第41話 彼シャツ

 ザ―――――


 「あ、雨だ」

 「雨だな」

 「大丈夫かな、玲羅」

 「そうだな」


 現在、俺と会長だけが生徒会室に残っている。そして、今話した通り、外はあいにくの空模様。現在時刻は最終下校時刻の7時を回っているが、まだ帰れそうにない。


 玲羅はというと、シンプルに先に帰ってもらった。あまりにも俺の仕事が片付きそうにないので、帰宅するように促したのだが―――


 『嫌だ。私はずっと翔一と一緒にいるんだ!』


 と、言いながら先ほどまで帰るのを渋っていた。


 それがほんの十分前の話なのだが、玲羅は雨に打たれてないだろうか?


 俺は心配になったので、結乃に連絡して玲羅の迎えに行ってもらうように頼む。


 「あ、もしもし?結乃」

 『もしもし?どうしたのお兄ちゃん?』

 「ちょっと最寄り駅まで玲羅を迎えに行ってやれないか?」

 『うーん。ちょっと無理かな。今、火を扱ってるし』

 「……?大丈夫か結乃」

 『な、なに言ってるのさ、お兄ちゃん』


 電話越しだが、俺は結乃の異変に気付いた。結乃の声の端々が震えているのだ。

 結乃は、普段から元気にあふれているような人物なので、そんな状態になることはまずありえないというのに。


 結乃は強い。だが、結乃とて人間。それ相応の恐怖がかかれば、声くらい震えるだろう。


 「結乃……」

 『大丈夫だよ、お兄ちゃん。と、取り敢えず玲羅姉が帰ってきたら、すぐにお風呂に入るように言っておくよ。それよりも速く帰ってきてね。今日はハンバーグだから』

 「そうか……楽しみにしておくよ」


 そう言うと、結乃は通話を切る。


 「終わったか?」

 「はい。でも、結乃の様子がおかしいですね」

 「どうしてそう思うんだ?」

 「単純に声が震えてるって言うのもありますけど、結乃がハンバーグ作るときって、心が大分弱った時なんですよ」

 「それはまたなぜ?」

 「結乃って、ハンバーグ作るときの空気抜きの工程で、無心でずっとやってるんですよ。長時間も」

 「そうか。なら、早く仕事を終わらせて帰るぞ。特別に車を出してやる」

 「ありがとうございます、会長」


 そうして俺たちは、一時間後に作業を終わらせることが出来た。


 後片付けも終わらせて、校門前まで行くと、すでに会長の家の車が止まっていて、俺は促されるまま乗車した。


 そこから家に着くまでは早く。学校から30分程度で家に着いた。


 「会長、今日は本当にありがとうございました」

 「気にすることは無い。お前は普段から仕事をこなしてくれている。その報酬だと思えばいい」

 「えー、報酬なら、もっといいものをお願いしますよ」

 「お前、こういう時はそういう事は言うんじゃない」

 「はは、すいません。じゃあ、会長、さようなら」

 「ああ、さようなら。明日も生徒会を頼むぞ」


 こうして、俺は会長と別れ、家の中に入る。


 「ただいま」

 「あ、おかえりお兄ちゃん」

 「結乃、本当に大丈夫か?」

 「だから大丈夫だって。疲れてるだけだから」

 「それならちゃんと休めよな」

 「はいはい。お兄ちゃん、過保護すぎ」


 普通の人が見れば、特に何の変哲の無い結乃なのだが、俺は結乃の兄。これでもすっと一緒にいた家族だ。

 わずかな機微を見逃さない。


 だが、俺もこれ以上は深入りしない。本人が大丈夫と言っている。ならそれ以上踏み込むのは、その者との距離を生み出すだけだ。


 だから、俺は話題を変える。


 「そういえば玲羅は?」

 「玲羅姉なら、もうすぐお風呂から上がってくるから、お兄ちゃんもリビングで待ってな」

 「そうするか。晩飯はあとどのくらいで出来そうだ?」

 「あと焼くだけだから、すぐできる。できるだけ早く上がってきてね」

 「わかった」


 そう言いながら、俺はリビングのソファに座る。


 それからしばらくして、玲羅が上がって来たのだが、俺はその姿に驚愕する。


 「そ、そのお風呂空いたから、翔一も入ってくれ」

 「い、いや、なんだその格好?」

 「それは!その……憧れがあったからというか……付き合ったらしたいことにあったというか……」

 「うーん。それならそうと、俺の許可を取って欲しいな……

 俺のシャツを着るのなら」


 そう、玲羅が来ている服は、俺の服。


 つまり、今玲羅がしていることは、俗に言う『彼シャツ』というものだろう。


 サイズが合わないからなのか、ダボっとした服に、ちょっと強調される玲羅の豊満な胸。下着は履いているのだろうが、ズボン的なものを履いていないため、少しだけ見えるお尻のラインがとても扇情的だ。


 これは可愛いというより、エロいだ。


 「そ、その似合ってるか?」

 「似合う似合わないを考える必要がありません!綺麗です!美しいです!可愛いです!せんじ―――」

 「も、もういい!そんなに言わなくていいから!」


 俺の言葉に、玲羅は顔を真っ赤にする。


 そんな姿も可愛いのだが、今回は少し違うようだ。


 「で、でもそんなに言うのなら、翔一は私を愛しているのだな?」

 「そうだが?」

 「な、なら私が馬乗りになったら、翔一は興奮するか?」

 「!?」

 「抱きたくなるか?」

 「ちょっと一旦落ち着こうか玲羅」


 玲羅は、訳の分からないことを言いながら、俺に近づいてくる。というより、押し倒そうとしてくる。


 「翔一、昨日みたいな生殺しは許さない。今日は、今日こそは最後までしてもらうからな!」

 「ちょ、ちょっと待て!目が血走ってる!ヘルプ!マイシスター、ヘルプ!」

 「ちぇ……ちょっと面白かったのに……」


 なにしてんのよ!助けなさいよ!


 それから、結乃の仲裁もあってか、俺は玲羅にキスするだけで開放してもらえた。どうやら、1日1キスは必須のようだ。


 そんなこんなで、俺は風呂に入って食卓についた。


 そこでは、玲羅がいつにもまして近いが、俺は極力意識しないようにする。意識してしまったら、もう食事どころではなさそうだから。


 そんな葛藤を抱えながら、俺達は食事を取る。


 結乃の作ったハンバーグはとてもおいしく、満足感のあるものだった。

 俺は、ペロリと平らげ、食事を終える。


 「ごちそうさまでした。結乃、美味しかったぞ」

 「お兄ちゃんほどじゃないよ」

 「そう、謙遜すんなって。本当に美味しかったんだから」

 「そうだぞ結乃。本当に美味しかったぞ」

 「玲羅姉も……ありがとう二人共!」


 俺たちの言葉で、今まで少しだけ暗い表情だった結乃が、笑顔になる。


 やっぱり結乃は笑顔が一番だ。


 そして次の日




 玲羅が熱を出した

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る