第36話 挨拶運動

 休校から2週間。学校が再開するとの旨の連絡がうちにも回ってきた。


 先日の愛堂の一件でうちの学校は休校になっていた。俺としては、学校に行かなくてもいいのだが、他の人はそうはいかないらしい。


 「はあ、だりぃ……」

 「コラ翔一、そういう事は言わない」

 「だってよ。うち生徒会は他の生徒より1時間も早く学校につかないといけないんだろ?」

 「それは仕方ないだろう?ほら、生徒会になったんだから」

 「俺って、ほぼ強制だったんだが?」

 「う……で、でも、やはり翔一と隣に並んで挨拶をするのもいいものだぞ」

 「まあ、文句言っても意味ないし、行くか」

 「ああ、その意気だ」


 我々生徒会は、なにかの有事が近づいたりすると、校門の前で挨拶運動をしている。本来は、4月の一か月間やるものだったが、4月のラスト一週間が出来なかったので、再開から一週間、挨拶運動をすることになったのだ。


 俺たちは、登校の準備を終わらせると、急ぎ足で玄関から出る。


 「じゃあ、行ってく結乃。家出る時はカギ閉めろよ」

 「私もだ。結乃も学校がんばれ」

 「お兄ちゃん、玲羅姉、行ってらっしゃい。カギはいつも閉めてるでしょ」


 俺たちは、結乃の見送りを受けると学校に向かっていった。


―――登校中―――


 段々と学校も近くなってきて、校門が見えてくる距離になると、一台の車が目に留まる。

 白銀会長の車だ。


 そう認識すると、その車の中から会長が出てくる。


 「おはようございます、会長」

 「おはようございます、白銀先輩」

 「ああ、二人共おはよう。六道と内藤はどこにいるんだ?」

 「二人は知りませんよ。先に生徒会室にいるんじゃないんですか?」

 「内藤はともかく六道はいそうだな。よし、我々の中で誰が一番早く生徒会室に着くか勝負だ!」


 そう言うと会長は、いきなり走っていった。


 俺もそれに便乗して走り出す。


 「あ、ずるい!負けるかよ!」

 「え!?翔一もやるのか!?な、なら私も」


 俺がやるなら私も、と言うばかりに玲羅も走り出す。


 俺と玲羅は普段はあんなだが、ゴリゴリの体育会系だ。どちらかと言えばインテリ系の会長など、難なく抜かしていく。


 そして、生徒会室には俺、玲羅、会長という順番で到着した。


 「ハアハア、ふ、二人共速いな……運動は割と自身があるのだが……」

 「会長、玲羅ですよ」

 「そ、それもそうだな。天羽は中学の頃は、どんなスポーツにおいても女子の中でトップクラスの成績だったからな」

 「白銀先輩、それを言うなら翔一の方が凄いですよ」

 「椎名、お前50メートル何秒だ?」

 「6秒27です」

 「おい、翔一なに―――んぐっ」


 俺は、玲羅の口を塞いで、一旦黙らせる。


 「そうか、それは速いな。天羽でも、勝てないわけだ」

 「はは、照れますね」

 「そうだ、翔一は私なんかよりすごいんだ」


 玲羅が、ふんすとでも音をたてそうな表情で俺をほめる。俺をヨイショする意味よ。


 「天羽、椎名が困っているぞ」

 「え!?本当か!?」

 「俺のことをほめてくれるのはいいんだけど、こういうなんでもないことを自分よりすごいとか言われても、そういうのって、他人へ自分の価値観を押し付けてるようにしか見えないんだ」

