第44話 訪問者

 八重野佳奈が感じた翔一への第一印象は『怖い』の一言だ。

 自身は、翔一に会ったことがないのにも関わらず、敵意を向けられているようで、異常な恐怖をおぼえた。


 八重野は知らない。翔一が外の世界の住人で、作者の思惑とはいえ、八重野が玲羅を嵌めたことを知っていることを。


 「なにしに来た?」


 再度そう聞かれて、八重野の彼氏の豊西が答える。


 「玲羅の見舞いに来た」

 「どの面下げてきやがった。消え失せろ」

 「ま、待って!あたしは玲羅のことが心配なの!大事な親友だから!」

 「俺はお前が怖いよ。どの口が言ってんだ」

 「なに言って……」

 「俺が知らないわけがないだろう?」

 「だからなんのこと!」

 「自覚してるだろ?お前は玲羅になにをした?だから、俺はお前を玲羅に会わせたくない」


 翔一の語気こそは強くなかったが、言葉の端々に怒気が詰まっていた。


 流石の二人もそれくらいは察知していた。していたが、自分たちを引くわけにはいかないと、食い下がる。


 「そこをなんとか!俺のしてきたことは謝る!だから、玲羅の見舞いに……」

 「まず、玲羅って呼ぶのを止めろよ。普通にキモいぞ。呼ぶのをやめてくれって言われてるのになんでもなかったかのように呼ぶの」

 「……っ」

 「ちっ、このままだと近所にも迷惑がかかるな。すぐ帰れよ」


 そう言うと、翔一は二人が家に入るように促す。


 (はあ、玲羅になんて言おう。頭いてえ)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ほら、入れ」

 「「お邪魔します」」


 邪魔する自覚あるなら帰れよ。


 そう思うが、社交辞令だ。わざわざ目くじらを立てるわけにもいかない。

 そこまで人間性は終わってないからな。


 俺は取り敢えず、二人をリビングに通す。それから、お茶を出して待機するように言う。


 「ちょっと待ってろ。玲羅に体調を聞いてくるから」

 「わかった。れい……天羽の体調も大事だからな」

 「そこらへんは理解するのが早いんだな」


 俺はこいつらの頭に若干辟易させられる。こいつらの相手をするのは疲れる。なんでこの世界の女たちは、こいつに惚れていくのか。


 顔だろうなあ。高校生、大学生なんか見た目しか見てないからな。


 男も女も、彼氏彼女はアクセサリーみたいなものなんだろうな。

 むしろ、俺みたいに愛が重いのは、少数派なんだろうし。


 そんなことを考えつつ、俺は玲羅の部屋の前に来る。


 コンコン


 ガタガタ ドン!


 俺がノックをすると、中からとんでもない物音が聞こえる。俺は、玲羅に何かあったのではないかと、焦って返事を聞かずに入ってしまう。


 「ど、どうした玲羅?入るぞ!」

 「あ、ちょ、まっ……」

 「だいじょう……ぶ……そうだな」


 俺は部屋に入って、まず玲羅の無事を確認した。玲羅は大丈夫そうだった。


 が、玲羅の衣服は、乱れに乱れて、パジャマのズボンも降りていた。それにパンツすらも降ろしていて、玲羅の頬は少しだけ紅潮していた。それが、熱によるものではない。という事は、すぐに察した。


 「し、翔一……こ、これは……」

 「いいよ。何も言わなくて。玲羅も女の子なんだから」

 「うぅ……」


 部屋に入ってすぐに、窓を開けて喚起する。まあ、部屋の中にちょっとだけ酸っぱい匂いがしているからな。

 問題は、ベッドの方だが……


 「シーツの方は洗濯できるけど、マットの方はどうかな……」

 「ご、ごめんなさい……」

 「だから怒ってないって。―――むしろ萌える!」

 「!?」


 ぶっちゃけ、漫画ではそういう描写が無かったから、玲羅がどんな性癖を持っているかは知らない。ただ、ちょっとだけM気質がある。今は、関係ないけどな!


