第38話 翔一と美織
「まだ、持っててくれたのね……」
美織が言っているのは、あのマスクのことだろう。
あのマスクは、彼女の短い人生の中での最高傑作だ。
俺には、あれが必要だし、なんなら美織との思い出を捨てるのも、気が引けた。
それを、なぜ彼女が喜んでいるのか俺には大体の見当はついてる。
自分で言うとただの痛い奴にしか見えないが、美織は俺のことが好きなのが起因してるのだろう。
だが、俺はそれ以上の細かい感情の機微はわからない。
「まだ、持ってる。俺にはまだ、必要なものだからな」
「そう……それは頑張って作った甲斐があったってものよ」
「それで話は?これで終わりってわけでもないんじゃない?」
「なによ。この感動に少しくらい浸らせなさいよ。これでも嬉しかったのよ」
「わーたわーた。悪かった」
俺は、面倒なので軽く流す。
それに少しだけ、美織がムスッとした様子になったが、気を取り直して彼女は質問をする。
「あの日のこと全部聞かせて」
「俺がレイプ魔。そうじゃないのか?」
「その件については実家から叱られたわ。公的には発言してないけど、私を守ってくれた翔一は、条下院家が、必要に応じて支援するって」
「そりゃ嬉しいな」
「その時に聞かされたわ。あなたが本当の犯人じゃないって」
「そうか……美織は誰を信じるんだ?」
俺がそう質問すると、彼女は俯き気味に沈黙して、しばらくして答え始めた。
「どの口が言うんだって思うかもしれないけど、私はあなたを―――翔一を信じる。もう、私は自分の正義で、翔一を裏切らない。私の好きな人を傷つけたくない」
「ふーん。あれだけ俺のことを罵倒したのに?」
「う……ごめんなさい……」
「俺は、お前の言葉が本当に刺さったんだぞ?自殺しようとまでしたんだぞ?」
俺が畳み掛けると―――あ、やべ。普段、感情的になることの少ない美織が、涙目になってる。
「ごめんなさい……言い訳になるけど、私はあの時、自分が凄く追い詰められてたの。だから、翔一にも……」
「悪い、俺も言い過ぎた。美織、今も昔も、俺はお前の好意に答えられない。でも、お前は大切な幼馴染だ。許さないわけがないだろう?」
「翔一……」
「それに俺は知ってるからな。お前は、たった一人の親友のために、本気で怒れる優しい人間なのを」
「翔一!」
突如、美織が抱き着いてくる。
「ちょっ!?美織!?」
「お願い。少しだけこのままにさせて」
「……わかった」
俺の腰に手を回す美織の腕は、細くて、か弱そうだったが、強く抱きしめてきていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「落ち着いたか?」
「ぐす……もう、大丈夫よ」
「の割には、ぐずってるな」
「うるっさいわね!」
軽口に反応できるくらいになったってことは、多分もう大丈夫だ。
という事なので、先ほどの話を掘り返す。
「たしか、あの日のことを知りたいんだな?」
「ええ、別にあの日のことだけじゃなくていい。彩乃になにがあったの?」
「―――まず知ってると思うけどな、彩乃はレイプに遭った。ここくらいは知ってるよな?」
「ええ」
「その犯人は、あいつの姉の―――」
「ナツメさんね」
「そうだ。あのクソビッチ―――」
そこから全てのことを話した。俺が調べただけで出てきたもの全てを。
そして、最後に美織に伝えておきたいことがある。
「俺の両親は多分だけど、報復で殺されたんだと思う」
「え!?でも、事故死って」
「表向きはな。でも、不自然さが目立つんだ。調べてみた感じ、姫ヶ咲家はなにかがある。俺はそれに触れかけて、両親がその話を知ってしまったから殺されたんだと思う」
彩乃のレイプ事件が公にならない。無用に情報を精査しようとすると、人死にが出る。これははっきり言って、黒だろう。
「だからさ。これは危険なんだ。全部終わったら、伝えるからさ……」
「そんなの私が許すわけないじゃない。私も協力するわ。ちなみに翔一、あなたに拒否権は無いわ」
「あいよ。でも、危険なことはするなよ」
「なに言ってんのよ。財閥を敵に回すのよ。命かけなくてどうするの?」
「おまえのその、思い切りの良さと、人間味の無さは、素直にすごいと思うよ」
こうして、俺と美織の事実上の和解が済んだわけだが、ここで問題。
俺たちは、結構な問題の上に立っている。それは何でしょう?
はい、正解発表
「一限目、始まってるわね」
「そうだな」
「まあ、私たちなら一時間くらいさぼってもなんの影響もないわ」
「それもそうだな」
俺たちは、一限目をさぼることにして、校舎脇にあるベンチに腰掛けた。
その際、美織の頭が、俺の肩にもたれかかるのだが、俺は特に何も言わない。
「翔一、いいの?」
「今くらいは甘えてもいいさ。でも、玲羅がいる前では絶対にするなよ?」
「フリ?」
「馬鹿か」
「冗談よ。じょーだん。でも、こうさせてくれるのなら、ほんの少しだけお願い……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ガラガラガラ
「あ、条下院さ……ん?」
教室に入ると、美織の友達であろう女子が、俺の姿を見て嫌悪の表情を見せる。
これは、うっすら傷つくなあ
「みんな、聴いてほしいの!」
すると、唐突に美織が大きな声で注意を引く。
「私は、翔一のことをレイプ魔と言ったあの発言を撤回させてもらうわ!」
「「「は!?」」」
美織の一言に、クラスは静寂に包まれる。
「おいおい条下院、なにを言ってるんだよ。椎名がレイプ魔じゃない?ありえないだろ」
「あなたは翔一のなにを知っているのかしら?あなたの方がレイプ魔の素質があるんじゃない?」
「なんだと!?」
クラスの男子の2割ほどは、俺に対して否定的な意見をする者だ。こいつらはおそらく、自分の立場を高めることに固執した、陽キャに分類される存在の中でも、特につまらない連中だ。こういう奴らは無視でいい。
そんな状況でも、女子たちは美織の心配しているようで、美織への質問がやまない。
「条下院さん、なんで椎名さんを名前呼びしてるの?」
「条下院、お前、椎名に何かされてないよな?」
それに対して、美織は一つの解決策を出した。
「ああ、もう!じれったいわね!ほらみんなトイレに行くわよ!」
「え、どうして?」
「私は、翔一に何もされてない。それを証明するのよ!」
「で、でもトイレでやる必要って……」
「ほら行くわよ!何もされてないから大丈夫よ!ほら、ヤッてない証拠に処女膜見せてあげるわ!」
……うちの幼馴染、ワイルド過ぎないか?
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