第43話 口移し
「くぅ……は、恥ずかしい……」
翔一が自室で、情報をまとめて内藤商事に怒りを覚えているとき、玲羅は自室の(と言っても、翔一と結乃の家なのだが)ベッドで悶絶していた。
「翔一……なんてことを……」
そう言いながら、己の唇をなぞる玲羅。恥ずかしながらも、翔一にしてもらったことはまんざらでもない様子だ。
いや、むしろしてくれて気分が良くなって、体調すらも良くなったのかもしれない。
玲羅と翔一の間になにがあったのかというと、時はほんの数十分前までさかのぼる。
―――――――――
コンコン
「玲羅、起きてるか?」
「ん……今、起きたところだ」
「ちゃんと寝てないと駄目だぞ」
「いや、今起きたんだ。その……」
グー
「……お腹が減ったから……」
「あー、なんか悪いな」
玲羅が、答える前になってしまった腹の虫。それのせいで俯く玲羅。
顔はよく見ると、真っ赤になっている。
どんなに体調が悪くても、玲羅は食欲はあるようだ。
そのことに翔一は半ば呆れながらも、玲羅を慰める。
「食欲があることはいいことだ。俺は、幸せそうに飯を食べてくれる玲羅が好きだぞ」
「……」
「そ、それにな!俺は玲羅が好きだから、別にこんなことじゃ幻滅なんてしないぞ!」
「違う……」
「へ?」
「違う。これは一般的な恥じらいだ」
そう、物凄く小さな声で答える。
玲羅は、翔一のフォローで逆に恥ずかしくなってしまったのだ。しかし、そんな姿もいじらしく可愛いもの。
ただただ、翔一を癒すだけの要素にしかならない。
「それはそうと、今日は玲羅の調子が悪いから、昼飯は雑炊だ」
「おお、おいしそうだな」
「当たり前だ!玲羅にまずい飯は出さん!」
「ふふ……嬉しいな。こうして好きな人にご飯を作ってもらえるのは」
他人から見たら、ただいちゃついてるだけの二人。傍から見ればそうなのだが、実際は看病をしているのだ。それを失念してはならない。
「一応、玲羅が自分で食べれることを前提に、レンゲとか持ってきたけど食べれる?」
「少しきついかもしれない。だから、どうしようか」
「――――玲羅、あーん」
「!?」
玲羅が、雑炊を食べれないと困っていると、翔一は突如としてレンゲを持ち、雑炊をすくい上げて、ふーふーして少し冷ました後、玲羅に向けてきた。
俗に言う『あーん』だ。
玲羅は『あーん』を前にたじろぐことしか出来ない。
「し、翔一!?」
「ほら、口開けて。大丈夫、美味しいよ」
「あ、あーん」
パクリと、玲羅は翔一に出されたレンゲ一杯分の雑炊を口の中に入れる。
瞬間、今まで食べてきた雑炊の中で、格別に美味しいものが脳髄に侵食してくる。玲羅は、蕩けてしまいそうな感覚に襲われる。
が、もう一つの要素が玲羅の意識を引き戻す。
「……あつっ」
「熱かったか?」
「い、いやなんでもない」
雑炊が思ったよりも熱かったのだ。
蕩けかけていた脳も、熱さによって正気に戻ってしまった。
玲羅は少しだけ残念に思いながらも、頑張って自分で食べる旨を伝えようとする。
だが、翔一はすでに二杯目をすくっていて、玲羅に食べさせる気満々だった。
「し、翔一、頑張って自分で食べるから……」
「無理しなくていい。言ったろ?甘えてくれって」
「だ、だが、その……熱いんだ」
「わかってる」
そう言うと、翔一はおもむろにすくっていた雑炊を口の中に運ぶ。
その行動に玲羅は理解が出来なかった。
しかも、そのまま翔一が近づいてきたのだ。そこで、玲羅は翔一のやろうとしていることを理解した。
「ま、待て翔一。そ、それは……」
そう抗議の声を上げるも、翔一は雑炊を口に含んでいるためか、まったく返事をしない。
そのまま翔一は、玲羅に口づけをして―――
「ん……んん!ん……」
