第37話 条下院美織

 私の名前は条下院美織。

 自分でいうのもなんだけど、私は条下院家の天才。


 でも、そのせいで小学4年まで、友達と呼べるものがいなかったし、必要とも思わなかった。


 「なぜですかお父様。こうすれば生産効率も跳ね上がります!」

 「美織、従業員は道具じゃないんだ。お前にはそこがわかってないんだ」

 「なにを言っているのですか?従業員は会社を動かす歯車。使えなくなったら補充する。道具じゃないですか」

 「その考え方にならったこのやり方も、従業員の人権どころか、命すら軽視している。だからこんなのはわが社には導入できない」

 「お父様のわからずや!」


 昔の私は、下で働く者たちを道具としてしか見ていなかった。当時は、人が死ねばその分の製品が生まれると思っていた。


 うちの家は大きな財閥で、色々な事業の支援をしている。分かりやすく言うのであれば、超大規模な株取引とでも思ってくれればいい。


 どこの大手の会社も、金銭面の問題で進めることのできないプロジェクトが存在する。私の家は、それの研究、製造、販売を代行する。

 その見返りとして、代行したプロジェクトの権利はうちの会社が7割得る。


 そうしてうちが利益を出す。それをしていたら、先々代がうちを大きな財閥へと成長させた。


 私はそんな先々代にあこがれていた。私の夢は、先々代の様に自身の会社を成長させること。そのためにはまず、その基盤となる、他の会社にはないような企画をたてなければならない。


 そうするために、連日自分の親の財閥で働いている父親に企画を持ちかけまくっている。


 しかし、そのすべてを否定され、一つも企画が通ったことは無い。


 「お父様のわからずや……」

 「お嬢様は、少しくらい他人のことを考えた方が良いかと」

 「うるさいわね!執事風情が!」

 「申し訳ありません。しかし、旦那様―――あなたのお父様は心配されているのですよ。あなたの出すアイデアの人間性のなさを」

 「いい、聴きなさい!私みたいな天才の頭脳は替えが利かないけどね、従業員たちみたいな凡人なんて替えが利くのよ。一人二人死んだって変わらないわ!」

 「はあ……」

 「なによ!文句でもあるの!」


 そうやって家でも、荒れに荒れていた。今はここまでひどくない。なんなら、普通に会話くらいできる。


 しかし、私のその考えを改める人と、私は出会う事になる。


 「今日から美織の護衛をしてくれる、護衛見習いの椎名翔一君だ」

 「君が条下院美織だね?よろしく」


 見た目は上の上。端的に言ってしまえば、物凄いイケメン。そこら辺の女なら笑顔を向けられた時点で、惚れてしまうだろう。

 だが、私にはそんなこと関係なかった。その時の私は、その男のことも、そこら辺の一般人と変わらないと思っていた。


 「ふんっ、あなたは私を守るのが役目なんでしょう?だったらそれ以外で一緒にいる理由も、仲良くする理由もないわ!」

 「了解した」


 この時、私は思った。この男もつまらないと。私の意見に食い下がってこない。この男も結局、うちの家の権力の前に、ひれ伏してるだけだと。


 だが、私の考えは甘かったと、その後に思い知らされる。


 「……」

 「あなた何見てるのよ!そんなもの、あなたみたいな脳筋には理解できないわよ!」

 「……聞くところによると、脳は筋肉で構成されてるらしいから、公的には罵声にならないんじゃない?」

 「そんな浅知恵を身につけたところで理解できるものじゃないわ!」


 いつだったか、その男が私のしまっていた企画書を読んだのだ。読まれたところで、困るものではない。ただ、理解も出来ない癖に見ているのが、どうしても腹が立った。


 「あんたがそう言うのならどうでもいいけど、なんだこれ?人は道具じゃないぞ」

 「あなたもそう言うのね。いい?人は道具よ。足りなくなったら、補充する。どこに違いがあるの?」

 「お前、両親が死んだら悲しいだろ?」

 「は?悲しくないわよ」

 「……その感情の機微がわからないとなると、難しいな。ただこれだけは念頭に入れとけ。お前が思ってるより、お前は弱い。

 お前のその考えを支えている柱が壊れた時、お前が壊れる未来しか見えない」

 「……バカにしないで」

 「馬鹿にしてない。これは警告だ」


 当時の私は、本当に見くびられている。そう思っていた。でも、この男なりのやさしさと言うのもなんとなくわかってた。


 しかも、昔の私はこの男から飛び出た言葉に驚いた。


 「お前じゃこの企画書の問題点を理解できないと思うから、俺が修正してみた。これを親父さんに見せてみろ。多分通る」

 「そんなに簡単じゃないのよ」

 「騙されたと思って出してみろ」


 私は、本当に出した。通ったら儲けもの。通らなかったら、精一杯罵倒してやろうと思っていた。


 しかし、


 「うむ、これならいいだろう。この企画は企画書通りに私が指揮して進めよう。都度、報告するから修正は美織に任せるぞ?」

 「わ、わかりました。ありがとうございます」


 儲けもの、そう思っていたが、私は呆然とした。


 あんな男が改変した企画が通るわけがない。そう高を括っていたからだ。

 私は、あいつを問い詰めた。


 「いや、俺は何もしてない。お前の考えた企画自体は良かったから、あとは人権を無視した部分を代替案に変えただけだ。あれは、あの企画はお前自身のものだ」

 「そう……なの?」

 「ああ、嘘はついてない」

 「信じていいのね?」

 「ああ、お前は天才だ。あんなの俺でも思いつかない。というより、あんな発想は俺にはない」


 それから私たちは仲良くなった。少しずつだが、名前で呼び合うようになった。


 しかし、事件は起きた。


 私の家に、殺し専門の奴らが乗り込んできたのだ。私は、翔一のおかげで無傷でいられた。


 だけど、屋敷の使用人は何人か死んでしまい。私を叱ってくれた執事も死んでしまった。


 その時、私は初めて人が死んで悲しくなった。初めて人が死んで泣いた。

 そこでようやく気付いた。


 私の言葉は虚勢ばかりだったことに。私は人のことを考えないと、生きていけない。誰かがいないと生きていけない。それを分かっていながら、友達がいないことを正当化して、一人でいることを悪いことじゃないと思っていたかったことに。