 「そ、そうだったのか。すまない。次からは気を付ける」

 「玲羅のすぐ反省して、すぐ行動に表そうとするその態度、俺は好きだよ」


 そう言いながら、俺は玲羅の頬を撫でる。


 一緒に生活していて、玲羅は頭を撫でられるよりも、頬を撫でられる方が気持ちよさそうにしていることがわかった。


 「ほら二人共イチャイチャするな。嫉妬するだろ」

 「はは、すいません」

 「うぅ……すいません」


 会長の言葉で、俺が撫でるのを止めると、玲羅が恨めしそうに会長を見る。どこか寂しそうだ。


 しかし、会長はそんなことは気にせず、生徒会室に入っていく。


 「おはよう!って六道しかいないのか?」

 「そうですね。内藤君は、いつも通りかもしれません」

 「またか……」


 会長がまたかというのも無理はない。なぜなら内藤は、これで6回目の遅刻だ。単純計算で4回に1回は休んでいることになる。


 だが、内藤が来ないからと、俺達が挨拶運動を中断することはできない。


 「じゃあ、内藤は後で説教するとして、私たちは校門に向かうぞ」


 という事で、俺達は校門に向かった。


―――挨拶運動中―――


 生徒がちらほら登校してくるようになってきた頃、その男はやってきた。


 「はあはあ……会長、遅れてすいません」

 「……まあいい。今から真面目にするように」

 「わかった」


 内藤大翔

 なぜこうもこいつは、悪びれる様子がないのか。俺からしたら不思議でしかない。世間は虐待は駄目という考えが、一般化されているので、あまりいい考えとはいえないが、こういう人間が本当に殴らないと、わからないんじゃないのだろうか。


 「なんだよ」

 「いんや、こういう奴もいるんだなって」

 「おい、どういう意味だ」

 「内藤、集中しろ!」

 「ちっ、後でおぼえてろよ」

 「知るかよ」


 なんか突然、喧嘩を吹っかけてきやがった。こいつは本当になんなんだろうか?


 それからも挨拶を続け、しばらくすると俺と玲羅の友人たちが現れる。


 「おはようございまーす」

 「おはっよー、ところでルル〇シュはゼロレクイエムしか方法が無かったのだろうか?」

 「唐突過ぎるし、意味わかんねえし、作品にケチつけんなし」

 「はは、じゃあなまた学校で!」

 「今から学校だろうが」


 「おはよう玲羅」

 「ああ、おはよう」

 「あらあ、玲羅ちゃん、精が出るわねえ」

 「ちゃんと生徒会やってるんだ……」

 「氷川、お前は私を何だと思っているんだ……」


 ボケ倒す蔵敷の相手をするのも少しだけ楽しいが、遠巻きで何言ってるかまではわからないが、玲羅の方もガールズトークも楽しそうだ。


―――もっと挨拶運動中―――


 「よし、ひとまずこれで挨拶運動は終了だ。全員、授業は真面目に受ける様に。解散!」

 「「「お疲れさまでした」」」


 HRの時間も近くなってきて、俺達生徒会も自分たちの教室に向かうべく、生徒会は一度解散する。


 俺も玲羅と一緒に教室に向かう。しかし、そこで予想だにしないことが起きた。


 「翔一、ちょっといいかしら?」

 「美織……」


 そう、美織が待ち伏せていたのだ。さすがの俺でも予想していなかった。


 「条下院、なんの用だ」

 「ちょっとした用事よ。そこの男に話があるだけ」

 「私も行く」

 「あなたは駄目。これは私と翔一の話よ」

 「だが、お前が翔一に罵声を浴びせないとは限らない。私はもう、翔一のあんな顔は二度と見たくない」

 「なら約束するわ。今回は翔一に罵詈雑言は言わない。これでいいかしら?」

 「そんなものがなんの―――「わかった。俺はどうすればいい?」


 俺は玲羅の言葉を遮って話に入る。


 「翔一!」

 「大丈夫だ。美織がああ言うのなら、本当に俺に悪口を言おうとしてるわけじゃないだろう」

 「だが……」

 「大丈夫だ。先に教室に行って、待っててくれ」

 「―――わかった。なにか辛いことがあったら、私に言ってくれ。必ず力になるから」

 「わかった。頼りにしてるよ」


 玲羅はそれだけ聞くと、足早に立ち去って行った。


 玲羅の姿がなくなったことを確認した美織は、話を始める。


 「愛されてるのね」

 「ああ、俺も嬉しい限りだ」

 「惚気はいいのよ」

 「聞いてきたのそっちだろ?」


 やはり、美織と話すのは苦手だな。どんなに頑張っても、会話の主導権は美織が掴んだままだ。

 流石、条下院家の商才。


 美織は、勉強もさることながら、技術系の知識が半端じゃない。そのうえ、それを使った商売話がうまく、公表こそしていないが、億単位の資産を個人で持っている。

 まあ、だからこそ昔は俺と気が合ったんだが……


 「この動画の仮面の男、あなたよね?」

 「まあ、そうだな。その使用の仮面、美織が作ってくれたし、まだ世間には公表されてないからな」

 「あなただってことは一瞬で分かったわ。このマスクだけじゃない。この銃を持った方の男を沈める時の変態的な動きは、あなたにしかできない」

 「だから、どうしたんだ?」


 美織の言いたいことがいまいちつかめない。


 俺は本当に分からないので、美織に助けを求める。


 「まだ、持っててくれてたのね……」


 そう言葉を紡ぐ美織の顔は乙女の顔そのものだった。

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