「……ぷはぁ!どうだ玲羅、熱くないだろ?」
「あ、ああおいしい。おいしいが……」
「おいしいが……?」
「翔一の味がする……」
玲羅は、最初歯を閉じるなどの抵抗をしていたが、最後には翔一に全てのガードを突破され、雑炊を流し込まれてしまった。
キスをしまくってるやつがなにを言っていると思うかもしれないが、玲羅は口移しは少しだけ忌避感があったのだ。
だが、今回の件で、玲羅は口移しの気持ち良さを知ってしまい。新たな扉が開いてしまったようだ。
その後は、なされるがまま、雑炊を口移しされ続け、しまいには終盤の玲羅の記憶が飛んでしまう始末だった。
そして、終わった頃には玲羅はあまりの気持ち良さに、キスをおねだりしてしまったほど―――おっと、これ以上は倫理規定に触れそうだ。
そして、時は戻って現在。
「翔一、なんてことを!なんてことを!」
玲羅は正気を取り戻してからというもののずっと悶絶している。
翔一に口移しをしてもらったことももちろん恥ずかしいが、玲羅が一番恥ずかしいと思ったのは、最後の最後でキスをねだってしまった事だ。
「私は……私はなんてことを!」
ベッドの上で、一人でジタバタしている玲羅。おそらく体調はもうよくなったのか、結構激し目に動いている。
しかし、こんなに恥ずかしがっても玲羅は、あれを悪いことだと思っていない。
(気持ち良かった。だが、またも生殺しに遭ってしまった)
口では『なんてことを』などと言いながら、心では物足りなさを嘆いている。
今の玲羅は、中ハーの作品の中での、八重野よりもよっぽど可愛いツンデレへと化しているだろう。
そうして、玲羅は体調がよくなったのだが、今度は別の問題が生まれる。
(くっ……翔一が生殺しにするから……)
漫画の世界のキャラとはいえ、玲羅も人であり女だ。溜まるものもあるだろう。
しかも、先ほどまで口移しというていで、やけどするような熱いキスをしていたのだ。それで最後までしてもらえないのなら、玲羅とて苦しいだろう。
(そうだ。一回くらいなら……一回くらいなら翔一も許してくれる……)
そうして、玲羅は4回も達してしまってから、またも悶絶するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方で、翔一の家の前に二つの陰があった。
片方は、玲羅の初恋相手の豊西直樹。もう片方は玲羅の親友の八重野佳奈
二人は、玲羅のお見舞いに来たのだ。
「ここが椎名の家……」
「うちより大きい……」
二人は初めて見る翔一の家に驚いていた。
翔一の家は一般の家庭に比べたら、少しだけ大きい。それはそうだ。翔一の実家。椎名家は、腐っても武術宗家だ。総資産は何兆なんて生ぬるいものじゃない。
言ってしまえば、捨ててもあまりある金を使った金だ。多少は、大きくなってもおかしくはない。
ただ、周囲の家とは違うところ。それは、3階があることだ。
まあ、翔一たちは3階を一切使用していない。なんなら地下もあるため、3階は物置みたいなことになっている。
一応、翔一と結乃が見たくないもの、見られたくないものを全てそこにいれているので、玲羅はそこに入らないように釘を刺されている。
豊西達は、少しだけ家の大きさに呆気にとられそうになったが、なんとか気を取り戻す。
「佳奈、いくよ」
「うん。玲羅を助けに行くよ」
二人はそう言うと、翔一の家のインターホンを鳴らす。
ピンポーン
それからほどなくして、扉が開く。
「はいはーい、どちら様ですか?―――なにしに来た?」
二人はその威圧感に、おしっこをちびりかけた。
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