 とにかく、そういう描写が無かっただけで、玲羅が全くしない娘というわけではないという事。つまり、玲羅の体は、健康体という事だ。

 そんな漫画の世界みたいにしたことがないと言われても、生物的に大丈夫かと聞きたくなるようなことだ。


 「マットは大丈夫っぽいな。うーん。シーツがないから、今夜は俺と一緒に寝るか?それとも、結乃と一緒に寝るか?」

 「そ、その……翔一と一緒がいい……」

 「よしわかった。俺のシーツ持ってくるわ」

 「し、翔一の部屋ではないのか?」

 「あー、言い忘れてたけど、今豊西達が来てるんだわ。その状態で、玲羅が俺の部屋に寝てるのはアウトだ」

 「そ、そうか。で、二人は何しに来たのだ?」

 「なんか見舞いに来たらしいぞ。どうする?部屋に入れるか?」

 「せっかく来てくれたんだ。通すだけ通してくれ」

 「わかった」


 そういう事なので、俺は自分の部屋からベッドのシーツを取って、玲羅のベッドにセットした。

 それから、十分に部屋を喚起して匂いが気にならなくなったくらいで、俺は二人を呼びにリビングに向かった。


 リビングに入ると、二人はテレビを見ていた。


 「二人共、テレビを見るなら一応家主の許可を取れ?」

 「だって、お前が遅いからじゃないか。なにしてたんだよ」

 「直樹。女の子にはね、沢山の準備があるの。やっぱり初恋の人に会うから、しっかりしたいんじゃない?」

 「おめでたい奴らだ……」

 「ん?なんか言ったか?」

 「いや、なんでもない。いくぞ」


 そう言って、俺は玲羅の部屋へと案内する。その間、二人は家中をきょろきょろしていた。あまり気分は良くない。

 これをやっているのが、玲羅だったのなら俺は凄く興奮しただろう。


 興奮と言っても、性的な方じゃないぞ


 そんなこんなで、玲羅の部屋に二人が入って来たのだが


 「玲羅、大丈夫?」

 「ああ、熱はもう引いたし、今はそこまできつくはない」

 「そうじゃなくて!」

 「?」

 「そこの男に脅されてない?気持ち悪いことされてない?」


 八重野の言葉によって、空気が凍り付いた。

 その言葉は、玲羅が豊西によって何度も浴びせられてきた。そして、言われるたびに嫌な気持ちになっていた言葉でもある。


 いくら温厚な玲羅と言えど、怒りに火をつけてしまうだろう。


 「帰ってくれ……」

 「へ?」

 「二人共帰ってくれ。お前達は、そういう目的でしか……いや、私のことを翔一を陥れるための道具か何かだと思っているのか?」

 「そ、そんなわけないだろ!俺は、玲羅のためを思って」

 「あ、あたしだって、玲羅のことが大事だから!」

 「あの時、助けの手すら伸ばしてくれなかったのに?」

 「それは……」

 「それは、私たちの恋に決着をつけたからよ!玲羅とどう接して良いのかわからなかったから!」

 「それでも!それでも、私は助けて欲しかった。でも、お前達は、ただ自分たちの恋を成就させるためだけに、私を除け者にした」

 「そんなこと……」

 「そんなことはある!」


 そう玲羅は大きな声で、主張する。


 俺は何もできないので、玲羅の隣に座って、彼女の手を握る。

 これで少しは安心してくれるといいのだが……


 そう思っていると、心なしか玲羅が握り返してくれたように感じた。


 「私は、私の手を取ってくれた翔一が大事だ!愛している!もう、好きなんて言う言葉だけで片づけられない」

 「で、でも、そいつは……」

 「レイプなんてしていない。翔一はそんな低俗な考えで人を傷つけるような奴じゃない」

 「で、でもおかしいよ!玲羅が男と一緒に住んでるなんて!」

 「たしかに昔の私ならありえなかった。でも、この男が―――翔一が変えてくれたんだ!好きな人と苦楽を共にする意味。一緒にいられる幸福というものを!」

 「れ、玲羅。勘違いしないでくれ。俺達は、昔の様に3人で過ごしたいんだ!な?玲羅もその方が良いだろう?」


 そんな無茶苦茶なことを、玲羅が聞き入れるわけがない。

 俺は、それがわかっているから、安心して見ていられる。


 そして、俺の考えに反しない玲羅の回答が告げられる。


 「昔のように?そんなのはごめんだ!今のこの生活を捨ててまで、お前達と一緒にいるつもりは無い!」

 「そ、そんな……」

 「嘘だよね、玲羅?私たち親友だよね?」

 「親友?違うな。私とお前は、もう赤の他人だ。翔一のことを悪く言うのなら、私はお前達とは関わらない!」


 そう言うと玲羅は、俺に腕を絡ませてくる。


 おそらく、俺と玲羅の仲はこんなにいい、というアピールだろう。


 「話は纏まったな。じゃ、お帰り願おうか」

 「……クソっ!」

 「直樹、いいよこんなビッチ。すぐに他の男になびいちゃう尻軽だったんだよ」

 「そう……だな。佳奈」

 「ん?」

 「今日、家に来ないか?親、帰ってこないんだ」

 「早く帰れ!そんな汚らわしい話を翔一の家でするな!」

 「汚らわしい?あなたが毎日やっていることでしょうに」

 「お前は、なにを勘違いしているんだ?私は処女だぞ?」


 それを聞くと、豊西と八重野は俺の家を去っていった。


 あいつらがこの後、セックスをしようがどうだろうが、こちらの知ったことではない。

 ただ、あいつらがこれで終わるとは思えない。


 一応警戒しておこう。


 玲羅に手を出したら、『殺す』からな

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