第32話「修行」

 ベルたちが火竜リントヴルムの住処すみかを抜けようと坑道を進んでいるころ、ハルトムートは新たなパーティのリーダーとして、非常な驚きに直面していた。


 前衛となるカミルは、ギフトにより黄金に輝く長剣を縦横にふるう。

 攻撃の範囲も広く、ハルトムートの指示への反応速度や判断の速さも申しぶんなかった。

 その後ろに続くマルティナは、ギフト専用武器『マウザー・リボルバー』の性質上本来なら後衛に控えるはずだったが、ベルに教え込まれた『べオウルフ式戦闘術』の運足うんそく・体術を駆使し、近接から後衛まで幅広いディスタンスで戦う。

 この二人の連携は見事で、ほとんどの相手は釘づけにされ、あるいは倒された。

 その最後方に控えるハルトムートは余裕をもって戦闘の全体像を把握し、二人への指示を行うことができる。

 そして、彼独特の正確な呪文詠唱はどんな敵にも邪魔されることなく、地水火風すべての精霊力を駆使するバラエティ豊かな魔法として発動し、チームの戦闘力を確実に数段階引き上げていた。


「そこまでだ」


 範囲を正確に限定した炎属性の攻撃魔法をハルトムートが展開した時点で、ヴァレンシュタインは実技戦闘を止める。

 対戦側のパーティに細かい指導を行った後、杖を突き、ハルトムートの前に立って胸に杖先を突き付けた。


「指示が遅い。パーティ戦闘の基本は連携だ。貴様の指示一つで全滅することもある。常に遂行可能な五つ以上の選択肢を考え、その中から最もものを選べ」


「効率のいい……ですか?」


「そうだ、勝てるのは必須条件だ。そこから大迷宮の探索では継戦能力が重視される。常に余力を持て。楽をしろ。楽をするための努力を惜しむな」


 今までに習ったどんな教師レーラーたちの言葉とも違うヴァレンシュタインの言葉に、ハルトムートは一瞬の戸惑いを覚える。

 しかし、その言葉をかみしめると、とても腑に落ちる言葉だった。


「返事は」


了解しましたヤヴォール!」


 常に五つの選択肢を考える。

 それは非常に難しい課題だ。

 それでもハルトムートは、今のパーティの能力ならば、努力次第で不可能ではないと思えた。

 次にヴァレンシュタインはカミルとマルティナの前に歩を進める。

 まずカミルを見て、次にマルティナに視線を向けると、ふんと息を吐き、自分のあご先を撫でた。


「貴様はロバートから軍隊戦闘術ベオウルフの基礎訓練を教わっていたんだったな」


「はい」


「スジは悪くない。基礎練習を続けろ。ただし練習時はこれを身に着けて行え」


 副官に指示し、装備を運ばせる。

 重そうな鎧と刃のないなまくらの剣を渡され、マルティナも困惑することになった。


「あの、教官レーラー


「なんだ」


「わたしの武器はこれです」


 そう言って『マウザー・リボルバー』を持ち上げて見せる。

 美しく輝く黒鉄くろがねの銃身が、太陽に反射した。


「ほかの武器の練習をするより、この武器の練習をしたいです。それから反応速度の落ちる鎧もつけたくありません」


 普段のマルティナからは想像できない、確固とした己の意思。

 驚いて振り返ったハルトムートは、ちらりと視線の端に映ったヴァレンシュタインの顔が、かすかに笑っているのに気づいた。


「基礎練習ってのは型だ。だが、ただその動きをまねればいいってもんじゃねぇ。一つ一つの動きの意味を知り、何のための動作なのかを理解しなきゃ、いつまでたってもモノにならん。その装備はそのための重しだ。先へ進みたければ言われたとおりにやれ」


「……了解しましたヤヴォール


 返事に一つうなずいて、ヴァレンシュタインはきびすを返す。

 次は自分の番だと身構えていたカミルが一歩前に出たのと同時に、振り返りもしないヴァレンシュタインはもう一つ、マルティナに指示を出した。


「それと、そいつにも軍隊戦闘術ベオウルフの基礎訓練を教えてやれ」


「え? わたしはまだ人に教えるような実力では――」


「基礎練習の内容を言語化することは、自分自身の理解に役立つ。やれ」


 マルティナの言葉を遮って、ヴァレンシュタインは命令する。

 カミルとマルティナの「了解しましたヤヴォール!」という返事を聞きながら、ヴァレンシュタインはいつものごとく自室へ下がる。

 副官の「以上! 解散!」という声とともに、ハルトムート隊は、彼らの裏庭へと移動した。


「よろしく頼む」


 鎧を身に着けようと四苦八苦しているマルティナに、カミルが頭を下げた。

 パーティ結成時に「誰ともよろしくするつもりはない」と断言した彼の態度に、ハルトムートは「へぇ」と面白そうに笑った。


「あ、はい! あの、いっしょにがんばりましょう!」


 まずは基本姿勢からと、両足を肩幅に広げ、少し腰を落とし、左手を腰に据えて、右手を目線の高さまで上げて見せる。

 相対するカミルもその姿勢をとった。


「同時に呼吸も合わせるんですが……あれ?」


「どうした」


「あ、いえ……なるほど……」


 ヴァレンシュタインに渡された鎧と剣を身に着けると、殴り・蹴り・身をかわすためと思われた基本姿勢には、まったく別の意味があったのだとマルティナは気づいた。

 腰に添えた手は、剣の鞘を持ち、いつでも攻撃に移れるようになっている。

 基本姿勢から右手を一度腰まで戻す動作は、急所をカバーするためではなく、剣を抜く動作なのだと知った。

 腰を落とした姿勢は、鎧の重さをなるべく打消し、スムーズな動作のために必要。

 ベルがいつも言っていた「一撃で相手を倒す必要なんてないだ、とにかく当たればいい。目や正中線ならなおいい」という言葉も、武器を持ってこそ意味を持つのだと理解した。


「じゃあ、まず基本姿勢一時間からです」


 この短時間で一気に理解の進んだ基本動作の一つ一つに、新しい感動を覚えながらの練習は数時間続く。

 今まで現世代学園最強の名をほしいままにしていたカミルは、その日の練習を完遂したが、マルティナの「初日なので軽めで……これくらいにしておきましょう」という言葉と同時に、白目をむいて地面に倒れた。

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