 でも、翔一は違った。


 「6人殺した。これでノルマは達成か……」

 「な、なにを言って……?」

 「なあ、なんで人は殺しちゃいけないんだろうな?」

 「そ、それは同族だからじゃないの?」


 私は、怖かった。私を守るためとはいえ、躊躇なく殺した翔一が。


 そんな私の質問に、翔一は応える。


 「悪い、質問が悪かった。なんで悪人を殺しちゃいけないのか、だ」

 「それは、形がどうであれ殺人だから」

 「でも、悪人は、多くの人を蹴落として、殺して私腹を肥やしてる。死んでしかるべきじゃないのか?」

 「それは……」


 私は、翔一の言葉を否定できなかった。その通りだと思ってしまったから。


 「人は生まれながらに平等ではない。俺は善人は守り、悪人殺すべきだと思ってる。それが多くの人間が平等を享受するための手段だと思ってる」

 「たしかに……そうね」

 「だからな、俺はお前を守る。お前は、自分の本心に気付けなかったでけの善人だから」

 「そう……」


 とっても恥ずかしかった。この時、私は翔一のことがひどくカッコよく見えた。


 こんな男の人と将来は過ごしたい。それとも、翔一といれば命は心配はない。どう思ったのか定かではないが、私は初恋というものに落ちたんだと思う。


 だから、私は勇気を出して婚約を申し込んだ。


 でも、結果は玉砕だった。


 彼には婚約者がすでにいた。その日の夜は枕を濡らしたのをおぼえてる。


 悔しかった。私の好きな人と一緒にれないこと。そして、誰とも知れない女に翔一を奪われるのが。


 「婚約者に会いたい?」

 「ええ。私の婚約を断るくらいなのだから、さぞ聡明で気高い女性なのでしょうね!」

 「うーん、いいけど。美織の想像とはだいぶかけ離れてるんじゃないかな?」

 「どういうこと?」


 そうして会った、翔一の婚約者、姫ヶ咲彩乃に対面した時、私は頭を鈍器で殴られたような感覚に襲われた。


 彼女は、天然だったのだ。


 「あなたが美織さん?うわー!綺麗!」

 「は、はあ……」

 「あはは、美織が困惑してる。ウケる!」

 「ウケないわよ!なによ、この娘、全然賢そうじゃない!」


 意味が分からなかった。こんなぽわぽわした女子が好みなんて。私の方が、何百倍も良いと思った。


 しかし、会う回数を重ねていくうちに、私の考えが間違っていることに気付いた。


 姫ヶ咲彩乃は、私たちの持っていないものを持っていた。

 それは、純真さだ。


 彼女は、何もかも綺麗で、一途に翔一を想っていた。私の気持ちがちっぽけなものに思えるくらい。

 ただ、二人の恋愛は見ててもどかしかった。


 二人はなにを思ったのか、お互いがお互いに、政略結婚的な意味で表面上仲良くしてるだけで、本当はお互いを好きじゃないと思っていた。


 そんな二人を見るのは、胃がもたれた。


 けど、中学の頃事件が起きた。


 きっかけは私にかかってきた電話だった。


 「もしもし?どうしたの?」

 「美織……ごめんね……」

 「……どうしたの?」

 「ごめんね……ごめんね……ごめんね」

 「ねえ、どうしたの?」


 なにを言っても、彩乃は「ごめんね」と繰り返すばかりだった。


 「美織……私、気持ちよかったの……だからね、私は私を許せないの……」

 「ねえ、待って!彩乃!ダメ!」


 頭のいい私だからわかったというわけでもないだろう。でも、電話の奥にいる彩乃の状況がなんとなくわかってしまった。


 彼女は自殺しようとしてる。


 「彩乃!話を!話をしよう!……そうだ!翔一を!翔一をそっちに向かわせる!」

 「ダメだよ……ショウ君は……」

 「まさか、翔一がなにかしたの!?」

 「……さよなら」

 「彩乃!?彩乃!ねえ、お願い!返事をして!」


 ツーツーツー


 次の日、彩乃が首を吊った状態で発見された。私はすぐにでも、向かいたかったが、出来なかった。だから朝一で向かったのだが、無駄だった。


 私は、同性の一番の親友を失った。


 でも、翔一はそれ以上に傷付いた。遺書によって明かされた彩乃の気持ち。そのすべてを知った翔一は、壊れた。


 私が慰めて、私に依存させれば、私の初恋は達成すると思った。


 でも、出来なかった。親友が死んで、恋のチャンス。そう思う自分が許せなかった。だから、彩乃の自殺の原因を突き止めてやろうとして、翔一と彩乃がセックスしたのを知った。

 私は、それが原因だと思って高校生初日、翔一を問い詰めた。でも、あのやり方は最悪だった。私は翔一を―――初恋の相手を自殺未遂に追い込んだ。私は最悪だ。思い込みで、翔一を傷つけてしまった。


 そうこうしてる間に、翔一は両親すらも失って、私の前から消えた。


 それから、高校生になって、再会した翔一は、私の知らない女を隣に置いて笑顔になっていた。

 私は自覚した。




 ――――今度こそ本当に失恋したんだって

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