第31話 翔一の部屋

 コンコンコン


 退院祝いをしたその日の夜。

 俺は寝ようとして、ベッドの中に入っていたが、ドアがノックされる。


 「どうぞー」

 「し、失礼します……」


 入って来たのは玲羅だ。いつもながら、俺の部屋に入るときは緊張しながら入ってくるなぁ。


 「玲羅、別に何回も入ってるんだから、そんなに緊張しなくてもいいんだぞ」

 「い、いいじゃないか!好きな人の部屋だぞ。色々期待してしまうんではないか!」


 なにこの可愛い生き物……。やばい、言葉が出てこない


 しかも、玲羅は自分の発言の意味を理解したのか、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。


 「い、いや、今のは違くて……」


 しかし、その言葉は俺に余裕を生み出してしまった。


 「へぇ……勘違いかぁ……一体玲羅はなにを考えていたのかなあ?」

 「い、いや……そのぉ……」

 「ん~?なにかななにかな?」

 「え……」

 「え……?」

 「エッチなことだ!」

 「どわあ!?」


 俺に追い詰められた玲羅は開き直って、俺を押し倒してきた。


 それによって、再度俺の余裕が消え失せる。


 「れ、玲羅さん?」

 「わ、私だって人間だ。そういう事だって考えるし、欲だってある。好きな人と二人きりなんて絶好のシチュエーションじゃないか!期待して何が悪い!」

 「お、落ち着け……わかったから!」

 「噂のせいでならないだけで、お前はカッコいいんだ!いつモテ始めてもおかしくないんだ!そんなことになる前に私とのつながりが無いと、離れていくのではないのか?」

 「大丈夫だ!俺には玲羅しかいないから!」

 「なあ、私には魅力がないのか?」

 「は……?」

 「私には魅力がないのか?どんなにキスをしても、二人きりになっても、翔一はそれ以上の関係。私の体を求めてこない。そりゃあ、子供が出来たら困るとかはわかる。だが、避妊すれば良いじゃないか!」


 言葉の端々に、玲羅の不安が感じられる。それに、とてもつらそうな顔だ。


 「玲羅、俺はな……」

 「そうやっていっつも、交わることをにおわせたら逃げようとする」

 「……それにも理由は―――」

 「私は寂しいぞ!」

 「……っ!?」


 はっ、とした気分だった。


 俺が襲わないことで、玲羅が寂しく思っていたとは思わなかった。

 でも、それでも俺にはできない。シたい気持ちはある。でもそれでも、心が拒んでるんだ。


 俺はそれを伝えるために、玲羅の頬に手を添えて落ち着かせる。


 「シたい気持ちがないわけじゃない」

 「ならっ!」

 「でも、俺の過去を聞いたなら知ってるだろ?俺は軽々しく誰かと体を結びたくない。いましたら、確実に玲羅の顔と、彩乃の泣き顔を重ねてしまう。それじゃあヤるもくそもあったもんじゃない」

 「―――すまない。私は翔一のことをなにもかんがえて……」

 「そんなことはない。玲羅は、いつも俺のことを見てくれてる。いつも、俺は玲羅のおかげで心が満たされてる。だから考えてないとか言うな。玲羅は玲羅なりに考えてるのを分かってるから」

 「翔一は優しいな。あの時私を助けてくれた日から今日まで、私はずいぶんと変えられた。私の初恋はすぐに塗り替えられ、初めて男子と同棲して、初めて異性一人の手作り料理を食べて。私は幸せ者だな」


 『幸せ者』という単語を出した時、玲羅は綺麗な笑顔をしていた。愛おしい。守りたい。ひとり占めしたい。


 だから、玲羅のこの笑顔を壊すような輩は―――






 ぶっ殺してやる


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「はい王手」

 「ぬあ!?もう一回だ!なぜこうも完封されるんだ!」


 あれから、落ち着いた俺たちはなぜか将棋をしていた。


 理由は単純で、将棋盤が目に入った玲羅が将棋をしようと言ってきたためだ。


 「なんかいやっても変わらないよ。将棋における10の220乗、全ての盤面が予測できる俺にとって、将棋は〇×ゲームとまではいかないが、普通の人の1+1を求めるくらいの感覚だぞ」

 「な、なんだそれ……だったらプロになればいいじゃないか……」


 まあ、至極まっとうな意見だな。


 でも、俺にはやらない理由がある。


 「いきなり現れた新人が、ただ無感情に勝って常勝の存在になる。最初はそれでも天才棋士とか言われてもてはやされるんだろうが、そのうちタイトル戦も、どうせあいつが勝つ。そう思われる。俺はそんなつまらない奴になりたくない。どんな勝負も、負けの可能性があるから見てて面白いんだ」

 「それもそうだな。それに翔一がプロ棋士になろうものなら、一緒にいる時間が減ってしまうからな」

 「…………」

 「ど、どうした?黙り込んで……」

 「かわいい……」

 「かわ……!?」


 玲羅の何気ない一言に、俺はノックダウンされてしまった。


 やはり、玲羅は絶好調だ。素晴らしい!


 それから将棋を何戦かして、玲羅が涙目になった頃、玲羅は普段から疑問に思っていたことを口した。


 「それにしても、翔一の部屋にあるアニメとかのグッズは、たくさんあるな」

 「だろ?まあ、創作物は割と好きだからな」

 「でも、私はこの中にある作品を一つも知らないのだが……」

 「そうだな……ここにあるのは、玲羅が知るはずがないものばかりだな」


 そう言って、目線を向けた先にあったものは、大量のDVD。作品は全て『仮面〇イダーシリーズ』だ。

 そして、これがこの部屋の異常性。


 俺の部屋は全て、前の世界のグッズで溢れてる。“この世界には存在しない作品なのに”


 おかしいではないか?なぜ、前の世界のオマージュだらけのこの世界で、蔵敷がガ〇シュネタをぶち込んできたこと。

 学校初日に、キ〇ンのセリフを丸パクリしたりと。


 蔵敷のアニメ好きは、俺の影響。つまり、俺の世界の作品を見ている。


 ま、知ったことではないんだがな。これらすべてを世に出さなければいいだけだ。


 「仮面〇イダー……これは面白いのか?」

 「面白いよ。そのシリーズを初めて見るなら、俺はWとかビルドがおすすめかな」

 「ふむ、どんな話なんだ?」

 「一言でいうなら、Wは探偵。ビルドは戦争だ」

 「今、見てもいいか?」

 「いいぞ。ただ、結乃も寝てるから、音量には気をつけてな」


 そう言いながら、俺は玲羅の隣に座る。


 「お、お前は寝ないのか?」

 「一緒に見るよ。今はちょっとだけ玲羅を感じたいから」

 「そうか。なら私を存分に感じてくれ」

 「お言葉に甘えて……」


 俺は、玲羅の肩にもたれかかって、玲羅の腰を抱きしめた。


 二日後、カズミンとヒゲの話を見た玲羅は号泣していた。

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