

仲睦まじく買い物袋を持ち、腕を組みながら同じマンションの中に消えていった。

二人とも、そのまま朝まで姿を表すことはなかった。



記事の内容をつまんで話せばそんなところだ。



胸に虚空こくうが漂い、心臓から上る血流は煮えたぎって脳を溶かしていくようだ。

こんなの嘘だ。でっち上げた。ユッキー様に限ってこんなことあるはずないだろッ!!




でも……撮られた写真は仲睦まじく腕組みをして歩く二人の姿。

花月雪の顔は……楽しそうに口元を緩めていた。




俺……もう生きるかてがないや。

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