第45話 誘拐

 豊西達が翔一の家を出ていったころ


 結乃の通う学校の前に不自然に高そうな車が止まっている。

 それを見つけた結乃は、顔を真っ青にさせながら目立たないように帰ろうとする。


 しかし、その車に乗っている男に見つかってしまう。


 「やあ結乃!今日こそ一晩を共にしてもらうよ!」

 「やめてください。私はあなたと婚約なんて死んでも嫌です」

 「つれないなあ……でも、1週間後にはそんなこと言ってられなくなるよ」


 男はそう言って指パッチンをすると、結乃にスタンガンが押し当てられる。


 バリバリバリ


 「うっ……」

 「ふふ……1週間後、君は自分から僕を求めるようになるよ。この僕、内藤大翔の体をね」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「なあ、なんで内藤商事の縁談を断ったんだ?」

 「だって、なんか嫌な目をしてたから」

 「そうか……結乃がそう言うんだったら、そうなんだろうな」

 「はあ、私もお兄ちゃんみたいないい男来ないかな?あや姉が羨ましいよ」


 今、目の前にいるのは今年小5になった椎名結乃、俺の妹だ。


 俺が、彩乃に学校でビンタされた事件から、ちょうど半年くらいだ。


 今、俺は小6で、中学進学が控えている。それに応じて、学校の先生からは最高学年らしい生活をしろと言われているが、それが具体的になんなのか言ってほしいものだ。


 「結乃は、どんなところが嫌だったんだ?」

 「んー?なんかね、あの人の愛は、愛じゃなくて支配な気がする。それに、2歳も年上だし」

 「そうだな。小学生に2歳差の恋愛は重いよな」

 「ねー、相手は何考えて、この椎名家の本筋の次女に婚約を申し込んでるの、って感じ」

 「あはは!マジウケる!」


 そんな談笑をしていると、俺達は学校へ行く時間になっている。


 俺たちは、使用人に連れられて玄関先に出る。


 そして、出発の準備が整うと、俺達は家を出て学校に向かう。

 うちは送迎などはない。基本的に体第一の家系なので、まず車を使う事があまりないのだ。


 そうこうしていると、もう一人が俺たちに合流する。


 「おっはよー!」

 「ああ、おはよう、彩乃。今日も元気だな」

 「あったりまえだよ!人は元気が一番!ほら!翔一も笑って!」

 「こうか?」

 「もー、翔一は表情が硬いの!もっと柔らかく!」

 「こう?」

 「だー!違う!」


 アホなやり取りだが、俺たちは、毎朝このようなやり取りをしている。そして、こんなことをしていると、もう一つ近づいてくる影がある。


 「ったく、今日もおめでたい奴らね」

 「あ、美織もおはよー!ほら、笑顔!」

 「嫌よ」

 「もー、美織ったら恥ずかしがり屋さん!そんなんだからしょう「わー!その口を閉じなさい!」


 そんな俺たちのやり取りは、周りから見ればまたやってるよ、あの4人みたいな感じだ。ただ、結乃はこれに参加してることが少ないので、3人と言えば3人だ。


 ところで、昨日の結乃のお見合い相手は中学生なので、この小学校にはいない。


 幸いというかなんというか。まあ、俺は見合い相手の内藤大翔のことは一ミリも知らないから、どんな奴かもわからないんだけどな。


 昨日の結乃の話を信じるんだったら、そいつはとんでもない男だろう。


―――授業中―――


 俺にとって、小学生の授業など児戯に等しい。こんな詰まらない授業を聞く理由が分からない。


 昔は授業をさぼっていたのだが、最近は彩乃にしっかり出ろと一喝されてしまったので、出席はしている。


 キーンコーンカーンコーン


 なんだかんだ、授業をぼんやりと聞いていると、昼休みを告げるチャイムが鳴る。


 それと同時に、彩乃と美織が俺の席にやってくる。


 「翔一、一緒にお弁当だべよ!」

 「なんだ、急に訛って?」

 「彩乃、あなたまた何かの漫画読んだでしょ?」

 「えー、でも訛りって可愛くない?」

 「モノによるだろ?可愛くないって言われてる方言もあるくらいだし」


 彩乃はこういうところがある。すぐに漫画の影響を受ける。まあ、彩乃が見てるのは、万人受けしているものから、あまり知られていないものまで。その漫画の所持数は、1千を超えている。


 さらに彼女の凄いところが、それらを全て2周以上して、内容もだいたいを把握している。


 勉強はあんまりのくせに、こういうのはちゃっかり俺をこえてきやがる。羨ましいやら、惚れてしまいそうやら


 「結乃ちゃん遅いね?」

 「そうね。いつもこのくらいの時間に食べているのに」

 「まあ、友達と食ってんじゃないの?」

 「そうだね。私たちだけで食べようか!」

 「そうね」

 「そうだな」


 いつもなら、合流しているはずの結乃を置き去りにして、俺達は弁当を食べ始める。

 最近は、この3人に結乃を入れた4人でよくご飯を食べているのだが、今日は結乃抜きだ。なんだか、心の均衡が乱れた気分だ。


 そんあことを考えていると、彩乃の手が俺へと延びてくる。


 「タコさんもーらい!」

 「あ、てめえ!なら俺も、てんぷらもらった!」

 「あ、楽しみにしてたのに!」

 「お前楽しみって、その天ぷらまだ3個見えるけど?」

 「そういうのじゃないの!私はおいしいものは最後に残して、いっきに食べたい派なの!」

 「それは悪かったな」

 「わかればよろしい。じゃあ、そのタコさんウインナーを頂戴!」

 「嫌に決まってんだろ!」


 このタコさんウインナーは、結乃が早起きして、一生懸命に作ってくれたものだ。たとえ婚約者と言えど、これは俺の物だ!


 「ほんと、二人は仲が良いわね」

 「そ、そんなことないよ。」

 「そうだな、俺達は結局、親同士が決めた婚約者だかんな」


 俺がそう言うと、彩乃が悲しそうな顔をしたが、気のせいだろう。


 そうこうしてると、美織が思い出したように喋り始める。


 「そういえば、結乃って昨日くらいにお見合いがあったんでしょう?どうなったの?」

 「まあ、破綻してたな。結乃が、相手のことが気に入らないって言って、婚約の話はなしになったらしい」

 「ふーん。結乃ちゃんが言うってことは、相当ひどい人なんだね?結乃ちゃん、あれでいて、このすごい温厚だから」


 そう談笑しながら、弁当を食べていると、5時間目の予冷が鳴った。


 というわけなので、俺達は教室で準備をしていたのだ。


 すると、そこに結乃のクラスの担任が、やってきてこう言った。


 「結乃ちゃんが……結乃ちゃんが誘拐されました!」

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