第47話 拘束

 「おかしいな」

 「結乃が帰ってこないな。翔一、なにか連絡あったか?」

 「無いからおかしいんだよなあ」


 時刻は7時。中学生ならこれくらいの時間は外出していてもおかしくはないのだが、結乃は必ず6時には帰ってくるし、そうじゃないときは必ず連絡がある。


 なのに、今日はまだ連絡すらない。最初は、わずかに遅れるから連絡は不要と考えたのだろうと思っていた。


 だが、これはあまりにも帰ってこなさすぎる。


 「翔一、先に食べよう。結乃だって、もう中学三年生だ。遅くなることくらいあるさ」

 「それだけならいいんだけどな……」

 「翔一……あーん」 

 「!?玲羅!?」

 「私は、翔一にそんな表情でいて欲しくない。私を笑顔にしてくれたように、私も翔一を笑顔にする」

 「そうか……そうだな。結乃だってもういい年だ。自分で何とかなるだろ」


 そうして俺たちは、結乃のいないリビングで晩御飯を食べた。


 だが、結乃がいないとはいえ、玲羅がいるだけで幸せな気分になれた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ここは……?」

 「やあ、目が覚めたかい?」

 「は!?あんたは!」

 「おいおい、そんなに怯えないでくれよ。悲しいだろ?」

 「なんの用よ!」

 「つれないなあ……まあ、そんな態度もそのうち取れなくなるだろうね」


 結乃は、動こうとしたところで体が上手く動かせないことに気付く。


 よく見ると、拘束具をつけられていて、とても動かせるような状況ではない。


 「なに……これ!」

 「おっと破壊しようとしても無駄だよ!君を拘束するために特注で作ったんだ!」

 「このっ!内藤大翔……!」


 結乃は内藤のような人間が嫌いで、苦手だった。


 自分の支配を愛と勘違いして、他人に押し付けるような人間。それが内藤大翔。


 結乃の理想の男性像は、狂うほど愛してくれる人だ。彼女が望むのはヤンデレレベルの狂愛だ。

 自分だけを見て、自分だけを愛して、自分だけを抱いてくれる。そんな思い純愛を求めている。その点で言うのなら、翔一は条件を満たしているのだ。


 しかし、目の前にいる男は翔一とは対極の存在。どうしても結乃は好きになれない。


 そんなことを思っていると、内藤はおもむろに怪しげな塗り薬を取り出す。


 それを内藤が手に取ると、ピンク色のネチョっとした液体なのが、目に見える。


 「なに……それ……」

 「これはねえ、うちの家が作った強力なED治療薬だよ。強すぎてただの媚薬になっちゃって、企画案から白紙になっちゃったけどね」

 「なんでそれを……」

 「なんでって、塗るからに決まってるじゃないか!これで君は体が火照り続ける。そして耐えられなくなったら、君は僕の体を求めるようになるんだ!」


 そんなエロゲみたいにうまくいくわけがない。結乃はそう思って、強気に出る。


 「ハッ!そんなことになる前にあんたを殺してやる!」

 「そんなことできないよ!これを塗ったら、徐々に体に力が入らなくなって、下の口から意志に関係なく密が溢れ続けるんだから!」

 「私がそんな怪しい薬に屈すると?」

 「ああ、ぼくの家は偉大だからね!」


 そう言いながら、内藤は結乃の体に薬を塗り始める。


 服を全部脱がされ、体の隅々まで塗りたくられる。その間は、結乃にとって本当に地獄だった。

 だが、兄の顔、義姉の顔、そして矢草斎宮の顔。自分の大切な人達の顔を思い浮かべて、なんとか耐えきった。


 しかし、塗られてから数分で体に異変が現れ始めた。


 「なに……これ」

 「ふひひ……もう効果が出始めたのか……ならその状態で三日過ごしてみるといい。その時に理性は残っているかな?」


 そう言うと、内藤は部屋を去っていった。


 残された結乃は、あまりの感覚に苦悶していた。


 全身が火照っていて、かゆくないのにとにかくかきたい気分。自分の体に顕著に表れる異変。それを耐えるのは、一般人なら容易ではない。


 だが、結乃も武術宗家の人間。平静を保つ方法は知っている。


 (まずは落ち着かなきゃ……。たしか、座禅で精神統一を……)


 そう考え、結乃は座禅の形とり、三日間瞑想し続けた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「おはよう、翔一。……まさか徹夜で座禅をしていたのか?」

 「ああ、おはよう。いや、あまりにも結乃の行動としてはイレギュラー過ぎる。だから何かおかしい。だから、万一にも帰って来ればいいと思って、玄関で待っていたが、帰ってこないな」

 「なにをしているんだ。と、言いたいところだが、確かにおかしい。まだ連絡はつかないのか?」

 「既読すらつかないんだよね。どこにいるんだか……」


 俺は、この日の夜、オールで結乃の帰りを待っていた。玲羅はああ言っていたが、さすがにこれは帰ってこなさすぎだ。


 あいつの家に泊まってるか?一応聞いてみるか。


 『もしもし?』

 「あ、矢草?結乃、そっちに泊まりに行ってない?」

 『え?来てないけど?』

 「そうか……いま、あいつどこにいるかわからないんだよね」

 『ん?どこにいるのかわかんないの?』

 「え?わかるの?」

 『まあ、ゲンリー使ってるからね』

 「ちょっと待って使ってるの?」


 これは衝撃だ。ゲンリーは、今高校生に大流行しているアプリで。GPS機能によって、相手の居場所がわかるというものだ。

 しかし、これは両者の同意がないと出来ないので、矢草と結乃は互いに同意したことになる。


 『場所はね、えーっと……帝聖南区7803-507だって』

 「その位置って……」

 『どうしたの?』

 「いや、なんでもない。ありがとな教えてくれて」


 そう言うと、俺は電話を切った。


 にしても、携帯の電源を切っておかないとは、バカにもほどがあるだろう。

 これは早く向かわないとな。


 「玲羅、ちょっと行ってくる」

 「翔一」

 「大丈夫だ。無事に帰ってくるし、結乃も連れて帰ってくる」

 「そうじゃない」


 俺の言葉に玲羅は冷静に対応してくる。なんだろうか……。玲羅のこの表情、初めて見る。漫画ですら見せたことのない表情だ。

 いま、どんな感情なんだ?


 「翔一、私も行く」

 「それは駄目だ」

 「まあ、お前が何と言おうと、私は行く」

 「なんでだよ。危ないんだぞ」

 「だからだよ。私は翔一を一人にしない。喧嘩するのなら私もやる。翔一は私の全てだから」

 「……わかった。でも、俺が後ろにって言ったら、後ろに行ってくれよ」

 「わかった」


 はあ、多分分かってねえや。できるだけ安全は確保していくか


 俺は、美織に電話をした。

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