後編

 さてそれから更に茶番が続いた。

 無論お父様の配下の先生達は事情を良く知っている。

 医師としての良心を多く持つ者は、貧しい者や子供達の治療に任せている。

 ここはそういう立派な先生の居る病棟ではなく、医学的探究心が旺盛な医師達の集う病棟だった。

 私は大げさに騒ぐ。


「先生! 婚約者が病気なのです! 心が変わってしまうという……!」

「ほぉ。それはそれは大変ですな。詳しく調べてみましょう」

「お願いします」

「待て、俺は病気じゃない! ただ単に別に好きなひとができたということを……」

「可哀想に…… 自身で病気ということが判っていないのですね」

「全くですお嬢様。私達にお任せを。何としてもこの病気を調べ上げて全快まで導いて差し上げましょう」


 うやうやしく言う彼等の瞳は、新しいおもちゃがやってきた、とばかりに輝いていた。



 一方、彼が私を見捨てようとした元凶の相手にも茶番を仕掛けた。

 調べさせた住所に行くと、決して大きくも無い家で。

 取り次がせると、派手目な美女が姿を現す。


「アマンダ・ジェリー嬢? 私ベル・オータムサイドと申します」

「えっ」


 ああもう、何だって同じ反応をするんだろうこのひと達は。


「実は私の婚約者クロードが、このたび入院致しまして…… 心変わりという原因も治療法も不明な病で、今病院に入院させて治療中なのですが…… 貴女とも何やら深いお付き合いがあったということでお知らせに参りましたの……」


 しっかり目薬を常備して、はらはらと泣いてみせましたのよ。

 両手を組んで思いっきり懇願。


「え、あの、クロードなんて、知りませんわ…… お、お人違いでしょう」


 なるほどクロードよりこのアマンダ嬢は賢いみたいね。


「ええっ! では彼が言っていたアマンダ嬢は貴女では」

「彼が見ていたというのは私かもしれないけど、私には関係が無いわ。一方的につきまとわれただけよ!」

「彼が会いたがっていますわ」

「だからそんなひと、知りませんっ!」


 彼女はそう、確かに彼より賢い。

 彼が病院送りになったということで、もう利用価値はないと踏んだのだろう。

 もし純愛だったとしても、私の実家の病院に入院させられたというならば、その意味は幽閉と同じなのだから。

 下手に関わったら自身も危険だ。そう感じ取ったのだろう。


「そうですか…… では貴女が恋人だったというのも」

「そのクロードさんとやらの妄想よ! ああ怖い!」


 彼女はぶるっ、と震え、「用はそれだけね!」と言って奥に引っ込んでいった。

 私は涙目のまま、失礼しますと言ってその家を出ていった。

 おそらく、この家の人々は近いうちに引っ越すだろう。



 そして三年後、私はクロードのすぐ下の弟フランシスと結婚した。


「馬鹿な兄と違い、僕は貴女を幸せにします」


 式の誓いの時、彼はぎゅっと私の両手を握り、そう言ってくれた。

 何でもフランシスは、兄の浮かれっぷりと寄宿学校での成績を見る都度、自分はああなるまい、と思っていたらしい。

 それは私に対しての態度も同様らしかった。

 何かと注意散漫で女好きな兄の前での、私の作り笑いもちゃんと見破っていたらしい。

 できれば自分が代わりたい、とも思っていたらしい。

 その兄のクロードはずっとあれからベッドの上の生活をしている。

 「未知の病気」のための実験やら様々な投薬のせいで、元々健康体だったものも、既に今となっては見る影もない。


「全て過去のことですわ。幸福な家庭に致しましょうね」


 からーん、と教会の鐘の音が明るく響く。

 そう、それは病院にも届くはずだ。

 その意味をクロードが今となっては理解できるかも判らないけど。

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婚約者が「心変わり」という病気だというので、治るまで病院に入ってもらいます! 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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